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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
134/222

第133話 怪しいことについて

ぎりぎりで間に合った・・・


 師匠が怪しい。


 


 私の師匠は、いろいろな意味で普通の人とは違う。


 力は強いけど、変に打たれ弱い。

 頭はいいけど、常識に欠ける。

 聖職者なんだけど、酒癖が悪い。


 まったくもって、変な人である。

 

 だが、こんなに怪しく思えたことはかつてあっただろうか。






 「おはよう、師匠」


 早朝。


 私はいつもの様にしろすけに起こされ、眠い目をこすりながら自室を出た。

 そしてしろすけを抱きかかえて階段を下り、いつもの様に先に眼を覚ましていた師匠に対して朝の挨拶をすると。


 今日は、いつもとは違った反応が返ってきたのだ。


 「ん・・・、ああ。おはよう、君」


 それはなんとも、投げやりな挨拶の仕方であった。

 それもその筈。


 師匠は通話装置をいじりながら、私に眼もくれなかったからだ。


 「・・・えぇ?」


 思わず私は、そのあり得ない光景を凝視した。


 あり得ない。

 あり得ないのである。


 私の師匠は、超古代からやってきたかの如く現代の便利な魔法装置の扱いが下手な人間である。

 なにせ、つい最近まで受像機を持っていなかったし、お屋敷の空調なんて起動と停止くらいしかできない。録画装置を買おうと言ったら『良く分からない』と突っぱねるし、全自動洗濯装置を勧めたら『手で事足りる』などと非現実的な回答を頂いた。

 まともに使用できるものなど、武器・防具に各種冒険用道具と、後は冷蔵魔法庫くらいなものだ。


 そんな人物が。

 

 弟子への挨拶もそこそこに。

 

 通話装置を必死にいじくっている。


 これは怪しい。




 「師匠、なにみてんの?」


 可愛い師匠の顔を見ないで挨拶するだなんて、失礼にも程がある。

 一体何に夢中になっているのだろうか。


 いつもとは明らかに違う師匠を物凄く怪しんだ私は、半目になって問いかけた。

 

 すると。


 「ん・・・、ああ。いや、別に」


 答えたくないというよりは、まったく上の空な様子の返答。

 

 実に怪しい師匠であった。





 師匠の怪しげな行動は、それに止まらなかった。


 日課の鍛錬に出かける際にも、吹きすさぶ雪交じりの風の中を通話装置を見ながら歩いていたし、私の素振りにちょっかいを出す際にも、あくまでも通話装置を見る片手間に雪玉を投げていた。

 流石に神様にお祈りをする際にはいじっていなかったが、帰るとなったら途端に懐から装置を取り出したので、盛大に呆れてしまった。


 いくら早朝で周囲に人の姿がないからと言って、これは危険な行為だ。

 良い子も悪い子も真似をしないように。


 帰りの道すがら、私はそんな師匠を見かねて注意をしてやることにした。


 「師匠、あぶないよ!」


 すると師匠は、やはり通話装置から眼を放そうとせずに答えた。


 「ん・・・ああ。申し訳ない」


 どうやら私の忠告など、聞く気もないようである。

 いつもの無表情さも相まって、その態度は実に腹立たしかった。


 


 さらにそれは、朝食の間にも続いた。

 

 通話装置と肉叉をそれぞれ左右の手に持ち、片手間で作った朝食を片手間に食すのだ。 

 あまりの行儀の悪さに、私は野菜を突きながら眉をしかめた。

  

 普段は私に食事中の行儀についてを説くくせに、今日のこの態度は一体どうしたことだろうか。

 

 「師匠、だめだよ!」


 朝食が始まってからすでに三度目の注意であった。

 しかし今日の師匠には、まったく効果が無いらしい。


 「ん・・・ああ」


 師匠は肉叉で野菜を突きながら、やはり上の空で答えた。


 そこまで集中するとは、一体師匠は何を見ているのか。

 あるいは、誰と伝文を交わしているのか。


 気になった私は、師匠から通話装置を奪い取ろうと手を伸ばした。


 しかし。


 すかっ!


 「むっ!」


 すかっすかっ!


 「むむっ!」


 すかっすかっすかっ!


 「むむむっ!」


 何度も何度も手を伸ばすが、それは空を切るばかり。

 師匠は通話装置の画面から一切眼を放さないというのに、どうしてか私の気配を鋭敏に感じ取っているらしい。通話装置に伸ばした手は、ことごとくかわされてしまった。

 

 「うぎぎぎ・・・」


 歯ぎしりをする私の前で、師匠は通話装置に見入りつつも朝食を平らげていった。

 

 私の注意を受け入れず、私のちょっかいにも大した反応をせず、私の憤りなどどこ吹く風。 

 まるでこの場に私がいないかの様な振舞いである。 


 腹いせに私は、自分の通話装置を取り出した。


 「師匠がやるんなら、わたしだって!」


 そして肉叉を放り出すと、これ見よがしに両手で操作をして見せた。


 だが、本気で伝文だの通話だのをするつもりはない。

 こうして行儀悪く振舞って見せているのも、師匠の気を引きたいがための当てつけに過ぎないのだ。


 しかし。


 「ふむ・・・」


 肝心の師匠は、まったく私のことなど気にしてはいなかった。

 まさに眼中にないとばかりに、自分の通話装置に集中している。


 なんじゃそりゃ!

 

 私は通話装置をしまうと、だんっ!と両手を卓上に叩きつけた。

 床の方からしろすけが驚いて跳ねた音がしたが、私は気にせずに叫んだ。 


 「師匠、だめだよ!」


 堪りかねた私は、師匠に苦言を呈することにしたのだ。


 「ごはんをたべるときは、つかっちゃだめでしょ!」


 普段は私の方が、耳に胼胝ができる程に言われている言葉だ。

 だが今回ばかりは、私の方がそれを言うべき立場にいる。

  

 そしてそれは、正しかった。

 

 「ん・・・、ああ。そうだったね」

 

 言われて師匠は、ようやく通話装置を卓上に置いた。

 

 やれやれ、これでようやく元通りだ。

 私は一安心して、大嫌いな野菜を口の中にかき込んだ




 しかし残念なことに。


 師匠が態度を改めたのはほんの一時であった。

 

 朝食後の勉学の時も。


 「師匠!できたよ!あってる!?」

 「ん・・・ああ。できてるよ」



 簡単な調査依頼の時も。


 「師匠!あれ!うわきあいてかも!」

 「ん・・・ああ。そうだね」



 遅めの昼食のときも。


 「師匠!くちからこぼれそう!」

 「ん・・・ああ。すまない」



 ちょっと休憩してからの、実戦組手の時も。


 「せいやっ!えいえいっ!とりゃりゃっ!」

 「ん・・・ああ。少し落ち着きなさい」



 その合間合間に。

 いや場合によってはその時間中ずっと、師匠は通話装置を手放さなかったのだ。

 移動中だろうが一切構わず常に片手間に通話装置をいじくっており、見ているこっちがひやひやしてしまう。


 あるいはいっそ、本業の方が片手間になってしまっている。本末転倒もいいところだ。


 ここまでくると、ここ数年話題になっている通話装置依存者である。

 私のような若者の間に広がる症状であるが、なんでおっさん臭い師匠が発症してしまったのか。

 

 そして日暮れの夕食時。

 遂に私は、爆発した。 


 「師匠!もう、いいかげんにして!」


 我慢の限界に達した私は、鍋をかき混ぜながら通話装置を穴が開きそうな程に見つめる師匠に対して怒鳴りつけたのだ。


 屋敷全体が震えるような凄まじい声量み、まるで家事を疎かにする駄目主婦のような師匠は、びくりと身体を震わせた。

 そうしてやっと通話装置から私の方に顔を向けると、少しだけ驚いたように眼を見開いた。 


 「君、泣いて・・・?」

 「っ!」


 私は慌てて、目じりに浮かんだ涙を拭った。

 我ながら、相当に腹に据えかねていたらしい。

 

 師匠が時と所に構わずに通話装置をいじくっていたからではない。

 今日一日、師匠にまともに相手をしてもらえなかったために、鬱憤が貯まっていたのだ。

 

 「・・・すまない。夢中になり過ぎたようだ」


 怒り心頭な弟子の剣幕に、流石の朴念仁師匠も事態の重さを理解したようだった。

 自分の手の中にあった通話装置を懐にしまうと、竈の火を消して私に向き直った。


 私はそんな師匠を睨みつつ、口を開いた。

 だが、上手く言葉が出てこなかった。


 師匠に一日分の文句をぶつけようとした今になって、気づいたのだ。








 これって、いつもと立場が逆転しているではないか、と。







 私はしばしば食事中や勉強中などに通話装置をいじり、師匠からお説教をくらうことがある。

 その時はそれを大層うざったく思い、自分が通話装置を上手く使えないことを僻んでいるのだ、などと腹の中で馬鹿にしたものだ。 


 だが。

 いや、でも、そうか。

 師匠はそんな私に対して、いつもこんな気分を抱いていたのか。


 その事実に思い至った私は、師匠への怒りと自分自身の今までの行動への羞恥で口を開いたり閉じたりすることしかできなかったのだ。


 「・・・君、大丈夫かい?」

 

 しかし師匠は私の二重規範を咎めることもなく、逆に心配するような言葉をかけてきた。

 やっと気遣ってもらえたという喜びは、なんと素晴らしいことか、私の煮えくり返った腸を冷ましてくれるようだった。

 

 「・・・そんなにいっしょうけんめい、なにをみてるの?」


 少しだけ落ち着いた私は、師匠にそう問いかけた。

  

 あの通話装置をまともに扱えなかった師匠が、これ程夢中になること。

 それは、一体何なのだろうか。

 弟子である私への応対を二の次にする程に重要なのだろうか。


 「ああ、うん、それは・・・」


 師匠は少し迷うそぶりを見せた。

 私に見せていい物かどうか。それを考えているのだろう。


 まさか、如何わしい画像でも見ているのだろうか。

 そんな最低最悪の状況を思い浮かべて、私の心中は再び荒れようとしていた。


 だが数秒後に、師匠はあっさりと通話装置を懐から取り出して、私の方へと差し出した。


 「ほら、見てごらん」

 

 師匠はそう言って、ぎこちない手つきで通話装置をを操作して見せた。

 すると、装置の画面に一つの画像が浮かび上がった。


 それは毛むくじゃらで、筒の様に大きな口で、小枝で造られた器のような物の上に立っている。

 そしてそのすぐそばには、白い身体の・・・

 

 「これって・・・、とり?」


 そう。

 それは白い小鳥たちの画像だった。

 生まれてからそれ程時間が経っていないような雛鳥と、恐らくその親鳥である。

 師匠は、こんなものに夢中になっていたというのだろうか。


 まったく想定外の事態に理解が追い付かなかった私が、通話装置から顔を上げると。


 「・・・いや、その、なんだね」


 師匠はいつもの無表情のまま、恥ずかし気に首筋を撫でて言った。


 「ほら。あの空飛ぶ城の一件で、私は無茶をしただろう」

 「え?ああ・・・」


 急に話題が妙なところに及んだが、私はどうにか頭を回転させた。


 師匠が言っているのは、戦天城での“騒動”のことだろう。

 あの時師匠はお城に侵入するために、銀龍たちの力を借りて自らを砲弾としたのだ。

 

 頑丈さが取り柄である師匠にしかできない方法だったが、見ているこっちは気が気ではなかったものだ。


 「あの時は私のせいで、あの城の“住人”たちに多大な迷惑をかけてしまっただろう」

 「じゅうにんって・・・、あぁ!」


 私は師匠の言葉に、思わず通話装置の画面を見返した。


 そうだ。


 この白い小鳥たちは、確かにあの戦天城の住人だったはずだ。

 だが師匠がその住処に飛び込んだために、生まれたばかりの雛鳥が命の危機に陥ってしまっていたのだ。

 

 「じゃあ、このちっこいとりは・・・」

 「そう、あの時の雛鳥だよ。ゼークトロンから画像や動画が送られてきてね。無事であったことが嬉しくて、つい見入ってしまったんだ」

 「なあんだぁ・・・」


 安堵した私は、一気に脱力してしまった。

 こんなに師匠が真剣になるということは、余程重要な案件であると思っていたのだが、何のことはなかった。

 

 あるいは如何わしい画像とか、またぞろ私には内緒にしておきたい依頼でもあったのかと思ったが、完全に杞憂であった。

 

 だが、それにしても・・・


 「師匠、ぜーくとろんと、れんらくとりあってたの?」

 

 私は素っ頓狂な声を上げた。 

 以前、しつこく滅ぼすだの何だの言っていたのがぱったり止んだのを訝っていたのだが、まさか彼から画像だの動画だのを送ってもらえる程に親密になっていたとは。


 「いや、だから、ほら。考えを改めたと言っただろう」


 師匠はますます恥ずかし気に、私から顔を背けつつ首筋を撫でた。

 滅ぼそうとした相手とこんなに仲良くなってしまったことを知られたくなかったのだろうか。

 だがその心変わりは、私やクリス君にとっては喜ばしいことであった。

 

 私は恥ずかしがる師匠を眺めながら、頷いた。


 誤解を解くには時間がかかると思っていたが、すでに当事者同士で話が済んでいたとは驚きであった。これで誰も不幸になることはない。とても素晴らしい結末だ。 

 ・・・だがこのままでは、師匠の首から火が出てしまいそうである。

 

 物凄い勢いで首筋を撫でるその様子に苦笑した私は、話題を変えてやることにした。


 「・・・師匠がこんなものにむちゅうになるなんて、いがいだよねぇ」


 それは、私の率直な意見だった。

 師匠は生き物を大切にする人だが、過剰に執着したりはしない。

 可能な限りは救おうとするが、必要ならば命を奪うことを躊躇しないのだ。


 そんな師匠が、小鳥の画像だの動画だのに入れ込むだなんて、意外も意外であった。

 だがそれは、私だけではなかったらしい。


 「いや、私にも不思議なのだがね。この無垢な雛鳥の映像を見ていると、時間を忘れてしまうんだよ」


 言われて私は、疑い深げに動画の一つを再生してみた。

 それは、雛鳥が親鳥に餌をねだっている場面を撮影したものだった。 


 小さい口をいっぱいに開いて、親鳥が運んできた餌を丸呑みにしている。

 そしてそんな可愛らしい雛鳥のために、両親は絶え間なく食事を運ぶのだ。


 ・・・うわ。


 なんだろ、これ。


 見ていると、胸がキュンキュンしてくる・・・!


 得も言われぬ感覚に見舞われた私は、次々に画像を開いたり動画を再生したりしていった。

 

 それこそ、先刻までの師匠の様に・・・


 「な、なあ君。そろそろ返してはくれないかな?」


 そんな私に対して、師匠が左右の人差し指を付き合わせながら、催促をしてきた。

 無表情にそれをやるものだから、不気味なことこの上ない。


 「ん・・・、ああ。もうちょっとだけ」


 私はそんな変質者のような師匠から眼を背けると、通話装置の画面を食い入るように見つめた。

 

 なにせゼークトロンから送られてきたという動画や画像は、幾つもあるのだ。

 これらすべてに、あの愛らしい小鳥の親子たちの生活風景が収められているのだろう。


 これはぜひとも、拝見しなければならないではないか。


 「き、君!それは私のだよ!」


 師匠が珍しく慌てたように、私に向かって手を伸ばしてきた。

 私はそれをするりとかわすと、大きく跳躍して卓上の向こう側へと退避した。


 「君、返したまえよ!良い子だから!」

 「もうちょっと!もうちょっとだけ!」

 

 こんな素晴らしい映像を独り占めしていただなんて、許せない。

 だから今は、私が見るのだ!











 


 

 




 「こんどから、“でんぶん”のないようをかくにんします!」

 「横暴だ。それでは検閲ではないか」

 「ふんだ。師匠があやしいからわるいんだもん!」

 「それなら、君のだって見せてくれるのだろうね」

 「え?なんで?みせるわけないじゃない」

 「・・・」

申し訳ありません。

明日はちょっと都合がつかないので、お休みさせてください。


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