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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
129/222

第128話 やってしまったことについて 前

















































 やっちまった・・・
























 台所にて。

 私は床に両膝と両手をつき、がっくりとうなだれていた。


 やってしまった。


 取り返しのつかないことを、やってしまったのである。


 その事実を受け入れきれない私は、この情けない姿勢のままで三十分程固まっていた。


 そんな、とんでもなく落ち込んでいる私の前には、陶器の破片が散らばっている。

 言うまでもなく、私のせいで割ってしまったものだ。

 そしてそれは、私の所有物ではない。


 では誰のものか?

 当然、師匠の物である。


 「まずいよぅ、やばいよぅ・・・」

 

 私はだらだらと汗をかきながら、この人生始まって以来の危機にどのようにして対処するべきかを考えていた。


 分かっている。


 分かっているのだ。


 最良の手段など、一つしかありえない。


 きちんと師匠に自分の罪を告白して、許しを請うべきであるということなど、百も承知なのである。


 だが、果たしてあの師匠は、私を許すだろうか?


 私は砕け散った破片に触れつつ、顔を歪ませていた。





 ちょっと、時間を巻き戻そう。




 身を切る寒さを耐え抜き、辛く苦しい日課を終えた私は、師匠と共に朝食をとっていた。

 

 いつものように、主食の麺麭と、主菜の炒り卵。そして副菜の野菜炒めと、非常に安定がとれている。まったくもって面白みに欠ける、健康的な献立だ。

 

 「君、きちんと野菜を食べたまえ」

 「はあぁい・・・」


 私は生返事をしつつ、受像機を見つめていた。別に、現実逃避をするためではない。この家では、これが当たり前なのだ。


 私の家では、食事中に受像機で様々な番組を見る。

 それは情報番組だったり、娯楽番組だったり、戯曲番組だったりと様々だ。


 そして今朝観ていたのは、街の中にある骨董品を出演者たちが値踏みし、出品者を含めて紹介をするという番組だった。

 ほとんどが銀貨数枚程度にしかならない品々ばかりだが、時折“本物”と称される芸術品が取り上げられることもある。そんの番組内では、今日はちょっとばかり珍しい物が紹介されたのだ。


 『ご覧ください!およそ千年前に制作された、製作者不明の一品!なんと素晴らしい光彩でしょうか!』


 受像機の中で司会者が解説しているのは、一つの湯呑であった。

 だが湯呑と言うには取っ手が付いておらず、師匠がお酒を飲むときに使う盃と言ったほうがしっくりくる。千年前に制作されたという点を差し引いても、なんとも使い難そうな品であった。


 大体こういう訳の分からない物は、普通ならこき下ろされて終わりである。


 しかしその番組に出演している鑑定家たちは、私とは正反対の意見であった。

 撮影現場のど真ん中の卓上にポツンと置かれたそのちっぽけな細工を指さしては、口々に賞賛の言葉を述べ始めたのだ。


 『まったく素晴らしい光沢です。金貨百枚でしょうかね』

 『内側で星々の如く輝く大小の斑文!百十枚は固いでしょう』

 『まるで器の中に宇宙が広がっているようですな!二百でも惜しくはありません!』


 私は眼の前で下された評価に絶句し、頬張っていた野菜をポロリとこぼした。


 金貨二百枚!


 まったくもって、とんでもない値段である。

 こんな湯呑とも呼べないような器にこれだけの価値があるだなんて、世の中間違っているのではないだろうか。

 

 いや、それよりも、この湯呑は・・・


 「まったく。大した物好き連中だね」


 その言葉に、私は我に返ったように師匠の方を見た。

 空になった皿の上に肉叉と肉刀を置いた師匠は、いつもの無表情で受像機を見つめながら、ぽつりとこぼした。


 「あんなものに、大した価値などないというのに・・・」


 喝采を浴びる湯呑の出品者に眼を細めつつ、師匠は私がこぼした野菜の欠片を拾い上げて、開きっぱなしだった私の口の中にそれを放り込んだ。

 受像機の中で繰り広げられていた異常事態に放心しつつあった私は、思わずそれを飲み下してしまった。


 「んぐっ。そ、そうだよね!?」


 私は師匠の所業に少しだけ苛立ちつつも、師匠が自分と同じ感性の持ち主だったことに安堵していた。やはり、あんな訳の分からない食器に庭付き一戸建てと同等の価値があるだなんて、あり得ないのである。


 しかし同時に、私の胸中ではある感情が芽生えていた。

 それは、期待である。


 もしも本当に、“あの”湯呑にそれだけの価値があるのだとしたら・・・?


 私は師匠に気取られないように、ちらりと視線を受像機から台所へと移した。

 食材や調理器具。そして、食器類が収納されている、師匠の聖域。


 私は、大体だが知っている。

 台所の何処にどんなものがあるのかを。


 「さて、そんなことよりも、だ」


 突如師匠は、微妙な空気を断ち切るように言って席を立った。


 私は慌てて師匠を見ると、努めて冷静である風を装った。

 だが本当は、心臓がバクバクと激しく脈を打っていたのだ。


 なにせ、私の思い違いでなければ・・・ 


 冷や汗をかく私に気づいた様子もなく、師匠は早々と済ませた朝食の後片付けをしようと、自分の食器を持ち上げた。


 「今日はこれから、買い物に行かねばならない。悪いが、先に失礼するよ」

 「ええっ!?」

 

 台所へと向かう師匠を眼で追いながら、私は素っ頓狂な声を上げた。

 なにせ師匠が買い物に行くとなったら、弟子の私は当然の如く徴用されてしまうのだ。

 体調不良だとか自習を命じられているだとか、そんな特別な理由でもなければ強制参加である。


 だが、それには一つ問題があった。


 「わたし、まだたべおわってないよ?」


 そう言って私は、自分の前にある皿に眼を落した。

 人参、もやし、玉蜀黍、玉ねぎの油いためは、まだまだ半分も減っていない。


 朝食開始から十五分が経過していたが、この調子では小一時間は掛かりそうであった。


 だが、師匠はさっさと出かけるつもりのようである。

 そうなると、まだ朝食を済ませていない私は参加できないことになる。

 それでも良いのだろうか。


 若干期待のこもった視線をむけると、師匠は嘆息して言った。 


 「・・・今日は数量限定の特売があるんだ。君を待ってはいられないから、私だけで行ってくるよ」


 本当は、私の手も借りたかったのだろう。

 しかし特売品とやらの方を優先した師匠は、手早く自分の食器を洗い終えた。

 そしてそれらをさっさと水切台の上に置いてしまうと、せかせかと自室に飛び込んだ。


 ほほぅ。

 どうやら師匠は、私抜きで買い物に出立なさるお積もりらしい。

 それはなかなかどうして、“好都合”ではないか。


 私はにやりとほくそ笑んだ。

 そんな私の足元では、自分の朝食を食べ終えたしろすけが、満足げに欠伸をしていた。








 「では、行ってくる。きちんと食べられたか、後でしろすけに確認するからね」


 師匠はそう言い残して、半ば小走りでお屋敷を飛び出していった。


 私は造り笑顔でそれを見送ると、ちらりとしろすけの方を見た。

 だが、しろすけは私の方を見ようとしない。食卓の上で丸くなりつつ、じっと私の席に置いてある皿を見つめている。まだ、野菜の山が残っている皿を。

 

 「うぬっ・・・」


 その反抗的な態度のしろすけに、私は歯噛みした。

 

 今日のしろすけは満腹であるらしく、私が呼びかけてもそっぽを向くばかりである。

 朝食の最中も何度か野菜の処理を押し付けようとしたのだが、梨の礫だったのだ。


 あるいは、師匠からきつく言われているのかもしれない。

 私からの施しを受けてはいけない、と。


 「・・・ふんだ。いいもん」


 私は、ゆっくりと席から立ち上がった。

 この際、大量の野菜の始末などどうでもいいのだ。


 まずもって、私は確かめねばならない。


 私は自分の椅子を持ち上げると、そのまま台所へと静かに歩き出した。

 別に見られて困るような相手はいないが、後ろめたいことをしている時というのは気が小さくなるものなのだ。


 私は流し台の前に到着すると、そこにゆっくりと椅子を下ろした。

 そしてその上に登ると、頭上にある収納棚の扉に手をかけた。


 私は、大体だがこの台所の何処に何があるのかを知っている。

 なぜなら、食料であるお菓子を探し周っていたからだ。

 

 そしてその時、確かに見たのだ。

 つい先刻、受像機の中に映し出されていた、あの湯呑を。

 

 私ははやる気持ちを抑えつつも、調理器具やら食器やらを押しのけていった。

 

 果たして。

 

 五分と経たずに、私は目的の品を発見した。

 

 「あった!」


 私が震える手で持ち上げたのは、正に金貨二百枚と評価された湯呑であった。

 やはり記憶の通りに、ここに収納されていたのだ。


 まさかこのお屋敷の中に、受像機で紹介されるようなお宝が眠っているとは!


 私は椅子の上で小躍りしつつ、宝物の発見を喜んだ。


 恐らく師匠の持ち物である以上、勝手に売却することなどできはしない。

 だがそれでも、自分の身近な場所に価値のあるものが存在しているというのは、ただそれだけでも素晴らしいことではないか。


 私は改めて、その湯呑をまじまじと観察した。


 取っ手が付いておらず、持ちにくい。すべすべとした手触りは悪くないが、黒一色の外側は面白みに欠ける。

 しかし内側では、でこぼことした模様が、見る角度を変えるごとに様々な輝きを放っている。まるで様々な色に染められた金属の如き色合いは、虹の様にも見える。

 

 私はその湯呑の中に、確かに僅かばかりの美しさを感じた。

 受像機から見た時よりもはっきりと感じられる光の変化は、見ていて不思議な気分になる。


 しかし私は、それを認めてやる気にならずに一人呟いた。


 「・・・こんなの、たいしたことない」

 

 そうとも。所詮は、僅かばかりの美しさだ。


 確かに綺麗かも知れないが、こんなものではお腹は膨れない。

 全体、輝くだけなら私の持っている通話装置の画面だってぴかぴか輝くのだ。


 何だってこんなものが、金貨二百枚なんて馬鹿げた値段がつけられるのだろうか。


 などと斜に構えつつも、私は魅入られるようにしてその湯呑を見つめていた。

 

 恐らくこの時の私は、この湯呑の中に秘められているであろう金貨二百枚分の価値を探し出そうとしていたのだと思う。


 なにせお金というのは、この地上においては普遍的な価値を持つ存在だ。

 その中でも最上級の価値を持つ金貨が二百枚なんてことになれば、それは誰にとっても納得できるような価値がある筈である。


 たかが湯呑と鼻で笑いながらも、心のどこかでそんな風に考えていたのだろう。








 そして、そんな風に不安定な足場の上で立ち尽くしていたのが良くなかったのだ。







 なんの拍子だったのか。

 あるいは、なんの拍子でもなかったのかもしれない。


 とにかく私は、“ぐらり”と安定を崩したのだ。


 そして、高所で安定を崩したらどうなるか?

 

 それはもう、真っ逆さまに落ちるしかない。


 では、落ちるのは愚かな娘だけだろうか?



 いやいや。


 そんなことはない。








 どっすーん!




 がっしゃーん!


 

 二種類の質の異なる音が、台所に響き渡った。




 

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