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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第117話 空飛ぶお城について 前


 気が付くと私は、いや私とクリス君は、見知らぬ床に横になっていた。

 覚えている限りでは、私たち二人は街の地下施設。つまり機動要塞という施設の一画にある、雑然とした部屋にいた筈だった。

 

 だが、ここは全く違う。

 

 完全な円を再現したようなこの広い部屋は、その壁のすべて硝子張りとなっていた。

 そこから見えるのは美しい青空ばかりで、雲一つ確認できない。

 そして部屋の中心には、玉座を思わせる大きく豪奢な椅子が、でーんと構えていた。


 私は半目で周囲を見渡しながら、よろよろと身体を起こした。

 

 何故私は、こんな見知らぬ部屋にいるのだろうか。

 

 左右のこめかみに両手の人差し指を当てて、どうにか最後の記憶をひり出そうとしていると。


 『ようこそ、最後の楽園へ』


 半分寝ぼけていた私の眼をさますように、頭上から声が掛かった。

 その抑揚のない声には何だか聞き覚えがあるような気がするが、はっきりしない。

 

 私は天井を仰ぎつつ、立ち上がった。

 するとその途中で。


 どかっ!


 「ありゃ!」


 寝転がったままの親友を、思いっきり蹴とばしてしまった。

 蹴とばされた親友は悲鳴を上げるでもなく、ごろごろと床を転がった。


 慌ててその安否を確認しようと、私が身をかがめると。


 「う~ん、お師様・・・、リィルさん・・・」

 「・・・おきろ!この、ねぼすけ!」

 

 私は健やかな寝息を立てる親友の頬を引っぱたき、胸倉をつかんで無理やりに立たせてやった。

 親友のクリス君は自らの置かれている状況が理解できなかったらしく、少しの間眼をしばたたかせていた。

 そして、たっぷり十秒かけて大きなあくびをしてから周囲を見回すと。


 「・・・あっ!」


 急に眼を見開き、私の手を引っ掴んだ。


 「リ、リィルさん!逃げましょう!」

 「ちょっと、おちついてよ!」


 言いながら走り出そうとするクリス君だったが、私は逆に引っ張り返してやった。

 全体、今私たちが何処にいるのか分かっていないのに、何処へ行こうというのか。

 

 私は親友の大きな手を握り返しながら、その場で踏ん張る様にしてとどまった。


 それでもクリス君は私の手を引いて走り出そうとしていたが、いかんせん力比べでは私には遠く及ばないらしい。

 しばらくの間、顔を真っ赤にして唸りながら私を引っ張ろうとしていたが、やがて体力が尽き床にうずくまって激しく息をつきだした。


 『ご命令を、後継者たち』


 私がそんな情けない親友の背中をさすってあげていると、再び頭上から声が掛かった。


 私たちの茶番が終わるのを待っていてくれるあたり中々忍耐力があるようだが、是非とも問いたださねばならないことがあった。


 「ええと、あのう・・・」

 

 私は親友を介抱しつつ、声の主に訊ねることにした。

 やっと意識がはっきりしてきたのだが、どうにも思い出せないのだ。


 すなわち。


 「ここはどこ?あなたはだぁれ?」


 私のやや間の抜けた問いかけに、声の主は少しも動揺することなく、あくまでも平坦な調子で答えた。


 『ここは理想郷である、“戦天城”。そして私は、その管理人のゼークトロンです』












 その後、半狂乱になった親友を落ち着かせるのに随分とかかったが、その間にゼークトロンなる人物から興味深い話を聞くことができた。


 大分永いこと、この“戦天城”で独りぼっちだったこと。

 つい先刻、地上の機動要塞と通信がつながったということ。

 その相手が、私とクリス君だったということ。

 そして後継者である私たち二人を、この“戦天城”に招いたということ。


 話の流れは分かったが、どうにも解せない事実も浮かんできていた。

 

 「なんでわたしたちが、こうけいしゃだとおもうの?」


 頭を抱えてうずくまる親友の背中を撫でながら、私はゼークトロンに訪ねていた。


 後継者。

 それも、“常闇の腹心”とかいう得体の知れない連中のそれである。

 クリス君はどうだか知らないが、少なくとも私はそんな如何わしい団体に入った記憶はないのだが。

 

 『それは、単純なことです』


 疑問に答える声には、まったく感情の変化が感じ取れなかった。

 ゼークトロンの自己紹介によれば、彼は人の手によって創造された肉体を持たない純粋知性であるらしい。

 それにしたって、喜怒哀楽くらいは持たせた方が人間味があるだろうに。

 

 『貴女たちは、機動要塞中枢より私に通信を送られた。それができるのは、常闇の腹心の構成員のみです』


 私たちにしてみれば、たまたま古い遺跡を冒険していたらゼークトロンから声をかけられただけである。しかし彼にしてみれば、私たちからこの“戦天城”に接触を図ったことになっているらしい。

 

 そんな覚え、ないんだけどなー。


 などと口にしたら大変なことになりそうだったので、とりあえずそのことは黙っておくことにした。

 それよりも、目下のところ確認しなければならないことがあるのだから。

 

 「ところで、このおしろ!ほんとに、そらにういてるの!?」


 私は両手を握りしめて、ゼークトロンに訊ねた。


 空に浮かぶお城。


 そんなものは、見たことどころか聞いたことすらない。

 完全に、未知の存在だ。


 『はい。この“戦天城”は現在、北緯二十五度、西経七十度、高度六千にて停止中です』

 「・・・その辺りは、海しかない筈ですが」

 

 頭を抱えながら私を見上げる親友は、そう呟いた。


 私は即座に立ち上がって部屋の窓へと突撃すると、ばしんっ!と身体全体をへばりつかせた。

 そして外界を覗き込むと・・・

 

 「・・・なんにもみえない!」


 眼下に広がるのは、白いもやばかりであった。

 海どころか、水平線すら見えはしない。上を見れば雲一つない青空と天頂部分に太陽があるばかり。

 まるでだだっ広い平原のど真ん中で、壺の中に肩まで漬かっているような感覚になってしまう。


 これでは、ちっとも楽しい風景が拝めないではないか。


 私が窓に顔をべったりとくっつけたまま、ため息をついていると。


 『偽装解除』


 ゼークトロンの声と共に、急に視界を覆っていた白いもやが晴れていった。

 そして私は、絶句した。


 視界を遮っていたもやが消えた今、姿を現したのは広大な城塞都市だった。

 

 私たちの街に負けず劣らずに巨大な建造物群は、一体どれ程の時間と労力をつぎ込んで建てられたのか、考えるだけでも頭が痛くなりそうだ。

 

 環状に広がる大小様々な塔には、まるで苔の様に木々が生い茂っており、その周囲を羽ばたく鳥たちの姿から、永い間人の手が入っていなかったことが分かる。


 道路と思しき建物と建物の隙間に走る溝には、ひょこひょこと歩き回る厳つい人影が幾つか見えた。ぎくしゃくとしたその動きから、その正体は機械人形だと考えられる。


 それらの威容のさらに外側には、蒼海が一面に広がっていた。

 

 「リ、リィルさ・・・っ!?」


 呆然とする私を心配したのか、クリス君が隣に立った。


 そして窓の外を一瞥して一瞬だけ固まった後、私と同じようにして窓に身体全体をへばりつかせた。彼もまた、この素晴らしい風景に見入っているのであろう。



 そうして私たちは、静かに“戦天城”の全容を見つめていた。


 『提案します』


 どれだけの時間が経ったのか分からなかったが、ゼークトロンの声に私たち二人はやっと我に返った。

 もしも放置されていたのならば、日が暮れるまでずっと眺めていたのだろう。それ程に、この風景は美しく、荘厳で、雄大であった。


 『しばしこの“戦天城”を散策していただき、偉大なる常闇の腹心の遺産について、理解を深められてはいかがでしょうか』


 その言葉に、私は感激した。

 

 薄暗く散らかった地面の下を探し回っていたと思ったら、今度はこの素晴らしい空飛ぶお城の中を、自由に歩き回って良いとは!


 こんな素晴らしい体験をすることができた人間が、これまでにこの地上に存在しただろうか!?


 「いく!」

 「えぇっ!?」


 仰天した親友の手を取りながら、私は叫んでいた。

 

 異論など認める気はさらさらない。

 私たちは、行くべきなのだ。


 「さんさくって、たんけんってことでしょ!?それなら、いく!」


 窓の外の光景を眼にした私は、居ても立ってもいられなくなっていたのだ。

 ここから眺める限り、この“戦天城”の広大さは街に匹敵する。

 

 ならば眼に見える以上に、素晴らしい何かがある筈なのだ。


 この機会を逃すべきではない。

 一刻も早く、この城を探検しつくさねばならない!


 私は不安気な親友に笑顔を向けながら、その震える手を握りしめた。


 「だいじょうぶ!ふたりなら、こわいことなんてないよ!」


 私はそう言って、親友を勇気づけた。


 今の私たち二人は、間違いなく人生で最高の瞬間にいる。

 その私たちの行く手を遮る者など、存在しよう筈がないのだ。


 私は全く無根拠ながら、そう確信していた。


 その勢いに押されたのだろうか。

 親友は徐々にその顔を和らげ、ゆっくりと頷いてくれた。


 『それでは、少々お願いがあります』


 私たちが合意したことを見計らったように、ゼークトロンは言った。












 「遅いなあ」


 そう呟く私の腕の中では、忠蜥蜴のしろすけが寂し気に鳴いていた。

 すでに時刻は十二時三十分を回り、食卓の上では昼食の茹で麺が冷め始めていた。


 弟子が未だに帰宅しないため、待ちぼうけをくらっているのである。

 

 あの娘は友人と遊びに行くと言っていたが、昼までには戻るという約束だったのだ。

 心配になって五回程通話装置で連絡を取ろうとしてみたのだが、何故かつながらない。


 こうなると、今まで友人のクリス君の保護者に挨拶をしていなかったことが悔やまれる。

 二人がどこに行ったのか、話を聞くことができたかも知れないというのに。


 「一体、何処で何を・・・?」

 

 本日五度目となる同じ言葉を呟こうとした瞬間に、私の手が震え出した。

 握りしめていた通話装置が、着信を知らせているのだ。

 

 やっと、向こうから連絡をしてきたのか。


 そう思いつつ、私が通話装置を操作すると。


 「・・・何?」


 そこには、差出人不明の伝文を受信した旨が報告されていた。

 その内容は。


 「『お前の弟子は預かった 完全武装で北緯二十五度、西経七十度に来い』?何だこれは・・・」

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