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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
12/222

第11話 私について 後


 その戦いは、まさにおとぎ話の様だった。


 身の丈を超える長大な剣を携え、禍々しい怪物との命がけの決闘をする戦士。


 本の中では勇ましい文章が踊っているばかりだが、私の目の前で繰り広げられている戦闘は、そんな生易しいものではなかった。


 大鬼が棍棒を振るうたびに、恐ろしい風が吹き荒れ、師匠が特大剣でそれを受け止めるたびに、大地を揺らす轟音と、稲光と見紛うような火花が散るのだ。

 

 私は恐ろしさの余りに地面に伏せ、縮こまっていたが、決して目だけは離さなかった。


 どんなに背筋が震えても、どんなに歯の根が鳴っても、その場を離れることだけはできなかった。

 

 見届けなければならなかった。


 私は、師匠の弟子なのだから。


 

 


 大鬼の表情に、徐々に焦りが見え始めた。


 それも無理からぬことである。

 

 自らの腰までの背丈しかないひ弱な人間が、己の必殺の一撃をことごとく防いでいるのだ。

 しかも先ほど師匠が倒した若い大鬼よりも明らかに熟練し、虚実をない交ぜにした多彩な攻撃をしているというのに、師匠の方からじりじりと距離を詰めてきているのだ。


 このまま師匠の間合いに入ってしまうことを嫌ったのか、大鬼は背負っていた長槍を左手で掴んだ。


 大鬼の構えたそれは、最早槍という代物などではなく、先が鋭利になった巨木と表現したほうがしっくり来るような馬鹿げた武器であった。


 大鬼は一層踏み込んできた師匠に向かって、右手の棍棒を躊躇なく投げつけた。

 咄嗟に師匠は巨大な落石を払いのけるがごとく、それを弾いて防いだ。


 がぁあんっ

 と、耳をつんざく轟音と共に、棍棒は山の斜面を転げ落ちていった。

 

 その間に大鬼は後ろへ大きく跳び退り、長槍を両手で構えた。


 両者の距離は大きく離れ、お互いの武器の間合いの分、一転して師匠が不利になってしまった。


 大鬼はそんな状況でも一切の油断をせず、小器用に師匠の足を狙って攻撃を仕掛け始めた。


 直撃すれば半身が吹き飛んでしまうような威力であろうに、しかしまるで牽制するように槍を細かく動かしているのは、大鬼の師匠への恐れを表しているのだろうか。 


 対する師匠は構えた武器の大きさが災いして、自らの足元をろくに防げない。


 死重量と成り果てた特大剣を、しかし放る訳にもいかない様子で、師匠は体さばきのみで大鬼の突きをかわし続けていた。


 先程までにじり寄る側だった師匠が、今度は逆に押される側にまわった。


 大鬼の突きが一際勢いを増した時、師匠は、先の大鬼と同じように大きく後ろに跳び退った。

 これを返って好機とみたのか、大鬼は一気に師匠の方へと距離を詰めた。


 大地を揺るがす巨体でありながら、速い!

 師匠の足が地に着く瞬間を狙うつもりか!





 私がはっと息を飲むと、師匠の構えが変わっていた。


 特大剣の柄をしっかと握った右手を頭上に掲げ、峰をがっしりと掴んだ左手は、眼前に突き出されていた。

 特大剣の切っ先は地面の方を向き、今まさに師匠の足を貫こうとして放たれた槍頭に、見事食い込んだ。


 「な、に?」


 一瞬の静けさの後に、大鬼の驚愕した声が響いた。


 「かっはあぁぁぁ・・・」


 師匠は大きく呼吸をした。

 そして長槍に食い込んだ特大剣の柄を両手で握り直すと、元の正眼の構えへと戻した。

 当然槍もそれに合わせて回転し、大鬼は腕を捻り上げられる形となった。


 大鬼の握力を、撥ね退けているのだ!


 大鬼は憤怒の形相で抵抗を試みていた様だが、師匠の持った特大剣は、ぴくりとも動かなかった。


 いや、動き出した。


 前に向かって。


 師匠の歩みと共に。


 大鬼の長槍を二つに裂きながら!


 

 ほんの数瞬呆気に取られていた大鬼が、長槍を手放す直前。

 師匠の持つ特大剣が、大鬼に到達していた。


 師匠と大鬼が交錯し、体を入れ替えて再びお互いを見据えて構えた時。

 大きく息を付きながらも師匠は変わらず特大剣を構え、汗一つ流していない大鬼の方は、新たな剣を左手で逆手に握り、右手を添えるようにして構えていた。


 大鬼の右手には、小指と薬指のみが残っていた。


 「化け物め」


 自らの右手から流れる血で剣を濡らしながら、大鬼ははき捨てるように言った。


 「我らを狩り立て、たった一人の家族すら奪い、さぞ満足であろうな」

 「お互い様、だろう」


 師匠は肩を激しく上下させながら、応じた。

 酷く消耗している様子だったが、大鬼の方から攻め込む様子は無かった。


 「化け物め。無能の化け物どもめ」


 その侮蔑と呪いのこもった言葉は、目の前の師匠だけに向けられたものではなかったのだろう。


 人間との生存競争に敗れ、惨めに隠れ潜み、唯一残った同胞であり息子を殺された、恨み、辛み、憎しみは如何ばかりか。


 「ちがう」


 師匠の静かながら凛とした声が響いた。


 「私は、ただの、人間の、戦士だ」


 師匠は、荒く息を吐きながら、そう言った。

 いつもの無表情の中に、ほんの少しだけ高揚が見て取れるように感じるのは、単に上気しているせいなのか。


 「そうか」


 何故か大鬼の顔が、少し晴れた。


 「では、人間の戦士よ。いざ」

 

 その言葉を合図に、師匠と大鬼が、強く踏み込んだ。


 再び両者は、交錯した。


 「最後にお前の様な戦士に出会えたことは、唯一幸運だったやも知れぬ」









 二つの大鬼の首を丁寧に並べると、師匠は跪き、祈りを捧げた。


 その背中は血に塗れているが、傷の一つすらなかった。


 「大分鈍った」


 祈りが終わると、師匠はその場に腰を下ろした。


 「しばらくは、動けないな」


 そう呟く師匠は目に見えて疲労しているが、そもそも生きていること事態が異常なのだ。

 いったいなぜ、あれほどの攻撃を受けても傷を癒すことができるのであろうか。


 「後にしなさい。それよりも、君が探しに行くんだ」


 何を探せというのか。

 大鬼は討ち取ったというのに。


 「忘れたのか。まだ帰ってきていない村人がいるだろう」


 あ。

 すっかり忘れていた。

 師匠と大鬼の決闘に心奪われてしまっていたが、まだ依頼は果たしていない。


 「他に大鬼の気配は感じないが、危険だと判断したらすぐに戻りなさい」


 師匠はそう言って、がっくりとうなだれた。 




 自分でも驚く程素直に師匠に従ってしまった。

 心のどこかでは、こんな村の人間など救ってやりたくは無いと思っているが、あの師匠の戦いぶりに当てられてしまったのだろう。


 あるいは、二体の大鬼を倒してのけた師匠に恐れを抱いているのだろうか?


 山道を進むと、村長から聞き及んでいた古く大きな神殿があった。

 かつては神々の一柱を祭り、さぞかし威厳をたたえていたのだろうが、打ち捨てられて久しく、今では見る影も無い程に荒れ果てていた。

 

 不信心者の私が言えたことではないが、神の家をこれほどないがしろにしていては、罰も下ろうというものだ。七年前の流行り病の時だって・・・。


 そこで思考の無駄を悟り、私は神殿の中へと足を踏み入れた。


 師匠の教えの通りに、油断なく聞き耳を立て、地面の足跡を観察していくと、大きな足跡がいくつも見受けられた。

 村長や師匠の言ったとおりに、ここが大鬼の根城になっていたらしい。


 私は最悪の事態を想定し、全ての意識を自分の耳に集中させた。


 聞こえる。


 何かが聞こえる。


 そう、左奥の小部屋からだ。

 しかし、はっきりしない。頭巾によって耳が塞がれているからだ。

 

 私は苛立ち、頭巾を取り払った。


 再び集中すると、今度こそはっきりと聞こえた。

 人間の、男の、うめき声だ。

 他には何も聞こえなかった。


 私は足音を消してその部屋に近づくと、そっと身体を滑り込ませた。


 いた。


 うずくまり、呻いている男が一人。

 他にも幾つか人影が見えるが、すでに生きている気配はなかった。


 私は気配を殺すことをやめ、その唯一の生存者へと歩み寄った。

 足音に気づいたのか、男は身体を震わせると、呻くのを止めて私を見た。


 「た、助けに来てくれたのか?」


 私は静かに頷ずき、男に歩み寄った。

 すると男は私の顔をまじまじと見つめ、驚いた表情を見せた。 


 「お、お前はまさか、リィルじゃねぇか?」


 しまった。

 頭巾を戻していなかった。

 慌てて頭巾に手を伸ばしたが、手遅れだ。


 まったく自分の間抜けさときたら、我ながら呆れてしまう。

 しかし後悔するよりも、その若い男の少し馬面めいた顔には見覚えがあった。

 

 そうだ。

 幼馴染だった、ケンの面影があるではないか。


 「やっぱりそうだ。まさか、お前が助けに来てくれたとはな!」


 そう言って立ち上がろうとしたケンは、よろめき、床に手を着いた。

 慌てて私が駆け寄ると、彼はへへ、と照れくさそうに笑った。


 「なさけねぇな。昔は、お前に威張り散らしてたのによぅ」


 目尻に涙を浮かべたケンを見て、私は首を振った。


 村で除け者にされていた私に、ただ一人だけ話しかけてきてくれたケン。

 いじめられていた私を、ただ一人だけ庇ってくれたケン。


 つらい記憶と一緒くたにして仕舞い込んでいたが、あの村の全てが憎むべきものだったわけではなかった。


 「・・・相変わらずだな、お前は」


 私の手を借りて立ち上がったケンは、よろよろと歩き出した。


 「俺以外は、皆大鬼におもちゃみてぇに殺されたんだ。・・・そういや、大鬼はどうしたんだ。まさかお前が倒したってことはあるめぇ」


 ケンが歩くのを止め、慌てて周囲の様子を窺った。表情が安堵から一転して曇っていた。


 いや、大鬼はすでに師匠が倒したのだ。

 だが、そんなこと、私だって未だに信じられない。

 あの光景はひょっとして夢幻だったのではないのか。


 「・・・?とりあえず、とっとと帰った方がいいな」 


 少し挙動不審になりかけた私から何かを感じ取ったのか、ケンはそれ以上言及せずに、また歩き始めた。


 神殿から出ると、日が傾き始めた頃だった。

 

 「しっかしお前も、出来た娘だよな」


 ケンはうつむき、歩きながら言った。


 「よりにもよって、あの剣士様に付いていくだなんてよ」


 

 





 師匠と合流し、ケンを無事に村へと送り届けると、私達はさっさと村を後にした。

 七年ぶりの私の姿に驚き気まずい表情をしたものの、一日くらい休んでいったらどうかという村長の提案を、師匠がすげなく断ったからだ。

 犠牲になった村人だけでなく、大鬼も丁寧に弔うことを村長と神父に確約させてから、師匠はそそくさと村を後にした。当然私も一緒だ。

 

 師匠が村を出てからずっと、私の様子を窺っているのが分かった。

 頭巾を直そうとしなかった、私を。


 私は荒くなりそうな呼吸を必死に抑えて、街道を歩いていた。

 馬は村までの道程で無理をさせていたため、帰りは乗らずに引いてやることで、少しでも休ませることにしていたのだ。


 私は心を決めて立ち止まり、隣の師匠をきっと見据えた。


 「どうした」


 師匠は、私の態度から尋常ならざるものを感じたのか、手綱を放して私に向き直った。


 私は息を整えて、師匠へと問うた。














 私の父を殺したのか。














 師匠は彫像の様な顔を崩さぬまま首筋をなで、たっぷりと時間をおいて答えた。


 「そうだ」


 二頭の馬が嘶いた。


 私は剣を抜き放とうとした。

 しかし伸びてきた師匠の腕が、万力のように私の両方の手首を拘束してしまった。


 まさかとは思ったが、ケンの話は本当だったのだ。

 父は、私を捨てて逃げたのではない。

 師匠に、この男に殺されたのだ。


 人でなしの化け物め!

 私の父を殺しておいて、涼しい顔をして、よくも今まで黙っていたな!


 「聞きなさい、リィル。私が君の父を殺したのは、確かだ」


 師匠は私の両腕を掴み、私の顔を見据えて言った。

 私は抵抗したが、やはりと言うかなんというか、振りほどくどころか師匠の腕はまったく動く気配がなかった。


 離せ、この化け物め!

 お前なんて人間ではない!


 「それは君の父が、病を騙って村の子どもを何人も殺したからだ」


 師匠の言葉に、私はぴたりと抵抗を止めた。


 「彼は、君をとても愛していた。そして医者として、君を何とか治してやろうと考えていた」


 呼吸が一段と荒くなり、私の身体が、がくがくと震えだした。


 そうだ、思い出した。

 私の父は、いつも言っていた。

 『必ず治してやるぞ。どんなことをしても』と。


 「治療法を求めて、村の子ども達に人体実験を繰り返した。君への愛の深さは賞賛に値するが、その示し方は到底許されるものではなかった」


 師匠が手を離すと、私はその場にくずおれた。

 

 「やはり、連れてくるべきではなかった」


 私の肩に手を置き、師匠が口にした後悔の言葉に、私も心から同意した。

 

 来るべきでは、なかった。


 




 父は、医者であった。


 その傍らで、私が村で爪弾きにされる“原因”を、どうにかして除こうと苦心していた。


 『絶対に治してやる』

 『お前のためだ。どんな手だって使ってやるさ』

 『そうすれば、村の子ども達と同じように・・・』


 父は医者としての立場を利用し、村の子ども達に怪しげな薬を投与しては、死なせてしまった。

 私を治すために作った薬だ。


 恐らく、すでに狂っていたのだろう。

 妻を亡くし、たった一人残った娘すら・・・


 あるいは、自分の娘を虐げる村人達が許せなかったのだろうか。

 私に汚い言葉や石を投げつけ、追い立てる村の子ども達が、化け物のように見えたのではないのだろうか。


 あの、大鬼のように。




 

 「君の父の、医者としての能力を疑った村人が、私に依頼したのだ。『流行り病を止めてくれ』と」


 日が暮れた街道の脇に座り込み、師匠は言った。

 私は、ぱちぱちと爆ぜる焚き火を眺めながら、小さい身体を寝袋の中に収めて師匠の言葉を聞いていた。


 師匠は依頼の通りに、『流行り病』を止めたのだ。だがその事実は村長にのみ語ったらしい。

 『流行り病』の原因。その娘である私に、怒りの矛先が向かうことを危惧したためだ。


 しかし迷信深い村人達は、私こそが元凶であると信じ込んでいた。

 だから師匠は、私を連れ出してくれたのだ。


 「それだけが、理由ではなかったよ」


 私と同じくぼんやりと火を眺めながら、師匠は言った。


 では、他にどんな理由があったのだろうか。


 「まあ、いろいろさ」


 師匠はお茶を濁した。

 都合が悪くなると、こうして煙に巻こうとする。


 師匠の嫌なところだ。


 「私を怨むかい」


 怨む。


 「そうか」


 それきり、師匠は黙りこくった。

 肩が、少し下がっていた。

 

 師匠。


 「なんだい」


 私の故郷を救ってくれて、ありがとう。


 「・・・」


 師匠は答えなかった。


 しかし、心なしか、救われたような表情だった。

 いつもの無表情だが、私には確かに分かるのだ。


 それにしても、なぜケン達は、山狩りなんて馬鹿なことを考えたのだろうか。


 「彼は、村を守りたいという一心で無茶をしたのだろう。心意気は立派だが、向こう見ずなところは次期村長としては不安だね」

 









 一日かけて街道から街へと戻り、家に帰ると夜だった。

 私はすぐに自室へと飛び込み、行儀よく待っていたしろすけを抱き上げた。

 ひんやりした身体が気持ちよかったが、何故かしろすけは身をよじって嫌がった。


 仕方がないので離してやると、しろすけは私の寝台へと飛び乗り座り込んだ。


 いったいどういうつもりなのか。

 

 私が憤って手を伸ばすと、しろすけは座り込んだまま威嚇するように鳴き声をあげた。

 断固とした拒絶の意思である。


 これから寝ようという時に、何を怒っているのか。

 餌は十分に置いてきたし、家を何日か空けるのは初めてではないというのに。


 ならばと寝台の上から毛布だけでも剥ぎ取ろうとすると、やはりしろすけは威嚇してきた。


 可愛くないやつ!


 私はあきらめて自室を後にした。


 このお屋敷には他にも部屋はあるが、住人は少ない。

 今夜はいつもよりも一層、一人で寝るのが嫌な気分だったのに、どうしたらよいのか。

  





 悩みに悩んだ私は、数年ぶりに師匠に同衾を求めた。

 師匠は、黙ってそれを受け入れてくれた。











 「まだまだ子どもだね」

 「だって、まだじゅうにさいですもの。ところで、ししょう」

 「なんだい」

 「ちょっと、あせくさいかも」

 「・・・」

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