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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
110/222

第109話 初夢について

明けまして、おめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。


今回は、ちょっとしたネタ回です。



 早朝。


 うっすらと東の空が白み始めるという時間に、光太郎は学生寮を出た。


 『朝五時十分に、道場で待つ』


 異様に達筆な文字で書かれたその果たし状を、鍵をかけておいた筈の自室の机上から発見したのは、まさに光太郎が起床した直後であった。


 一体何が目的なのか。

 

 何故勝手に入室したのか。


 どうして自分が起床する時刻が、五時だと知っていたのか。

 

 その果たし状の送り主には聞きたいことが山ほどあったが、待ち合わせ場所に向かう光太郎の足は重かった。その送り主と二人きりで会うのは、気が引けたからである。


 “学園”の施設である道場は、当然学園に併設されている学生寮からはすぐ近くである。

 慌てて制服を着込んできたが、それ程焦る必要はなかったかもしれない。


 静まり返った道場に入ると、まず光太郎は上座に向かって礼をした。

 父と祖父から叩き込まれたその動作には、一部の隙も無い。

 

 しかし本来そのような作法は、この場では必要ないと言えた。


 光太郎以外に人がいないから、ではない。

 ここは彼のよく知った、いわゆる“剣道場”ではないからだ。


 「・・・よろしく、お願いします」


 だがそれでも、彼の精神と肉体に深く刻み込まれた経験は、この様な訓練の場ではそうするべきだと光太郎に命じるのだ。十六歳という若さではあるが、武道家を志す身ならばそういった心構えは必須であると信じているのである。


 頭を上げた光太郎は、静かに道場に足を踏み入れた。


 壁にかけられた時計を見ると、時刻は五時五分。

 きっちりと五分前行動を完遂できていた。


 とりあえず待ち合わせの時刻に遅れなかったことに安堵しつつ、光太郎は道場を見回してみた。

 

 改めて観察してみると、細部は異なっているが、概ね日本にある道場と似通っている。


 天井からは“まりょくこう”なる淡い光が降り注ぎ、壁には戦いの女神を祀る祭壇が設置されている。

 上座には、まだ習いたてで朧げにしか読めないが、『成し遂げる』という意味の文字で書かれた紙が貼られていた。先日、“先生”に案内された時にはなかったものだ。

 歩くたびに板張りの床がきしきしと音を立てているのが、まるで光太郎の到来を歓迎してくれているようだった。

 

 「落ち着くなあ」


 そんな道場のど真ん中に正座すると、光太郎は独り言ちた。


 初めて親元を離れて心細い思いをしていた少年にとって、この場所は安息の地になりそうであった。学業にしろ新たな人間関係の構築にしろ、分からないことだらけの光太郎にはなかなか心が休まる時間がなかったのだ。

 

 静謐な空気。

 ひんやりした床。

 窓から差し込む柔らかな朝日。


 幼いころから遊び、鍛錬をしていた場と同じだった。


 光太郎が慣れ親しんだ剣道場と同じ雰囲気のこの場所は、地元からは遠く離れた地に築かれている。


 日本ではない。

 それどころか、地球上ではない。

 つまり光太郎が居るのは、日本ではなく異界なのだ。


 ここ、異界の“交流学園”へと転入してから数日が経過した。

 たったそれだけの時間だというのに、もう日本で過ごした日々が遠く感じられてしまう。


 物心ついた時から過ごした、実家の剣道場。

 厳しくも優しい二人の師範と、大勢の門下生。

 そして付属第一中学校の同級生と、家族。


 思い出すと、涙がこぼれそうになる。


 「おっと、いけない!」


 光太郎は、慌てて目じりを拭った。


 日本男児が、むやみやたらと涙を見せてはならない。

 それは、祖父から何度も言われていることだった。


 異界に来て数日で、早くもホームシックになりかかっている光太郎は、深呼吸をしつつ平静を保とうとした。


 すると。


 ぞわぞわぞわっ!


 「むむっ!殺気!」


 突如、光太郎は背筋に嫌な気配を感じ取り、さっと立ち上がった。


 この“交流学園”に。

 というか異界に来てからというもの、彼は片時も心休まる時間がないのだ。

 その原因の一つが、今まさに近づいてきている。


 それを鋭敏に感じ取った光太郎は、身構えつつも道場の入口へと向き直った。


 「出てきてください!そこにいるのは、分かってますよ!」


 光太郎が鋭く叫ぶと、道場の入口にのそのそと大きな影が入ってきた。


 体長は、優に五メートルを越えるだろう。

 長い尻尾に鋭い爪と牙。

 眩い銀色に輝く鱗。

 背中に生えた蝙蝠のような翼は、今はしっかりと畳まれている。

  

 故郷で飽きる程にやった、ファンタジー系のゲームでおなじみのモンスター。


 ドラゴンだ。


 「あれ?違った・・・」


 そう呟く光太郎の前で、そのドラゴンは深々と頭を下げた。

 まるで先刻光太郎がやった、礼をしているようにも見える。


 そしてドラゴンは頭を上げると、道場の中へと足を踏み入れた。


 ぎぎぃいっ!

 ぎぎぃいっ!

 

 その途端に、床が悲鳴のような軋みを上げた。

 そもそも、このドラゴンの巨体は光太郎よりもはるかに重いだろうに、さらに余計なものを持っているのだからしかたがない。


 いや、持っているというよりは、咥えているのだ。


 ドラゴンの大きな口には、大きな大きな剣があった。


 装飾が一切されていないというのに、ドラゴンに負けないくらいに神秘的な輝きを放つその大剣は、これもまた相当な重量があるのだろうと予測できた。

 

 恐らくこの剣は、光太郎を呼び出した張本人。

 銀のドラゴンの飼い主の持ち物に、相違ないだろう。


 「・・・すごい」


 その美しさに、光太郎はしばし眼を奪われた。

 

 生まれて初めて見る、異界の武器。

 

 その筈なのに、何故だろうか。

 何処か、懐かしいような・・・


 























 「おはよう!君!」

 「うへぇぇっ!?」


 突然背後から元気の良い挨拶をされ、光太郎は跳ね上がった。

 慌てて振り返ると、誰あろう“先生”が立っていた。


 太陽の様に輝かんばかりの笑顔。

 腰に差したトレードマークの刺突剣。

 明らかに、日本人とは異なる顔立ち。


 彼女こそが、光太郎を呼びつけた張本人だ。


 「時間通りだね!偉いぞ、君!」


 光太郎を呼びつけた元気のよい“先生”は、飼いドラゴンと同じく美しく輝く銀髪を揺らしながら、光太郎の頭を撫で繰り回した。


 光太郎は十六歳だが、すでにその身長は百七十センチを越えている。

 それを苦も無く撫でまわすあたり、この女性もそれなりに高身長のようだ。


 「お、おはようございます、ミュリエール先生・・・」


 光太郎は跳ね回る心臓を押さえる様に、胸に手を当てながら挨拶を返した。

 

 先刻感じた殺気めいた気配は、間違いなくこの女性から発されたものであろう。

 しかしそれを感じ取ったはずなのに、ミュリエールは光太郎の背後を易々と取っていた。


 『やっぱり、只者じゃあないな』


 光太郎は緊張に唾を飲み込みつつも、平静を取り戻そうとした。

 しかし普段はすぐに落ち着つけるはずの光太郎は、この女性の前に立つと途端にペースを乱されてしまう。


 「違うぞ!君!」


 ミュリエールは光太郎の頭を撫でるのを止め、腰に手を当てると、胸を突き出すようにふんぞり返った。


 「私を呼ぶときは、ミューちゃんと呼びたまえ!」


 すると光太郎の眼前には、ミュリエールの女性らしい部分が二つも迫ってくる形になった。

 少なくとも光太郎の知識から見ても『大きい』と評されるサイズのそれらは、まるで誘惑するかのように、声に合わせてぶるんぶるんと揺れていた。

 まるで、禁断の果実のようである。


 健全な青少年である光太郎はそれを直視できずに、さっと眼を背けた。


 美しく銀色に輝く髪と、女豹の様に引き締まりながらも官能的な肉体を持つこの女性は、ここ“交流学園”の教員である。光太郎を含めた日本からの転入生の面倒を見るというのが仕事のようで、何かと光太郎の世話を焼いてくれる・・・。

 否。

 何かと光太郎にちょっかいを出してくる、困った人物である。


 しかし本業は、この街を守る騎士なのだそうだ。

 

 それもかなり高い地位にいるらしく、どういった経緯でこの学園の先生をやることになったのか、光太郎に対する行動も含めて謎の多い人物であった。


 ちなみに語学が非常に堪能らしく、この異界で使用されているあらゆる言語は勿論のこと、今もこうして流ちょうに日本語で会話をしている。光太郎と同じく日本から転入学してきた学友たちは親愛を込めて、『女騎士先生』だの『ドラゴンライダー先生』だのと早くもニックネームをつけていた。


 「君!もっと気安く呼んでくれたまえよ!私はミューちゃんだ!」

 「いや、仮にも先生を呼び捨てなんて・・・」


 このミューちゃんことミュリエール先生は、初顔合わせの時からずっとこの調子である。


 何かあるとすぐに頭を撫でるし、隙を見せると抱きついてくる。

 しかもそれを、光太郎に対してのみ行うのだ。

 

 他の生徒たちの眼がある教室や廊下では流石に自重してくれるが、それ以外の場所では一切遠慮のないアプローチをかけてくるので、出会って数日だというのに光太郎は内心辟易していた。

 

 この妙齢の女性は大変に魅力的な外見をしており、こんな女性からこれ程の好意を向けられるのは、男として素晴らしい幸福であるとは思う。

 しかしまったく身に覚えがないのに、年上の女性からこれ程気安くされるというのは、光太郎にはちょっとしたストレスであった。


 あるいはここ異界にあっては、このように明け透けなコミュニケーションが普通なのかもしれない。

 やはり異文化交流というのは、難しいものである。

 

 「やっぱり、僕にはできませんよ・・・」

 「そうか・・・」

 

 光太郎が顔をしかめながらそう言うと、先生は少しだけ悲し気な顔をした。

 彼女からの過剰なスキンシップを拒絶するときにも見せるこの表情は、見ていて胸を締め付けられるような思いになる。


 光太郎は地球の日本における常識を持って育ったが、この地は異界なのである。

 ならば、『郷に入っては郷に従え』だ。

 精神衛生が保たれる限りにおいては、かように大げさな振舞も甘んじて受け入れるべきなのだろう。


 そんな風に考えた光太郎の表情が、ふっと和らいだ。

 するとミュリエールは安心したのか、新たな提案をしてきた。 


 「・・・では、そうだね。師匠、と呼んではくれないかな?」


 師匠。

 一応この交流学園で生徒に学問を教えているのだから、師匠で間違いはないのだろうが。

 

 その言葉に、どんな意味があるのだろうか。

 良く分からなかったが、とにかく目上の人間をちゃん付けで呼ぶよりははるかにマシである。


 光太郎は戸惑いつつも、応じることにした。


 「し、師匠・・・?」

 

 光太郎は、使い慣れない単語をやや気後れしながら言ってみた。


 すると、なんたることか。

 目の前の女性に、劇的な変化が起きたではないか。


 「おお・・・」


 ミュリエール女史は感極まった声を上げると、自分の身体をぎゅっと抱きすくめた。

 腕の間からあふれ出さんばかりに変形した胸元が見え、光太郎はまたも慌てて眼を背けた。


 「君!もう一度、言ってくれたまえ!」


 一体この呼称に、どのような思い入れがあるのだろうか。

 光太郎にはさっぱり理解できなかったが、とにかく目の前の女性を満足させてやって、とっとと退散させてもらうことにした。

 光太郎は背けていた視線をミュリエールに合わせると、少しだけ呼吸を整えた。


 「師匠」


 変なところを見ないように、きちんと相手の顔を見据えての呼びかけ。

 声の大きさも十分だ。


 これなら文句はないだろう。

 光太郎がそう思って、ミュリエールを見ていると。


 「もう一度だ!」


 どうやら、まだ不足だったらしい。

 イラついてきた光太郎は、背筋を伸ばして少しだけ強めに呼びかけた。


 「師匠!」

 「もっとだ!もっと頼むよ、君!」


 身体を震わせ、顔を上気させるその様は、年頃の少年の眼には色々と毒であった。

 ミュリエールはまるで聞き入るように眼をつぶりながら、さらなる光太郎の言葉を待っていた。


 いい加減にうんざりしてきた光太郎は、ふぅと一息をついてから腹に力を入れて叫んだ。


 「師匠!師匠!師匠ー!」


 まるで、道場全体が震えるのではないかという程の声量だった。


 恐らく耳鳴りに苛まれているのだろうミュリエールは、考え込むようにしてしばらく眼を閉じていた。


 「ふむ!」


 何が何だか分からないが、どうやら満悦・・・


 していなかったようである。

 

 ミュリエールは眼を見開いて頷くと、ふらふらと光太郎の方へと歩み寄ってくるではないか。


 なんだろうか。


 その、光太郎を見つめる眼は、獲物を狙う野獣のような光を放っていた。


 「はぁ、はぁ・・・。も、もう辛抱たまらんぞ、君」

 

 ミュリエールは両手をわきわきとさせながら、光太郎へとにじり寄った。

 その瞬間光太郎は、ミュリエールの背中から湧き上がる凄まじい気迫を幻視した。


 あ。

 

 やばい。


 このままだと、奪われちゃう。


 自分の身に訪れる災厄を直感した光太郎は、潔く踵を返して道場の入口へと駆け出した。

 

 いつの間にか大剣を床に降ろし、丸くなって眠っているドラゴンを飛び越え、一直線に脱出である。

 

 しかし、身体能力の優れる異界人の中においても、英雄と称されるミュリエールから逃げおおせようなどとは、無謀の極みであった。


 「逃がさんぞ!君!」


 ミュリエールはそう一声叫ぶと、ただ一度の跳躍でたちまち光太郎に追いすがった。


 あと少しで道場の外、というところで羽交い絞めにされた光太郎は、自身に組み付く女性の力の強さに驚愕しつつ、大変に美しい女性に密着されている事実に顔を真っ赤に染め上げた。

 細身でありながら地球人よりもはるかに強壮である女騎士は、捕食対象を捉えた食虫植物のように光太郎の身体にしなやかな腕を回すと、自らの成熟した肉体を惜しげもなく押し付けていたのである。


 「え、ちょ、やめ・・・」


 背中に感じ取れる二つの魅惑的な感触に切なくなりながらも、光太郎はそれらを全力で引きはがそうと試みた。

 

 日本男児たるもの、神聖な道場で、しかも行きずりの女と情事に及ぶなどあってはならないことである。

 

 ・・・などと言う考えは、大人の女性とこれ程接近したことのなかった光太郎の頭に浮かんではこなかった。


 ただただ気恥ずかしく、同時に恐ろしかったのである。


 「おい!こら!大人しくしたまえよ、君!」

 「本当に勘弁してくださいよ!洒落になりませんってば!」


 光太郎は必死に抵抗をしたが、すでに腕力で敵わない相手に後ろから抱きすくめられていては、体力を消耗するばかりの無益な行動だった。

 

 しかしその無駄な抵抗が、返って燃え盛るミュリエールの執着心に油を注いでしまったらしい。


 「ええい、仕方がない!許せよ、君!」


 ミュリエールはそう言うと、光太郎の首に腕を回した。

 その狙いに気が付いた光太郎が、慌ててミュリエールの腕と自分の首との間に手を差し込もうとしたが、遅かった。


 「とりゃっ!」

 「ぐえ」

 

 一気に絞め落とされた光太郎が薄れゆく意識の中、最後に聞いたのは歓喜の声だった。

 

 「よし!」

  











































 「という、ゆめをみた!」

 「・・・新年早々、訳の分からない娘だね、君」

 「わたしにも、わからん!」

 「まあ、とにかく、今年もよろしく」

 「よろしく!師匠!あと、あさからおさけはだめだよ!」

 「・・・」

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