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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第174話 魔法士見習いクリスのお話 その14(あるいは、偉大なる師による語りについて 前)

もうすぐ終わります。


 僕にとっての幸福。


 それは間違いなく、お師様と共にある時間です。


 早朝、『おはようございます』と言いながら、寝相の悪いお師様を起こして。

 朝食と、食後の紅茶の採点をしてもらって。

 勉強か、魔法の鍛錬か、依頼をこなして。

 昼食と、食後の紅茶の採点をしてもらって。

 勉強か、魔法の鍛錬か、依頼をこなして。

 夕食と、食後の紅茶の採点をしてもらって。

 最後に、『おやすみなさい』とお師様に言って、眠る。


 これ以上の幸福など、考えられません。

 いや、違う。

 お師様とともに歩む未来。

  

 それこそが、僕が望む最高の・・・








 『おはようございます!クリス様!』


 まどろむ僕に向かって、聞きなれた無機質な、でも感情豊かな声が掛かりました。

 声の主は、お師様と僕が住む城の管理人である人工知性。ゼークトロンです。


 「・・・おはようございます」


 僕は返事をしてのそのそと寝台から這い出すと、すぐそばの衣装箪笥に手をかけました。

 寝巻を脱いで畳むと、素早く普段着に着替えていきます。


 ふと僕は、頭を巡らせました。


 周囲は一面の強化硝子。つまりは、外から丸見えです。

 最初はなんだか落ち着かない気分でしたが、今ではもう慣れてしまいました。


 なにせ僕の着替えを見ることができる者なんて、ゼークトロンさんを除けば鳥たちくらいなものなのですから。


 「・・・よし、着替え完了」


 僕がそう呟いた直後に、部屋の中がにわかに明るくなりました。

 東側の方から、眩い朝日の光が差し込んできたのです。


 戦天城最上階。

 展望室。


 朝は、雲の上に顔をのぞかせる太陽と共に目覚め。

 昼は、鳥たちと共に城内と下界の美しい風景を一望し。

 夜は、満点の星空に抱かれて夢の世界へと旅立つ。


 地上の何処を探しても得られない素晴らしい風景を独り占めできるこの部屋は、お師様からあてがわれたものです。


 初めてもらった、僕個人の部屋。

 しかしそれは、幸福とは程遠いものでした。


 『クリス様。早速ですが、階下でご友人方がお待ちです』

 「・・・分かりました」


 ご友人方。

 つまりは、あの三姉妹です。


 ニーニャさん、リャノンさん、ライネンさん。

 彼女らは、お師様からの願いで僕の身辺警護にあたっているのです。

 

 もともとそれなりに親しい間柄ではあったのですが、その意味不明な出来事に際してお三方は僕の世話を焼く様になりました。

 三人とも森人の血を引いているので見目麗しく、従ってそんな美人たちと共同生活をするなんて言うのは、傍から見れば幸福なのかもしれません。


 でも、僕には・・・


 『お別れ、かぁ・・・』


 お師様の口から語られた、僕の心を砕きかねない強烈な一言。

 このままずっと続いていくと思っていた幸福の、突然すぎる終焉。

 あの森人の里での宣誓は、お師様と僕との離別の準備の一環であったようです。

 

 お師様とのお別れ。


 それが具体的にどのようなものなのかは、怖くて怖くて問いただすことができていませんでした。

 

 『まあ、お師様の方から語ってくれることもなかったけれど』

 

 それでも、お師様の態度の激変から、何か予感めいたものは持っていました。

 

 お師様は近い将来、何かとんでもないことをしようとしている。

 それも、自分の身が危うくなる程の何かを。


 だから戦天城の機能を使って、ずっと何かをしていたのでしょう。

 僕に冷たかったのは、そのとんでもないことの準備に傾注していたからに違いがないのです。


 では、そのとんでもないこととは一体・・・?


 『疑問を疑問のままにしておく人間は愚物。・・・僕は、そうはなりたくない』


 偉大なるお師様の弟子として鍛えて貰っている以上、その顔に泥を塗るような行為はできません。 

 今日こそは、お師様から真意を聞こう。


 そう固く心に誓いながら、展望室の扉を開くと。 

 

 「おはよう!クリスちゃん、来たわね!」

 「待ちわびたわよ!」

 「こっちゃ来い!こっちゃ来い!」


 その途端に、待ち構えていた姦しい三人組がすぐさま僕を取り囲みました。

 まだ朝の六時だというのに、軽くお化粧をしたり香水をつけたりなんてしています。

 

 行商人として旅をしているのですから、早寝早起きはばっちりなのでしょう。


 『でも、お化粧や香水って、必要なのかなぁ?』

 

 首をかしげる僕に構わず、三人は思い思いに手を伸ばしてもみくちゃにしてきます。

 

 「うーん。起き掛けで汗の匂いがするのも悪くないわね」

 「一日中クリスちゃんとくっついていられるなんて、夢みたいだわよ」

 「本当に役得!役得!」

 「あうううう・・・」


 お師様の居る玉座の間へ続く階段のど真ん中で、僕は三人のお姉さまたちに三方から抱き着かれました。

 もう一緒に住み始めて一週間は経ちましたが、未だにこの過度な接触には慣れません。


 「あのう、すみません。お師様にも、ご挨拶をしたいんですが・・・」

 「あら、冷たいわね!」

 「減るもんじゃないわよ!」

 「もうちょっとだけ、堪能!堪能!」

  

 早くも固く誓ったその心が揺らぎそうになる僕でした。







 『魔法陣、描画完了』


 その無機質な報告に、イリーナは大きく息を吐いた。


 いかにこの地上で最も魔法に通じた彼女であっても、この戦天城の機能のすべてを長時間にわたって掌握しつづけるのは負担である。慣れないうちは魔力の負荷によって激痛に苛まれ、丸一日悶えることだってあったのだ。


 しかし、その甲斐はあった。

 

 もう数百年ばかりかかると思われていた“準備”が、仇敵である常闇の腹心の置き土産によって、つい今しがた終了したのだ。


 「一応確認なさい。失敗はできないんだから」


 イリーナは玉座で気だるげに伸びをすると、そう人工知性に命じて全権を返した。

 彼女を真なる主人として認める人工知性ゼークトロンは、即座にその命令を実行する。


 『魔法陣、回路確認。終了。短絡や異常負荷に類する不具合は、一切無し』

 「ん・・・そう」


 イリーナは満足げに顔をほころばせると、伸ばしていた腕を下ろし、前方の空間にその魔法陣の映像を投影させた。


 浮かび上がってきたのは、街からそこそこ離れた位置にある、砂ばかりの荒れ地の様子だった。

 ほぼ円形に広がるその荒野は、イリーナが来るべき時のために発明しておいた魔法陣が、入念な偽装を施されたうえで砂の上に描かれている。


 戦天城が持つ放射熱線装置を流用した、肉眼どころか“神の眼”をもってしても見えない作図だ。


 今も“親友”と“大馬鹿剣士の使い”が見張っているのだろうが、戦天城に動きがあることは分かっても、その詳細までは理解できてはいないだろう。


 『本当、因縁のある地よねぇ・・・』 


 映像を見ながらイリーナは、自らの発明の出来栄えに満足しつつも、なんとも感慨深い思いに浸っていた。


 大昔に使用された悍ましい魔法の影響からか、ここは“あの時”からまっとうな生物が住めない土地になってしまっていた。


 重度の魔力汚染。

 犠牲者の嘆き。

 恨みこもった呪詛。


 それらは十万年の永き時を経ても、半減すらしていない。

 自然に生まれた者が長くその場に止まれば、肉体か精神のどちらかを蝕まれることになるだろう 。


 唯一生息していた“魔蛇”が弟子の機転によって討たれて以降、文字通りの“死の荒野”といった様相を呈している。


 永きに亘る因縁を決着させるのに、これ程相応しい地もないだろう。


 『如何ですか、我が主』


 この城の最高権力者が黙っていることに、不安を感じたのだろうか。

 人造物でありながらも“心”を持つゼークトロンが、無機質ながらも心配そうに問いかけてきた。


 無視していると、弟子の様にいじけてへそを曲げてしまうため、イリーナはねぎらいの言葉をかけてやった。


 「問題なさそうね。よくやってくれたわ」

 『おお・・・!ありがとうございます!イリーナ様!』


 平坦ながらも感情表現豊かなその返答に、イリーナは苦笑した。

 人工知性であるからには、与えられた命令を完遂することに幸福を感じる様に創造されているのだろうが、それにしてもこの喜びようは子どものそれである。

 

 実際にこうして言葉を交わすようになって分かったのだが、この人工知性はまだまだ伸びしろのある子どもだ。全体子どもというのは、育ててくれる者が居なくては、まともに大人になることなどできはしない。

 永年孤独に過ごしてきた彼は、今まさに成長期にあるのだ。

 

 そこでふと思い至り、イリーナは映像から眼を離した。

 

 すでに周囲を取り囲む本棚は撤去し、ここからは広い部屋のすべてが見渡せる。


 その一角。

 隅の窓際に見えるのは、本棚に、学習机。それと、あのいけ好かないガキからもらったらしいガラクタ。弟子があの小屋から持ち出してきた私物の山だ。


 あの展望室を与えたのに、弟子は寝室としてしか利用しようとはしない。あくまでも普段はこの部屋に居たがるのだ。

 どうもあの小屋にいたときの様に、イリーナの姿が眼に入っていないと安心できないらしい。まるで親離れできない子どものそれである。

 

 将来あの三人や森人たちの庇護下に入ることを伝えはしたが、理解はできても納得はできていないようであった。


 「お師様!」


 そんなことを考えるイリーナのもとに、元気のよい弟子の声が響いてきた。

 続いて展望室へとつながる階段から、どたどたと落ち着きのない足音が近づいてくる。


 誰のものなのかは、明確だった。

 

 「おはようございます!お師様!」

 「おはよう、少年」

 

 イリーナが挨拶を返すと、階段から飛び出してきた弟子は玉座の前まで一直線に駆けてきた。

 お尻に犬の尻尾を付けたら、さぞや似合うことであろう。


 「まったくもう。クリスちゃんは、お師様のことばかりよね」

 「私たちというものがありながら、酷い男よ」

 「正直言って、嫉妬!嫉妬!」


 後ろからぞろぞろと続いてきた三姉妹は、クリスを迎えに行ったのにすげなくされてしまったらしい。まあこれくらいでへこたれるような連中ではないのだろうが、それでも今後のことを考えれば、早めに適切な距離感を掴んでもらわなければならない。


 お互いがお互いを尊重し合えること。

 それが、共同生活における鉄則なのだ。


 「お師様!お聞きしたいことがあります!」


 そんな風に自分の将来が案じられているとは思いもしない様子で、クリスは玉座へと駆け寄った。

 軽く息を切らせつつも、師であるイリーナを見つめる眼には何か覚悟めいたものが宿っていた。

 

 準備も終わったことだし、いい加減にこっちの方にもケリをつけなければならない。


 「あら奇遇ね。アタシもアンタに話があるの」

 



でも三月中は無理かも・・・

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