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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第167話 変わりゆくものについて

また遅くなってしまい、申し訳ありません。


 噴水の縁に腰掛け、私は煩悶としていた。


 組んだ足をせわしなく入れ替え、頬杖をついている右手の指は、私の沸き立つ胸中を表すかのようにピタピタと律動を取っている。

 

 はたから見れば、まるで待ち合わせに遅れてくる恋人に怒り心頭な娘のようだ。


 だが、まあ、その表現もあながち間違いではない。


 なにせ今日は珍しく、私の友人が遅刻している。

 いつも時間に正確な彼の失態としては考えられないものであり、そのために私は強い不安を感じていたのだ。



 “中央公園”。


 この街の平和を象徴する、名所の一つ。

 その中でもこの噴水は、年若い男女の密会に良く使われる場所だ。


 しかし雪の量がかなり減ってきたとはいえ、まだまだ午前中は氷点下になることが珍しくないこの時期。

 天使を模した噴水装置は完全に停止しており、従ってそれを目当てに集まる人はいない。

 

 精々私と“彼”くらいなものなのだ。


 「リィルさ~ん!」


 私が五回目の時刻確認をしようとしたところで、ようやくその“彼”が現れた。

 

 大分慌てて走ってきたらしく、息を切らす顔は真っ赤に染まり、首に巻いた襟巻が地面に落ちそうなくらいにだらしなく緩んでいる。

 それでも小脇にしっかりと抱えているのは、彼が大切にしている呪文書であろう。


 「くりすくん!」

 

 今までの心細さは何処へやら。

 私は満面の表情を浮かべると、親友のクリス君を迎えた。


 「お、遅くなって・・・ごめんなさい・・・」

 「いいんだよ!そんなにまってないから!」

 「いや、でも、本当にすみません・・・」


 ぜいぜいと乱れた呼吸をしながらも、親友は律儀に謝罪をした。

 確かにこの少年魔法士は遅刻をしたが、それはきっとやむにやまれぬ事情があったからなのだろう。その程度の推測は、私にもできた。


 それでも彼は言い訳一つせずに、何度も何度も私に頭を下げている。

 そんな実直さが、かえって彼が潔白であるということを証明しているように思えた。 


 「あ、うぅ・・・」


 不意に私の眼から、涙がこぼれた。

  

 また無事に、親友と顔を合わせることができた。

 そんな程度のことが、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。


 そして同時に、心配で心配でたまらなかった。


 ひょっとして、私の数少ない“宝物”であるクリス君が、このまま永遠に私の前に現れないのではないか。“私を拒絶する”のではないか。


 そんな風に思っていたのだ。


 「えぇ!?どうしたんですか!?」


 事情の分からない親友は、そんな私を見て仰天した。

 大急ぎで手巾を取り出すと、私の目元を優しく拭っていく。

 

 この、他人を思いやる優しい態度。

 まさしくこれが、魔法士見習いクリス君なのだ。

 

 彼は変わらない。

 こうして私を、以前と同じように受け入れてくれている。

 

 とめどなく涙を流す私は、そんな親友の介抱を受けて、ようやく“帰ってきた”という実感を得ていた。 













 「そうだったんですか、そんな大変なことが・・・」


 私たち二人は、寒さをしのぐ野鳥たちの様に身を寄せ合いながら、止まっている噴水の縁に腰掛けていた。

 踏み固められていた雪や除雪の跡は、すでに道のすぐ脇にほんの少し残る程度にまで消えかかっている。

 だが暦の上ではもうすぐ春になろうというのに、未だに風は冷たかった。


 


 “異界事変”と呼ばれている災厄から、一週間が経とうとしていた。

 

 十万人。


 現在判明している限りにおける、ニホンのテイトにおける死傷者の数である。

 まだ破壊された建物の中に取り残されている人も多いらしく、今後さらにその数は増すであろう。

 

 今朝呼んだ新聞には、そのような恐ろしい事実が無機質に印字されていた。


 あれから私を取り巻く状況は、大分変ったように思える。


 まず、街の人々の意識だ。

 これまで私たちの住まう街の人間は、異界のニホンに対してややこしい感情を抱いていた。


 その昔、血みどろの殺し合いをした憎むべき相手。

 その過去を乗り越えようと、まっとうなお付き合いを始めた隣人。


 だがこの災厄を経てからは、交流の正常化が加速していた。


 なにせ支援物資の搬出だけでなく、救助復興用の機械人形が派遣されることが決定していたからだ。


 同じ人外の化け物に脅かされたという経験が、ひ弱な人間種を結束させるきっかけになったのか。

 あるいは、あの生ける伝説にして強かな女領主であるアーマ様が、何かを企んでいるのか。


 まだまだ子どもの私には、推測することもままならなかった。

 

 だが、それだけではない。 

 いやむしろ、重要なのはここからだ。


 あのイリーナとかいういけ好かない女のおかげで、私たちは街に帰還することができた。

 気が付くと最低女の姿は何処にもなかったが、恐らく高位の魔法によって異なる世界を移動させてくれたらしい。ご丁寧なことに、お屋敷の真ん前に放り出してくれたのだ。


 その後、一緒に転移してきた天使にお願いして師匠の腕を直してもらったのだが・・・

 

 「師匠が、さいきんへんなの・・・」

 「ディンさんが、ですか?」


 訝しる親友に対して、私はとつとつと語った。 


 傷が完全に癒え、天使が去った後に、師匠はようやく眼を覚ました。


 肉体は完全に元通りになり、すぐに日常が戻ってきた。

 不思議なことに、街の貴族やニホンの軍人さんたちをぶっ飛ばしてしまった件についてのお咎めは一切なかった。領主様からのお呼び出しどころか、衛兵さんたちの訪問もないのだ。


 しかしそこから師匠は、人が変わってしまったのだ。 


 鍛錬やら勉強やらへの指導が眼に見えて厳しくなり、次から次へと捨て値で依頼を請け負う様になった。

 その反面、短い自由時間での口数が大きく減ったのだ。

  

 あの彫像の様な顔のまま、じっと黙りこくって何かを考えている。

 私が話しかけても、つっけんどん。

 食事の時も、静かに食べろの一点張り。

 怒って暴れてみても、無視されてしまう。


 今までの師匠からは、考えられない態度だ。

 なんと言えば良いのか、まるで私を突き放そうとしているような。

 そんな印象を受けてしまうのだ。


 その変りように、私は人生で最高の困惑と不安を覚えていた。


 「・・・実は、僕のお師様もそうなんです」


 黙って聞いていたクリス君が、おずおずと口を開いた。

 急にしゅんとした親友の様子に、今度は私が仰天することになった。

 

 「くりすくんのおうちも、そうなの!?」

 

 私が大声で尋ねると、クリス君は俯き加減で頷いた。


 「はい。僕のお師様も、最近まともに取り合ってくれなくて。食事も別々だし、もう何日も会話していないんです・・・」


 そう言って親友は、背中を丸めた。


 鼻をすする音と小刻みに震える身体から、彼が落涙していることは明らかだった。

 だが彼は、そのなよなよとした態度とは裏腹に、強い心を持っている。


 そんなクリス君はきっと、泣いている姿を私に見せたくないのだろう。


 私は気づいていない風を装いつつも、その背中をよしよしとさすってやることにした。

 

 彼のお師様にはお会いしたことがないが、話を聞く限りではかなりの人格者であるらしい。

 そんな人物が、どうしてこの善良な少年に対して、拒絶的な行動をとるのか。他人事ながら、強い憤りを感じてしまう。


 きっと自分自身の境遇と、重ね合わせているのだろう。

 今度は私が親友を介抱することで、彼への強い共感を覚えることになったのだ。


 「いいんだよ、くりすくん。わたしも、おんなじきもちだから」

 「あううう・・・」


 少年は、たっぷり十分かけてむせび泣いた。

 当然オトナの女である私は、黙って彼が泣き止むのを待っていた。


 困っている人を助ける。

 そう言えばそれは、師匠から教わっていることだったか。





 やがて真っ赤になった顔を上げた親友は、先刻の私の様にとつとつと語り出した。


 お師様との距離感。

 共に過ごす時間の減少。

 そして、不安。


 「僕はもう、怖くて怖くて仕方がないんです。お師様が、僕のことを見限ったんじゃないのかって・・・」

 「・・・そうなんだ」

 

 並んで座る私たちは、二人して同時に深いため息をついた。


 私たちの保護者兼指導者は、それぞれに偉大な存在であるらしい。

 だが突然、その態度が豹変してしまった。


 どちらも同じく、まるで弟子を突き放すような行動をとる。

 今までには考えられないくらいに冷たいその振る舞いは、私たち子どもの心に大きな動揺の波を掻き立てるのだ。


 だがしかし。

 

 どちらも同じであるというとこには、引っかかるものを感じる。


 あるいはひょっとしたら。


 いや、そうか、分かったぞ!


 「だいじょうぶだよ!」


 私はクリス君の方を見ながら、意識して大きな声を上げた。


 私の師匠のそれは、てっきり大災厄での意味不明ないざこざが原因だと思っていた。

 しかしクリス君のお師様まで同じ様子であるというのならば、これは一種の指導方法なのかもしれない。つまり、わざとつれなくすることで、私たち弟子の精神的を鍛えようというのだ。


 いや、きっとそうだ。

 そうに決まっている。


 私は無理やりにそんなことを考えて、自分を納得させることにしたのだ。

 

 「きっと、たんれんのひとつなんだから!」

 「・・・そ、そうですよね!」


 クリス君も同じ様な考えに至ったのか、顔を上げて同意してくれた。

 

 そうとも。これは指導の一環。私たち弟子の成長を促すための、一つの試練なのだ。


 私たちは、お互いを励まし合う様に笑いあった。

 

 でないと。

 そうでないと。

 この大きすぎる不安に、押しつぶされてしまいそうだったのだ。


 『・・・』


 しかし私たちは、すぐにその顔から笑みを消した。

 そしてどちらともなく顔をそらすと、ぼんやりと正面に眼を向けたのだ。

 


 少し前まで感じていた、理由の分からない不安感。

 それはきっと、悪鬼たちの来襲を予期していたからなのだと思う。


 だが、今回のこれは何なのだろうか。


 私たちの師匠らの行動に対する、言い知れぬ不安感。


 それは一体、どんな未来が訪れることを感じて・・・



一番読んでもらいたい相手に読んでもらえない・・・

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