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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第13話 街について


 その日の師匠は、いつもとは様子が違っていた。


 「今日は用事がある。やるべきことをやったら、後は好きにしていなさい」


 日課を終えて朝食を済ませてしまうと、師匠は突然それだけを言い残してさっさと出て行ってしまった。

 

 私と私の膝の上に乗っている最近重くなってきたしろすけは、きょとんとした顔でそれを見送った。


 いつもならばこの後は依頼を受けるか、鍛錬をするか、勉学に励むかの三択である。

 やるべきことと言われても、師匠がいないのではいずれも大したことなどできはしない。


 私相手の鍛錬の時には大雑把な指示を出すことが多い師匠だったが、完全に丸投げするようなことは今までに一度だって無かった。


 これは、怪しい。


 私は席寝椅子の上で身じろぎをしつつ、熟考した。

 

 一秒と掛からずに、答えは出た。


 しろすけ。


 私が呼びかけると、しろすけは目玉をくりくりと動かして私を見上げた。


 弟子は常に同じ時を師匠と過ごすことで、師匠の技術を学ぶものだと思う。


 私の気持ちを分かっているのかいないのか。

 しろすけは、可愛らしく小首を傾げて見せた。


 お前はいい子だから、一人でもお留守番ができるよね。

 

 しろすけは短く一鳴きすると、私の膝の上から跳び下り、行儀よく床の上に座った。

 

 流石は私の可愛いしろすけだ。

 後で林檎を買ってきてやろう。


 私は素早く席寝椅子から飛び降りると、二階の自室へと駆け込んだ。

 念のために愛用の片手剣だけを担ぐと、私は乱暴に窓を開けて縁側へ出た。そして手すりにつかまって身を乗り出し、眼下を歩く人々へと目を走らせた。


 見つけた!


 何の工夫も無い、安物の襯衣と作業用の下服という意識の低い着合わせ。

 間違いなく、師匠の後姿だった。


 私達の住むお屋敷は上級とまではいかないまでも、そこそこの階級の人間が多く住まう地区に建っている。

 そんな住人達の中では、師匠のような野暮ったい格好の男は目立ってしまうのだ。

 

 魔物の巣穴の探索だとか悪漢どもの根城への侵入だとかの時には、『周囲に溶け込むようにしなさい』などと言っているくせに、師匠本人の体たらくときたら弟子である私の方が悲しくなってしまう。


 家の中ならまだしも、外出するならせめて私の買い与えたじーんずを着れば少しはましになるというのに。


 私は軽く溜息をついて手すりに足をかけると、屋根によじ登った。

 そして助走をつけて、隣の家の屋根に向かって跳躍した。


 師匠は好きにしろと言ったのだ。

 それならば今日の鍛錬は、追跡と難所移動に決まりだ。


 私は家屋の屋根から屋根へと跳躍し、壁と壁の間を滑り降り、銅像をよじ登って密かに師匠に追随した。

 

 気配を隠しての追跡術や歩行には適さない地形での移動技術は、いずれも師匠から叩き込まれたものだ。

 盗賊団でごったがえす古城から金貨を取って来させるだの、内側に傾斜した崖を命綱なしで登らせるだの、あの時は無茶苦茶なことをやらせるものだと思っていたが。こうして実践してみると、なかなかに融通の利く面白い技能だ。


 それがまさか自分に対して使われるとは、流石の師匠も予想していなかっただろう。


 きししと笑いながら、私は師匠を追跡し続けた。


 それにしても、あれほどに慌てていったいどのような用事があるのだろうか。

 いつぞやのように、私に知られたくない依頼でもあるのだろうか。

 しかし師匠は武器らしいものは何も持っていない。


 あれこれ考えながら師匠を追いかけていると、いつの間にか開けた場所に出てしまった。

 周囲には大きな建物はないので、高所からの追跡は出来なくなった。

 仕方なく私は、街灯を両足で挟み、襟巻きを巻きつけて、摩擦で落下速度を軽減しながら地面へと降りた。


 着地した瞬間、棒付きの飴を舐めていた子どもがぎょっとした顔でこちらを見たが、私はそ知らぬ顔で歩き出した。

 

 私の先にいる師匠はいつものような余裕のある歩き方をせず、せかせかと足早に先へと進んでいた。

 

 何をそんなに急いでいるのだろうか。

 


 ・・・まさか、誰か女性と密会でもするつもりなのだろうか?

 

 瞬間、怖気と怒りが全身を駆け巡った。

 が、んなわけないかと即座に自分で否定した。


 一日のほぼ全てを私と共に過ごしている師匠が、どうやって女性と知り合うというのか。

 そもそも師匠の様な女心をまったく理解できない男に、弟子の目を盗んで恋人をこさえる甲斐性などあるものか。


 ・・・いやいや、世の中には駄目な男にこそ惹かれるという異常な嗜好の女性だっているらしい。

 ひょっとしたら、私が寝てしまってから毎晩、どこぞの酒場や賭場にでも入り浸って・・・。


 降って湧いた妄想に苛まれ、私は悶えながら師匠を追跡した。


 通行人が奇異な視線を私に向けたが、気にしている余裕など無かった。

 

 そんな哀れな私を他所に、師匠はある建物へと入って行った。

 私は思考を一時中断して、その建物へと急いで近づいた。

 

 それは、古くなった石造りの教会だった。

 

 窓硝子は割れ、庭は荒れ放題になっており、どう見ても使われているような状態ではなかった。


 私は小走りに教会へと近づくと師匠が入って行った扉をそっと開けようとした。


 「誰だ、貴様!」


 背後から、突然声が掛かった。


 



 屈強な大男に首根っこを掴まれると、私の小柄な体躯も相まって子猫のようである。

 そんな状態のまま、私は師匠の前へと引き出された。

 

 そこには師匠の他にも十人程の学者然とした男達と、それを護衛するためと思しき街の衛兵が大勢おり、その全員が私に視線を注いでいた。

 

 そんな中私は縮こまって師匠を見つめ、精一杯の愛嬌のある表情で小首を傾げ、ごめんなさいね、と形ばかりの謝罪をした。


 「まいったな、まったく気づかなかった」


 師匠は怒りもせずに、首筋を撫でた。


 「君、大分成長したね」


 私の心臓が、俄かに鼓動を早めた。

 師匠からの賞賛を受けたからではない。


 師匠の顔に、微笑が浮かんでいたからだ。 


 「あのぅ、そろそろ宜しいでしょうか」

 「ああ。すまない」 


 私達に呆れと好奇の視線をぶつけてくる学者達に、師匠は向き直った。

 

 「この娘も連れて行く」

 「そんな!最高機密ですよ」

 「私の弟子なんだ。大目に見てくれ」


 なおも言い縋ろうとする学者達を静かに手で制した師匠は、すでにいつもの彫像のような顔に戻っていた。

 私の鼓動は、まだしばらく戻りそうに無かったが。



 

 私と師匠とその他大勢は、教会の中にあった地下への隠し通路を歩いていた。

 

 きどうようさい?


 「そう。それが、この街の真の姿だった。遠い昔の話だがね」


 それが、師匠と何の関係があるのか。


 「最近になって、眠っていた機能が復活してきたんだ。私も、ほんの少しだけ助力した」


 それで、この道の先に何があるのか。


 「要塞の機関部だ。扉を開く目処がたったと聞いて、調査団に捻じ込んでもらった」


 ・・・師匠は、実は影の権力者だったりするのだろうか。


 「いいや。ただ、領主と知り合いなだけだよ」


 師匠の後ろをちょろちょろと追いかけながら、私は師匠にあれやこれやと詳しい話を聞いていた。


 周りの衛兵達は私と師匠に対して油断のない、あるいは胡散臭いものを見るような視線を投げかけてはいたが、一切口を挟もうとはしなかった。

 

 先程学者が『最高機密』だと言っていたのに、師匠がべらべらと私に話すのを止めようともしない。


 どういうことなのか分からなかったが、それ以上に。長年暮らした街の下に見たことも無い通路が隠されていたと言う事実に、心が沸き立つ私だった。


 「着きました」


 学者の言葉に前を見ると、そこには大きく頑丈な扉があった。

 すでに通路からして虚像群がすっぽり入りそうなくらいに広いのだが、この大きな扉といい、いったい何が通るための通路だったのだろうか。


 「ああ、この傷」


 師匠が学者と衛兵を押しのけながら前に出た。

 そして、扉についていた斜めに引かれた一筋の傷を撫ぜた。

 

 「開けろ、早く」

 「あ、は、はい」


 あっけに取られた一同を気にした様子もなく、いつになく高圧的な口調で師匠は学者に言った。

 学者は慌てて、扉のすぐ脇にある操作盤をいじり始めた。


 やはり、今日の師匠はおかしい。

 特に教会跡に入ってからはそうだ。

 

 なんだか心の余裕がなさそうだし、私の質問にはもったいぶらずにすぐ答えるし、何よりあの笑顔!

 いったいこの扉の奥に、何があるのか!?


 「開きます!」


 学者の言葉と同時に、眼前の巨大な扉が鳴動し、観音開きとなった。


 おおっ、と男達の声が響いた。


 残念ながら現在の私は男連中に囲まれており、その身長差のせいで先を見通せなかった。

 必死にぴょんぴょんと跳躍したり、分厚い筋肉の壁の隙間を探そうとしたが、無駄な抵抗だった。

 

 静かに。

 

 静かに師匠が歩き出した。


 男達は途端に口を塞ぎ、黙って師匠を見守った。


 師匠が男達から離れため、壁に穴が空いた。

 これ幸いと私はむさくるしい男達から離れて、師匠の方へと走り寄った。

 

 「あ、こら!」


 衛兵達が私を捕らえようとしたが、同じ失敗は二度も食わない。

 伸びてくる太い腕をするするとかわして、私は立ち止まった師匠へと辿り着いた。


 そして、固まってしまった。


 広い、広い、円形の部屋だった。


 部屋の中心部には巨大な柱と、そこから何本も曲がりくねった管が、まるで大樹の枝のように天井に向かって伸びていた。


 だが、それよりももっと目を引くものがあった。


 私の眼前には、巨人が、その機械仕掛けの体躯を横たえていたのた。


 どれ程長い時をここで過ごしてきたのだろうか。

 原型をとどめているのがやっとと言うほどに、錆び、崩れ、朽ちつつあった。

 

 あの、“戦争”のための兵器たちと同じものだ。

 だが違いが一点あった。


 とてつもなく、大きいのだ。


 もしもこの巨人が立ち上がったら、私達などその大きな足で、たちどころに踏み潰してしまうのだろう。

 もしもこの巨人が腕を振るったら、私たちなどその大きな手で、たちまちの内に握りつぶしてしまうのだろう。


 こんなものが、なぜ、私達の街の地下にあったのか。


 「あの時のままだ」


 師匠の声が、しんと静まり返っていた部屋の中に響いた。


 師匠は足取りも軽く、その朽ちかかった機械巨人の身体を駆け上った。

 

 そしてどうやら頭部と思しき場所に到達すると、跪いた。


 「あった!」


 師匠が力を込めて引き抜いたのは、一本の刺突剣だった。機械巨人とは逆に、その刺突剣は装飾こそなされていないものの美しく、朽ちるどころか錆びの一つも浮かんでいない。神秘的な輝きを放っていた。


 「見ろ!レオン!」


 師匠は、引き抜いた刺突剣を頭上に高々と掲げて言った。

 その姿は絵草紙に出てくるような、打ち倒した恐ろしい怪物を踏みつけて鬨の声を上げる勇者そのものだった。


 「二万年経っても、一切の劣化をしていない!やはり俺の目利きは正しかっただろう!」


 歓喜の大声を上げてこちらを振り向いた師匠は、何たることか、満面の笑みを浮かべていた。

 私が師匠と出会ってから一度だって見たことは無かった、笑顔を。


 しばし私は、というよりもその場にいた師匠を除く全員が、口を開けたまま師匠を見つめた。


 見る見るうちに、師匠の顔がいつもの無表情へと戻っていった。


 師匠は刺突剣を腰にさすと、ゆっくりとした足取りで機械巨人の身体から床へと下りていった。


 「とりあえず、この機関部は動かないだろう。修理するにしても、膨大な投資が必要になるだろうな」


 師匠は先程の大見得が嘘のように落ち着いた調子で言いながら、いまだ口を閉じられない私の方へと歩いてきた。


 「私は帰る。後は君達でやってくれ」


 そして私の手を引くと、戸惑う私に構いもせずにもと来た道を戻り始めた。


 「それと、こいつは今までの手間賃として貰って行く」


 腰の刺突剣を軽く撫でながら、師匠は返事も聞かずに足早にその場を後にした。









 この剣は、何なのか。

 

 帰宅すると、いつもよりも上機嫌な師匠に、私は訊ねた。

 いつもの無表情だったが、間違いなく機嫌がいいのだ。

 

 円卓の上に置かれたそれは、改めて観察すると、鋼鉄などよりもよほど優れた材質で出来ているだけでなく、何らかの魔法的な力も感じ取ることができた。


 「私の親友が、使っていたものだ」


 師匠は刺突剣に目を落としながら、私の問いに答えた。

 

 「彼は、とても腕の立つ小人だった。自分の何十倍もあるような魔物でさえ、鼻歌交じりであしらい、この刺突剣の一刺しで打ち倒したんだ」


 そう語る師匠は、自分のことのように誇らしげに語った。

 無表情だが、絶対にそうなのだ。

 

 私の知らないその親友とやらのことを、師匠が妙に持ち上げるのが、何故だか気に入らなかった。

 大体、そんな親友の剣が、なぜ今まで開かなかった地下深くの扉の奥にあったのだろうか。


 その友人は、どうなったのだろうか。


 疑問のままに問うてしまった瞬間、私は己の愚かさ加減に、自分自身を縊り殺したくなった。


 「さあ、ね」


 頬杖をつきながらそう答えた師匠は、それきり何も言わなくなった。


 ほんの一瞬だけ、さびしそうな表情をしていた。

 私には、分かるのだ。











 「しゅぴーん!」

 「ええっ」

 「おれはただしかっただろう!」

 「ちょっと。止めて」

 「かっこうよかったですよ、ししょう!」

 「・・・」

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