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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第129話 やってしまったことについて 中


 台所の床に突っ伏してから、三十分が経過していた。

 買い物に行った師匠があとどれくらいで帰宅するのかは分からなかったが、これ以上時間を無駄にするのは好ましくない。決断は可及的速やかに下すべきであろう。

 

 私がやらかしてしまったことを、どう清算するのかを。


 「あううう・・・」

 

 しかし、決められない。

 決められないのだ。

 

 私と言う愚かな娘は、過去に何度も何度もやらかしてきた。


 怒りに任せて師匠に暴力をふるったこと。

 お金をくすねようとしたこと。

 大嫌いな野菜を、黙って屑籠に捨てたこと。

 火遊びをして危うく家を焼きかけたこと。

 自惚れて、暴走したこと。


 思い出すだけでも嫌になるが、枚挙に暇がない。


 そしてその度に私は、師匠から説教を頂いてきた。 

 時にやさしく、時にきびしく。

 私のやらかしたことの、何が悪かったのか。どうするべきだったのかを、諭すような説教を。


 そして最後には、首筋を撫でながら必ず許してくれた。

 あの人は、そう言う人だ。


 だが、果たして今回のはどうだろうか?


 私はだらだらと冷や汗を流しながら、割れた湯呑の破片を手に取った。

 比較的大きな欠片であるそれは、傾けることによって光の反射具合が変わり、様々な光り方をする。

 だが、それだけだ。もう本来の、湯呑としての機能は果たせない。


 「うわあああああ・・・」


 私は破片を放り出し、うずくまりながら頭を抱えた。

 

 床に落ちた破片が他の破片とぶつかってさらに細かい破片となったが、もうどうでもいい。

 ここまで見事にばらばらになってしまった以上は、破片の大きさや数など大した問題にはならないのだ。

 

 そしてそれは同時に、私の行く末が絶望でしかないということを証明してもいた。

 

 これがただの湯呑だったのならば、こんなに絶望することはない。

 だが砕け散っている湯呑だったものは、金貨二百枚の価値がある骨董品だったのだ。

 

 「にひゃく・・・、きんかにひゃくまい・・・」


 その数字の重みが、私の頭を重くしていた。


 金貨二百枚と言えば、街の大人が五年間まっとうに働いてようやく稼げるような大金だ。

 あるいは騎士長だとか大企業の社長さんだったら一年で稼ぐのかもしれないが、それだけ大変な仕事をしている訳でもある。


 とにかく、金貨二百枚というのは私なんかがどうやったって弁償できない金額であることは、間違いない。


 それを私は、割ってしまった。


 ぶち壊してしまった。


 やらかしてしまったのだ。


 果たして師匠は、こんな愚かな娘を許してくれるのだろうか?


 私は試しに頭の中で、師匠に今回やらかしたことについてを謝罪してみた。



























 『ごめんなさい!こわしちゃった!』

 『ほほぅ、よくもやってくれたね。ところで、特売で野菜がたくさん買えたんだが・・・』

 



 駄目だ。

 お仕置きとして、一週間の野菜漬けの刑に処されてしまいそうだ。

 でも一週間なら安いもんじゃあないかな。

 いやひょっとしたら、二週間。いや、一か月間ずっとかもしれない。


 あるいは、それ以上に恐ろしいお仕置きが・・・



 私がやがて訪れる絶望的な未来を案じ、身もだえしていると。


 ぽんっ、と肩に何か軽いものが乗せられた。

 

 顔を上げてそちらをゆっくりと見ると、食卓の上にいた筈のしろすけが、私のすぐ脇に座っていた。 前足を私の肩の上に置き、まるで憂うような視線をむけている。

 いつもは元気に揺れる尻尾が、今は心なしかしょんぼりしているように思えた。

 

 どうやらこの火吹き蜥蜴は、主人である私を心配してくれているらしい。

 なんとも健気なやつではないか。


 「うう・・・。ありがとうね、しろすけ」


 私はしろすけの心遣いが嬉しくなり、思わずその身体を抱きしめた。

 まだ生後四か月であるが、すでに出会った頃の倍以上の体格になっている。体重もそれなりに重く、私の細腕では持ち上げるのにも一苦労になってしまった。


 その肉体の成長に伴ってご主人を慰めようとする気持ちまで身に着けたとは、素晴らしいことである。


 そんなしろすけは嬉しそうに一鳴きすると、私の頬をぺろりと舐めた。


 「どうしようか、しろすけ・・・?」


 少しだけ気が楽になった私は、可愛い火吹き蜥蜴に相談することにした。

 胡坐をかいたまましろすけの両脇を掴んで持ち上げ、睨めっこをするようにして向かい合う。するとつぶらな瞳が私を見つめ、用件は何だと問うているようだった。

 

 「あやまったほうがいい?だまってたほうがいい?」


 要するに、私の選びうる道はこのどちらかしかない。

 だがそのどちらにも苦痛と危険が潜んでいる。


 だから危機管理をするのならば、知恵は少しでも多い方がいいのだ。

 この際、火吹き蜥蜴の赤ちゃんでも構わない。

 とにかく私の進むべき道を示してほしい。


 「どっちがいい?」

 

 私は両手に力をこめるようにして、真剣に問いかけた。

 

 この選択には、私の未来が掛かっているのだ。

 しっかりと答えておくれ。

 

 しかしそんな私の思いとは裏腹に、しろすけは小首を傾げるばかりであった。


 なぁんだ、がっくり。

 私はその反応に嘆息した。


 所詮は火吹き蜥蜴の、しかも赤子。

 残念ながら、私の相談相手としては不足であったようだ。


 「おまえはいいよねぇ、なやみなんかなくて」


 私は半ば八つ当たりをするように、しろすけにぶちぶちと文句を言い出した。

 

 思えばこの火吹き蜥蜴というやつは、悩みとは無縁の毎日を送っている。

 お腹いっぱい野菜を食べて、私を湯たんぽ代わりにしていっぱい眠る。

 それができれば、幸せいっぱいだもの。


 でもね。

 私は今、とっても困っているんだよ?

 こんな風に悩んでいるのは、私がお前よりも賢いからなんだよ?


 そんなことを考えていると、しろすけは突然に、まるで不快だと言わんばかりに身をよじった。

 まるで私の両手を撥ね退けるようにして、跳び上がったのだ。

 狂暴な十字虫さえ退けるその力強さに、私は思わず胡坐をかいたまま背後にごろりと転がってしまった。


 「ああっ!しろすけ!?」


 慌てて起き上がって呼び止めたが、従順だったはずの火吹き蜥蜴は聞く耳を持たなかった。

 私に尻尾を向けると、食卓の方へと走り去ってしまった。


 どうやら私の味方になってくれるものは存在しないらしい。

 

 私はもうすでに絶望のどん底に落ちてしまった気分で、膝を抱えて床に座り込んだ。


 こうなったら、自分で決めなくてはならない

 

 私はちらりとすぐ脇の床を見た。

 そこには相変わらず、湯呑が割れたままになっている。


 当たり前のことだが、無駄な時間を稼いだところでこれらが元通りになる訳ではないのだ。 

 ならばいい加減に、決断するべきだろう。

 

 私は一人頷くと、考え始めた。


 素直に謝れば、間違いなくお仕置きをされることになるだろう。 

 その内容については、想像もしたくない。

 野菜漬けの刑ならばまだましな方で、お菓子禁止だのお小遣い減額だのになったら眼も当てられない事態だ。

 

 だが黙っていれば、ひょっとしたら有耶無耶にできるかもしれない。

 湯呑の破片をすべて始末して、何事もなかったかのように過ごすのだ。

 いつかは湯呑が無いことに気づかれるだろうが、知らぬ存ぜぬで押し通せば何とかなるかも知れない。


 「でも、それってあぶないよなぁ・・・」


 やらかしてしまったことを白状しないでいるのは、大変な危険が伴う。

 ばれた時に、その分まで余計に叱責されることになるからだ。

 これについては、『食べ残し廃棄事件』をやらかした時に経験済みだった。

 あの時は『廃棄した量の二倍の野菜を食べるの刑』に処されたが、今回はその比ではないだろう。


 さらに言えば、師匠は他人の心を読むことができるのだ。

 家族である私に対してそんなことをするとは思えないが、“挙動不審な容疑者”に対してだったらその限りではないかもしれない。

 全体師匠は、怪しい人物に対してはその能力を使っているようだし。


 「どうしよう、どうしよう・・・」


 私は膝を抱えたまま、前に後ろにぐらぐらと揺れていた。


 正直に白状するか。

 あるいは、黙っているか。


 受け入れるか。

 拒絶するか。


 正義を為すか。

 あるいは悪を為すか。


 などと益体のないことを考えていると。









 がちゃり。


 

 「ぴゃっ!?」


 玄関から響いてきたその音に、私は跳び上がった。


 やばいよ。


 まずいよ。


 帰ってきちゃったよ。


 「ただいま。いやぁ、間に合ってよかったよ・・・」


 師匠が。


 断罪者が帰ってきちゃったよ。

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