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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第15話 風邪について


 私の師匠は鬼畜だ!


 「分かったから、大人しくしなさい」


 師匠が、憤る私を寝台へと押し倒した。


 こんな年端もいかない娘を手篭めにしようとは!

 やはり事実だ!


 「はい、はい」


 師匠は生返事をしつつ、さらに私の脇の下に、ずぼっと手を突っ込んだ。


 助平!

 変態!

 甲斐性無し!


 「最後は関係ないと思うが」


 私は寝台の上で暴れまわり、平手やら拳骨やらを師匠の顔面に何発も見舞った。

 しかし師匠は、風に撫でられた程度にしか感じていないのか、いつも通りの無表情で私の脇の下から手を抜き出した。


 「うん。風邪だ」


 師匠は、発熱と無駄な抵抗による疲労でぐったりしている私に、毛布をかけた。

 しろすけが、心配そうに私を見つめて短く鳴いた。


 「言わんこっちゃ無い。また夜更かしして、下着のまま寝たのだろう」


 図星だった。

 今日という日が楽しみすぎて、夜通しで量販店の商品目録を読みふけり、目星を付けていたのだ。

 寝巻きを着ないままに、最近寒くなってきたなー、などとぼんやり考えながら氷菓子を食べていたのも良くなかったのかもしれなかった。


 「今日は一日、大人しく寝ていなさい」


 いやだ!

 今日は、大事な用事があるのだ!

 師匠だって約束したのに!


 へぷちっ


 と、くしゃみを放ちながらも、私は強く抗議した。

 そうとも。

 今日だけは、絶対に、絶対に・・・。




 

 「受像機など、いつでも買いにいけるだろう」


 私が盛大に撒き散らした、鼻汁と涎に塗れた顔を拭いながら、師匠は冷たく言い放った。


 いやだ!いやだ!

 最新の、四倍高精細度の五十型!

 今日は格安大放出なのに!


 「そんな大きいのを買うつもりだったのか。予算が足りないだろう」

 

 先着十台限定のご奉仕価格なのだ!

 きちんと予算の金貨五枚以内に収まっている!

 だから私は行かねばならない!

 風邪など、念願の受像機購入を妨げる理由には、なりえないのだ!


 「君の身を案じて言っているのに、ここまで反抗するとは。嘆かわしい弟子だね」

 

 やっと前時代的な生活からおさらばできるのに!

 今日を逃したら、次はいつになるか分かったものではない!

 しろすけだって、私と同じ意見だ!


 私が同意を求めてしろすけを見ると、しろすけは急にそっぽを向いた。


 裏切り者!


 部屋からのそのそと逃げ出していくしろすけを睨み付けながら、私は歯噛みした。

 最近、師匠がこっそりと餌付けに成功させたらしく、時折主人である私に反抗するようになってしまった。

 なんと嘆かわしいことか。

 おのれ師匠め。

 卑怯な真似を。


 「とにかく、受像機はまた今度だ」


 そう言って師匠は突然膝を突き、部屋の床に開いたまま放置されていた雑誌に手を伸ばした。


 何をしているのだろうか。


 「軽い掃除だ」


 やめて!


 酷くなってきた頭痛に耐えながら、私は師匠に懇願した。


 「こう散らかっていては、看病してやれないだろう。しかし、一月ほどでよくもここまで散らかせるものだね」


 師匠は、雑誌や絵草子を次々に部屋の隅へと積み上げ、菓子類の空き箱や袋をまとめてゴミ箱に放り、私が脱いでそのままにしておいた衣服をぽいぽいと拾い上げて腕にかけていった。

 

 やめて!やめて!

 年頃の娘の部屋を勝手に弄くり回すなんて、鬼畜の所業だ!

 

 しかしどれ程の懇願も抗議も、師匠には無意味だった。

 次々に、綿密に計画された上で丁寧に部屋に配置されていた物品が撤去され、久しく目にすることの無かった床が顕になっていった。


 「心配するな。日記帳だの自作の詩集だのが出てきても、読んだりはしないから」


 ぐあぁぁ。


 私は悶絶した。


 知っていたのか!

 畜生、この人でなし!

 一思いに殺せ!


 「殺さないから、大人しく風邪を治しなさい」


 洗濯物とゴミをまとめると、師匠はさっさと部屋を出て行ってしまった。


 私は一人残され、ひとしきり師匠を冒涜する言葉を吐き、じたばたと寝台の上でのたうった。


 そして、いつの間にかまどろんでいた。







 かように心身が弱っている際に見る夢というものは、大体悪夢と相場が決まっているものだ。


 私は、暗闇の荒野をひたすらに走っていた。

 後ろからは恐ろしげな唸り声と、私を追跡してくる人間離れした足音が、いくつもいくつも聞こえてきた。


 私は、襲いくる脅威から、ただただ逃げていた。

 

 何せ愛用の剣がない。

 

 しろすけもいない。


 師匠も、いない。


 私は、この荒野で一人だ。


 一人ぼっちだ。


 急に何かに足を引かれるようにして、私は地面と接吻した。

 その途端に、後ろからわらわらと、小柄で気持ちの悪い“何か”が私へと覆いかぶさってきた。


 それも、一匹や二匹ではない。


 どんどん、ずんずん、それこそ山のように、私を覆い隠さんばかりに、群がってきたのだ。


 私はこのまま成すすべもなく、食われてしまうのか。あるいは、陵辱されてしまうのか。


 目を閉じ、口をきゅっと結んで、私は心の中で叫んでいた。


 師匠の名前を。



 すると突然、天から強い光が射しこんできた。

 光に照らしだされたおぞましい存在たちは、奇声をあげて灰になっていった。


 後には、私一人だけが残された。

 いや、違う。


 『こんにちは』


 頭上から、女の声が掛かった。

 そちらを見ると、えらく質素な白装束に身を包んだ娘が、空から降りてくるところだった。

 

 『酷い災難でしたね』


 どこか神々しい雰囲気を放つその娘は、微笑みながら地上に降り立つと、妙に気さくに語りかけてきた。

 どうやら、この娘が私を助けてくれたらしい。私は礼を言って立ち上がった。


 まあ実際、えらい災難であった。

 まるで地獄から這い出してきた悪魔たちのようだった。

 あんな奴等に襲われるなど、二度と御免だ。


 『あれらは、“彼女”からの攻撃の一種です。あなたの心が弱っていたので、軽いちょっかいのつもりで、手を出してきたのでしょう』


 『本当に申し訳ありません』と、自分がやらかしたことではないだろうに、なぜか目の前の娘は私に向かって深々と頭を下げた。


 “彼女”とやらが、どこのどなた様なのかはとんと存じ上げないが、あんな身の毛もよだつものどもを寄越すだなんて、相当に性根が捻じ曲がった女なのだろう。


 『恐らく“彼女”は、貴女のことが気に掛かっているのでしょう』


 ええ。

 そんなの、困る。

 同性愛の嗜好なんて、持ち合わせていないし。

 そもそも私には・・・


 『いや、その、ちょっと違うんですが』


 私がもじもじしながら言うと、娘も顔を赤らめて目をそらしながら否定した。

 なんだか話が食い違っているような気がして、私は首を傾げた。


 『こほん。とにかく今後は、貴女自身の力で身を守ることが必要になってきます。貴女の師匠に、よく教わってください』

 

 ええ。

 そんなの、いやだ。

 結局師匠は、受像機を買ってくれないつもりだし。

 そもそも私は、師匠が嫌いだ。


 『お嫌いですか?』


 私は、胸を張って答えた。


 嫌いですとも。

 嫌なところは枚挙に暇がないが、なにより小言が多いのが嫌だ。

 私の気持ちを理解せずに、ずけずけと酷いことを言う。


 すると娘は、う~んと唸った後に、ぽんと手を打った。


 『それならば、知恵をお貸ししましょう』


 知恵?


 『そうです。貴方の師匠を黙らせる、秘密の言葉です』


 何それ。

 教えて教えて。


 私が身を乗り出すと、その娘は腰に手を当てて、ふふん、としたり顔をした。


 『あんまり乱用してはいけませんよ。あれで結構、気にする人なので』


 そう言って、いたずらっぽく笑うその仕草からは、師匠との深い関係を匂わせた。

 しかし、発熱によって思考力が極端に低下していた私には、そこまで気を回す余裕がなかった。


 『でも、彼の言うことも、聞いてあげてくださいね。貴女のことを、とても心配しているのですから』









 「起きたかい」


 私が目を開けると、小さい鍋を持った師匠がそこにいた。

 鍋からは、ほんのりと良い香りが漏れていた。


 「卵粥を作ってきた」


 師匠は、私の机の上に鍋敷きを置き、その上に鍋を置いた。

 いつの間にか私の額の上に置かれていた、濡れた手拭を取ると、やさしい手つきで私の身体を起こした。

 頭痛は、大分引いていた。


 「つらいだろうが、少しでも食べなさい」


 師匠は手際よく小さい器に粥を盛ると、匙でそれをすくって私の口元に差し出した。

 私は、黙ってそれを見つめていた。


 すると師匠は、溜息をついてから匙を引っ込めた。


 「ちゃんと風邪を治したら、受像機を買いに行こう。だから今は、食べなさい」


 そう言って師匠は、若干私の顔色を窺うようにして、再び匙を差し出してきた。

 今度は、ゆっくりとだ。


 ちゃんと、四倍高精細度を買ってくれるだろうか。


 「ああ」


 ちゃんと、五十型を買ってくれるだろうか。


 「ああ」


 じゃあ、食べる。


 私は、差し出された匙を口に含んだ。

 適度な塩味と温度。そして、やわらかい卵の味が、口いっぱいに広がっていった。


 師匠はいつもの無表情だったが、少し安心したように、また粥をすくって私に差し出した。


 「それにしても、受像機ごときで夜更かしなどするものではないよ。早寝早起きが大切だと、いつも言っているだろう」


 ちょっと隙を見せると、途端に小言を言い始める。

 師匠の嫌なところだ。


 

 


 






 「これに懲りたら、もう少し師匠の忠告を聞きなさい」

 「・・・ししょう」

 「なんだい」

 「『なきむし』」

 「・・・」

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