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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第148話 ひょっとしたら、未来の君たち


 この街の最高意思決定機関である議会の構成員であり、この街の英知を持つ者たちが集結する魔法院の長でもあるミント。

 

 そんな彼の暮らしぶりは、その役職や地位を考えれば清貧に過ぎるものだった。


 そもそも家屋については、近所に住まう貴族たちとは比べるべくもない。この近辺では三・四階建てどころか地下室まであるのが標準的だが、彼とその庇護下にある少女が暮らすのは一般市民のそれとほぼ同等である。

 

 それだけではない。

 

 彼の部屋の中にある机だの椅子だのの調度品も、亡くなった祖父から譲り受けた品々だ。年季が入ったと言えば格好よくも聞こえるが、要するに使い古されたお下がりばかりである。

 今飲んでいる酒に至っては、大型量販店で売られている安物である。ちなみに、摘まみはただの炒り豆。


 およそ街でも高位の権力者に、そして貴族にふさわしい生活環境ではない。

 だが彼にとっては、ここは天上よりも素晴らしい場所なのだ。

 

 見栄えだの評判だのを気にして豪邸をおったてたはいいが、維持費がかさんで飯代にも事欠く連中もいると聞く。

 それに比べれば狭い分掃除は楽だし、使用人を雇う必要もない。浮いたお金は実家の父母に仕送りできる。それでも余ったお小遣いは、個人的な魔法技術の研究に回すことができた。

 

 気楽に生きるのには、こんなに適した環境はないのだ。


 そして、同じように清貧に。

 はっきり言ってしまえば貧相に暮らしているのは、今ミントの眼の前に座っている二人の友人たちも同じなのである。 







 「いいものだねぇ、友だちというのは」


 階下から響いてくる姦しい、いややかましい声に、しかし家主のミントは上機嫌であった。

 あまり強くないというのに珍しく呑んでいるのは、今まさに大騒ぎをしている子どもたちのことを、心から嬉しく思っているからである。 


 「そうだよなぁ」

 「同感」


 卓を挟んでミントの対面から、そんな気の抜けた返事が届いた。

 席寝椅子にだらしなくもたれかかって応じるのは、二人の騎士団長であるヴァーミリオンとボルフォッグである。

 

 奇しくもリベルカの友人が訪問してくるのと同じ日になってしまったが、今日は大分前から調整していた三人での宅飲み会だったのである。

 

 別に領主に対して謀反を企てる秘密会議だとか、表ざたにはできないが有益な取引をするだとか、そんな後ろ暗い会合ではない。

 ただ三人で集まって、卓を囲んで、適当な酒を飲みながら愚痴を言い合うだけである。


 だがミントを含めた三人のオッサンたちは、この飲み会を何よりも楽しみにしていた。

 

 子どもの頃からお互いを良く知る親友同士であったが、それぞれに街の要職に就いてからというもの、碌に顔を合わせる時間も持てなくなってしまった。

 こうして三人が一同に会してのんべんだらりと過ごしていられるのは、ほとんど奇跡と言っていい偶然なのである。


 「しかしミントちゃんよ。思い切ったことしたよな」

 

 琥珀色の液体が入った盃を傾けるボルフォッグは、傷だらけの顔を歪ませながらそう言った。

 別に不機嫌な訳ではない。恐ろしい形相に見えるが、彼は笑っているのだ。

 

 街の内外を問わず、常に最前線で闘い続けてきた彼は、顔も含めた全身が傷に塗れている。そのため彼自身には笑顔でいるつもりでも、それと分からない部下たちには威嚇されている様にしか思われない。


 彼が“恐れ敬われる”所以の一つである。


 「あの娘を引き取るだなんてよ。面倒なことにならないのかい?」

 「大丈夫だよ、問題ないさ」


 あくまでも表面上は自分のことだけを心配してくれている親友に対して、ミントは優雅に微笑んだ。

 気にしていない風を装っているが、彼が憐れな半魔の娘を案じてくれているのは明らかだったからだ。


 地下施設に潜伏していたあの娘を、一切傷つけることなく確保してくれたこの親友に、ミントは深い感謝の念を抱いていた。

 

 研究施設の責任者であった頃のかつての部下たちもそうであったが、実力のない者ほど異種族に対して排他的になりやすく、それ以上に敵愾心を持ちやすい。


 鬼人、森人、鉱人などの人間よりも優れた能力を持つ種族は勿論だが、ことに半魔は邪神の影響を色濃く受けているということもあってか、それら三者への比ではない負の感情をぶつけてしまうのだ。

 

 一般人よりは強くともこの場の三人の足元にも及ばないヒヨッコ共では、圧倒的な潜在能力を持つあの憐れな娘を前に、畏怖と嫉妬と嫌悪を抑えることは難しい。


 ボルフォッグ率いる魔法騎士たちが暴走しなかったのは、長である彼がそう厳命していたからなのだ。

 

 「心配してくれて、ありがとうね」

 「やめろ、気持ち悪い」

 

 改まったミントの感謝の言葉に、ボルフォッグはぶっきらぼうに言い放った。

 傷だらけの顔も相まって、その強い口調は本当に彼が気分を害したように思えてしまう。

 だがその実、照れているのを隠しているだけなのだ。


 親友であるヴァーミリオンとミント以外は誰も、言ってしまえば本人ですらその事実を認めようとはしないが、彼はとても気のいいオッサンなのである。


 「・・・だがな、ミントちゃん。いくら領主から緘口令が敷かれたって言っても、一般人には関係ないんだぜ?見られたらどうすんのさ」

 

 今度はヴァーミリオンが、へそを曲げた友人に代わって質問を引き継いだ。

 そっぽを向いて盃をあおる友人を横目で見るその表情は、気安い笑みを浮かべていた。

 

 彼も内心では、半魔の娘が無事でいることを強く願っている筈なのだ。

 なにせヴァーミリオンは、例の“家出騒動”の際に調査として、筆舌に尽くしがたい研究施設の内情をつぶさに見てきたのだから。


 「きちんと変装させているよ。外を出歩くときには私も一緒だし、バレるようなことはないさ」 

 「・・・元研究員がばらすことだって、あるかも知れないだろ?」


 その友人の言葉に、ミントは押し黙った。


 彼が務めていた研究施設はすでに閉鎖され、そこの職員だった魔法士たちはすでに別の研究に従事していた。彼らもまた、自分たちよりも優れた魔法能力を持つリベルカに対して劣等感の入り混じった嫌悪を抱いていたが、彼女と離れてなおそんな負の感情に振り回されることがあるのだろうか。

 あるいは、ミントを蹴落とそうと画策する者に買収されて、リベルカの存在を暴露することもあるかもしれない。


 ミント自身は、自らの地位にも名誉にも大した執着心を持っていなかったが、あの半魔の娘に害が及ぶのは何としても避けたかった。

 せっかく檻を出ることができたというのに、無辜の市民から心無い言葉や石なんかを投げつけられた日には、手に入れた自由が意味を失ってしまう。

 

 なにせリベルカは、誰からも虐げられない、拒絶されない日々を心から願っていたのだから。


 だが。

 

 「うーん。まあ、その時はその時かな」

 

 なんとミントは、そのようにあっけらかんと言い放った。

 

 『えぇ・・・』


 二人の騎士団長は絶句すると、放心したようにぽかんと口を開いた。

 半魔の保護者が放った言葉がよっぽど想定の埒外にあったらしく、手に持っていた盃が大きく傾いていた。まあ、ほとんど空になっていたので、床を汚すことにはならなかったが。

 

 ミントは言葉を失っている二人の友人を見つめながら、正面の卓上に置かれた安酒の瓶を取った。


 「前々から思っていたんだけどね、この街の人間は差別的すぎるよ」


 そう言いつつ酒瓶を向けると、友人らは我に返ったように盃を構えた。

 ミントはそれを見て頷くと、彼らの盃になみなみと安酒を注いでいった。


 自分たちの盃が満たされていくと、だんだんと停止していた頭が回転し始めたらしい。二人の眼の焦点が、再びミントに当てられた。


 「そりゃあ、まあ、仕方ないだろうな。自分たちより優れた種族に嫉妬するのは当たり前だろう」

 「何せ俺たち人間ってのは、特別に秀でている能力ってのがないからな」

 

 そう言って一気に盃をあおる二人は、この街の人間どころか他種族と比肩しても圧倒的な実力を持つ、いわば英雄である。そんな彼らは半魔であるリベルカに対して否定的な態度を示すどころか、『お嬢ちゃん』などと言って可愛がってくれているのだ。


 だが逆に言えば、それ程の高みに至らなければ異種族を受容できないのが、自分たち人間というものである。


 七年前に平の研究員としてそれを痛感したミントは、せめて自分だけはそんな狭量な存在になるまいと誓った。だが研究施設の長として、部下である魔法士たちを啓蒙してやろうなんて躍起になっていたが、遂に彼らがリベルカへの接し方を改めることはなかった。


 まったくもって残念であり、失望する他ない事実であった。

 結局のところ自分たち人間とは、異なる存在を受け入れるだけの度量が備わっていないのか。


 いや、そんな筈はない。

 なぜなら・・・


 ミントはため込んでいたもの吐き出すように、友人たちに訴えかけた。 


 「私たち人間種は、もっと高い次元に至れる筈なんだ。初めは戸惑うかも知れないけれど、きっとリベルカのことも街中の人々が認めてくれるようになるさ」


 するとボルフォッグは、傷だらけの顔を歪めた。

 今度は笑っているのではない。危惧ゆえのしかめっ面だ。


 「だから何か?あの娘のことが知れたら、もう隠し立てはしないと?」

 「ああ、そうとも」


 心配性の友人に対してミントが力強く頷くと、今度はもう一人の友人が続けた。


 「そんなんで大丈夫なのか?お前は良くても、あの娘はまたぞろつらい思いをするかもしれないんだぞ?」

 「いや、大丈夫だよ。できるさ!」


 ミントはそう言い切ってから一気に盃をあおると、やや力を込めて卓上に、空になったそれを置いた。


 かんっ!という大きな音と、いつにないミントの強い口調に、二人の騎士団長は眼を見開いた。

 

 何故、そんなふうに断言できるのだ。


 友人たちの顔に浮かぶそんな疑問に、ミントは優雅な笑いを返した。


 「だってほら。今も下は、こんなに賑やかじゃないか」


 ミントはそう言うと、口を閉じて眼を瞑った。

 それにつられてボルフォッグとヴァーミリオンも押し黙ると。
































 『あー!くりすくん、またりべるかのおっぱいみてた!』

 『み、見てませんよ!誤解です!』

 『なになに?どーしたの?』

 『いや!別に何も!』










 階下から響いてくる姦しい、いややかましい声。

 それを聞いて、三人のオッサンらは静かにうなずいた。


 「そうだよなぁ」

 「同感」

 

 そう呟く二人は、ミントの言わんとすることを理解したのだ。

 

 つい先日知り合ったばかりの三人の子どもたちは、すでに気の置けない関係を構築しつつある。それこそリベルカが半魔だろうが関係ない。


 彼らもいずれ成長し、今の自分たちのようにグダグダと益体のない話をして盛り上がるのだろう。

 

 それは、とても素晴らしいことだ。


 他種族への確執や軋轢に惑わされることなく、あんなふうに気安い付き合いができるのなら、それは間違いなく高次の存在と言える。

 

 ミントたちの世代では無理かも知れないが、あの子どもたちならきっと大丈夫だろう。


 滅多に呑まない安酒のせいで悪酔いしつつも、ミントの脳内にはそんな確信があった。


 











 「しっかしよぉ、思うんだがな」

 「何だよ、ボーちゃん」

 「顔怖いよ?」

 「ほっとけ。いや、俺たちって女っ気がないなぁって」

 「う・・・」

 「それは・・・」

 「・・・なんかあの坊主、両手に花で腹立つんだけど」

 『・・・』

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