第104話 宴会について 前
冒険パートを書こうと思いましたが、時期的に年末年始ネタを優先しました。
嘘ついて、ごめんなさい。
かつてない程の、大賑わいであった。
お向かいのお爺ちゃんが。
お隣の未亡人が。
はす向かいの衛兵のおじさんが。
その他の大勢も含めたご近所さんが一堂に会して、大宴会を楽しんでいるのだ。
その宴会の会場になっているのは、私の家。
そろそろ住み慣れてきた、お屋敷だ。
私と師匠としろすけが越してきたこのお屋敷は、なんとか言う犯罪組織の根城として使われてたものだ。
悪人共が会合をしていた居間には本が溢れ。
用心棒たちが寝泊まりしていた部屋は、私の城に。
密輸品を収めていた地下の蔵は、師匠の酒蔵へと改造された。
今となっては、悪の巣窟だった頃の痕跡などまったく見当たらない。
とても素晴らしい家だ。
私は、このお屋敷が大好きだ。
広いし、部屋がいっぱいあるし、二階にある自室からの眺めもいい。
しかし、難点があった。
私と師匠としろすけが暮らすには、広すぎたのである。
その事実は、掃除の手伝いをさせられるたびに痛感していたことであった。
しかし、今日ほどその広さに辟易したことはなかった。
そう。
広いということは、人を大勢呼んでも問題ないということなのだ!
『かんぱーーーい!』
私が頬を膨らませる隣で、師匠とご近所さんたちが盃を合わせていた。
今日何杯目か分からないそれを飲み下す大人たちは、実に幸せそうである。
いつも無表情の師匠だって、少しばかりの赤ら顔の中で、その二つの眼は喜びに輝いているのだ。
「なまぐさぼうずめ・・・」
私が憎々し気に呟くと、すぐそばで一人と一匹がびくりと身体を震わせた。
居場所のない私としろすけとクリス君は、宴会を楽しむ大人たちの輪から離れ、部屋の隅で縮こまっていたのだ。なにせ他の子どもたちが、すでに騒ぎ疲れて席寝椅子を占領してしまっていたのだ。
毛布をかぶって眠りこける幼子たちを尻目に、宴会は佳境に入ろうとしているようだった。
師匠が大人たちの輪の中で、「今日は本当に、ありがとう」などと演説を始めた。
歯ぎしりをしながらそれを見つめる私の膝の上で、しろすけが心配するように短く鳴いた。
「おこってないよ!」
私はしろすけに怒鳴り返すと、手に持っていた硝子の容器の中の蜜柑果汁を、一気にあおった。
三軒隣に住む果汁工房責任者のおじさんが持ってきてくれたそれは、大変に美味であった。
空になったそれを隣に向かって突き出すと、控えていた親友が恐る恐るといった様子で、新たな果汁を注いでくれた。
「リ、リィルさん、怒ってますか?」
「おこってない!」
私は親友からの問いかけに怒鳴り返すと、また容器の中身を一気にあおった。
この会場の空気にあてられたのかもしれないが、なんだか私も酔っ払って怒りっぽくなっているようだった。
しろすけとクリス君がますます縮こまるのにも構わず、私は歯ぎしりを続けるのであった。
「えんかい!?」
その非常識に過ぎる提案に怒り狂った私は、その発案者に詰め寄っていた。
壁際に追いやられる形になった師匠は、私に対して「どうどう」と両手の平を向けていた。
「そうだよ。共に食べたり飲んだりすることを通して、円滑な人間関係を構築しようという崇高な・・・」
「やかましいわっ!」
師匠が自己弁護のためにグダグダと始めた解説をバッサリと切り捨てながら、私は師匠の胸倉をつかんだ。
師匠は私よりも大分身長が高いため、はたから見ると私がじゃれついて、師匠にぶら下がっているように見えてしまう。
だが、これでも私は怒っているのだ。
「このおやしきで、やろうっての!?」
私は歯をむき出しにしながら、念のために問うた。
だが、答えは分かっていたのだ。
宴会がどういう催しなのかは、よく存じていた。
そして師匠が、その宴会に何を望むのかも。
「そうとも。ご近所さんたちと一緒に食べたり飲んだりすることを通して、円滑な近所づきあいを・・・」
「やかましいわっ!」
師匠がまたも始めた自己弁護の解説を切り捨てながら、私は胸倉を掴んだ手を交差しつつ振り返った。すると私は師匠の大きな身体を背負う様な形になり、抵抗をしていなかった師匠の身体は、ぐらりと前のめりになった。
「ぬおっ・・・?」
驚愕の声を聴きながら、重い荷物を振りぬくようにして、私は師匠の巨体を床に投げ出した。
どっ
たぁん!
お屋敷全体が震えるような、すさまじい振動だった。
卓上で昼寝をしていたしろすけが跳び上がり、棚の上の花瓶が倒れ、積み上げられていた本の塔が幾つか倒壊した。
師匠直伝の、組手術である。
体格に差がある場合には意外と有効な手段なので、こうして重宝しているのだ。
私は鼻息も荒く腕を組み、あお向けになっている師匠の頭を踏みつけた。
ご近所さんとの宴会。
それ自体はいい。
ご近所さんと仲良くするのは、悪いことではないのだ。なにせ、お菓子などの贈り物をくれることがあるからだ。
だが、どうしても許せないことがあるのだ!
「君、どうしてそんなに怒っているんだい?」
師匠は床に伸びたまま、私に問いかけてきた。
いつもの無表情なのに、眉根が少しだけ下がり、二つの眼は悲し気に私を見つめていた。
「だって師匠は、おさけをのむもの!」
私は師匠を見下ろしながら、当たり前だろうと仁王立ちになった。
宴会というのは、つまりはごちそうを食べてお酒を飲むものだ。
そして師匠は、大変な酒呑みである。
秋には毎年呑んだくれるし、いつの間にか高い酒を買ってきては、私に隠れて飲んでいるのだ。
そんな駄目親父が、ご近所さんたちとのお付き合いの場で自制的な飲酒ができるだろうか?
答えは、否である。
師匠は無表情のまま、さも心外と言った口調で語り出した。
「君、私は酒に飲まれるようなことは絶対にないよ。酒は好きだが、きちんと場をわきまえて節度のある飲酒を心掛けるさ」
「うそこけっ!」
自信満々に言い放った師匠の顔面に、私は容赦なく足蹴をくれてやった。
気が済むまで師匠をけたぐった私は、少しだけ気を落ち着けていた。
あるいは師匠は、私の機嫌が少しでもましになることを願って、黙って蹴られ続けたのだろうか。
のそのそと立ち上がった師匠に対して、私は釘を刺すことにした。
「師匠は、たにんのめいわくをかんがえないで、たくさんのむもの。だから、ぜったいだめ!」
あの珍走団壊滅事件のこともあるし、師匠に酒を与えると碌なことにはならないのは自明なことだ。
本当なら、今このお屋敷に常備されている一切のお酒を捨て去り、禁酒するべきなのだ。
「だがなあ、君。折角ご近所さんたちが、先日のお礼をしたいと言ってくれたのだ。これを無碍にするのは、それこそ他人のことを慮らない行為だよ」
そのように理論武装しつつも、どこか師匠は後ろめたそうであった。
今でこそお礼を受け取ることに積極的だが、実は最初の内はそれを断っていたからだろう。お酒が絡むと主張に一貫性がなくなるあたり、やはり酒精中毒者である。
「おれいをもらうのは、いいんだけど・・・」
師匠は引っ越し直後から、ちまちまと晩御飯のおかずなどをおすそ分けしに行っており、人付き合いに余念がなかった。それが先日の雪下ろしの一件で、ご近所さんたちの私たちへの好感度は一気に上がったようなのだ。
お向かいのお爺ちゃんも、お隣の未亡人も、はす向かいの衛兵のおじさんも、その他もろもろが集ってお礼をしたいと言い出したのだ。
最初は勿論、聖職者を自称する師匠はそれを慎んでお断りした。
『礼は不要です』
と。
しかしご近所さんたちは三か月ほどのお付き合いの間に、師匠が何に興味を示すかを理解していたらしい。
「ご近所さんたちのためを思ってやったことだ。依頼をされた訳でもなし、代償を受け取るというのは本意ではないのだがね」
その様に清貧な物言いをする師匠ではあったが、お爺ちゃんが自慢の銘酒を振舞いたいと言った時には眼が怪しく光っていたし、未亡人が手料理を振舞いたいなどと主張した時には「是非に」などと快諾していた。
「この、うそつき!なまぐさぼうず!」
「君だって、はす向かいさんが手作りのお菓子を持ってくると言ったら、大喜びだっただろうに」
師匠は無表情ながら、少しだけ口をとがらせてそう言った。
その通りだったが、私と師匠を同列に語るのはお門違いである。
師匠のは公共の認めた麻薬。私のは単なる舌を喜ばせる娯楽だ。
「わたしは、いいんだもん。だれにも、めいわくかけないもん」
「それには是非とも、反論させてもらいたいな」
まあ、ともかく。
ご近所さんたちはそれぞれ、酒だの料理だのお菓子だのを振舞いたいと申し出てくれたのだ。
ならばそれを個別に受け取ればよいだけの話なのに、なぜか師匠は『いっそ皆で宴会をしよう』などと言い出したのだ。
そんなことになったら、一大事である!
なにせ師匠は、進められれば際限なく呑んでしまう自堕落な聖職者なのだ。
宴会と言う手前、師匠の盃にはどんどん神の恩寵とやらが注がれていくことであろう。
そうなったら、師匠は正体を失くすまでに呑んだくれるに決まっている。
つまり、ご近所さんたちの前で醜態を晒すことになってしまうではないか!
酒瓶を抱きしめながら眠りこける姿なんて見られてしまったら、もうここいらでは生活していけない。
断じて阻止しなければならない!
いや、それならまだましな方だ。
さらに危惧するべき案件が・・・
私が歯ぎしりをしながら睨みつけていると、突然師匠は手を打って言った。
「そうだ!どうせなら、君の友人も呼び給え」
「ゆうじん?くりすくんのこと?」
私の機嫌を取るための単なる思い付きだったのかもしれないが、師匠はそれに感じ入ったようだった。
しきりに頷きつつ、私の両肩に手を置いて続けた。
「大勢集まるのだから、クリス君がいたって問題はないよ。全体、素晴らしい経験は、できるだけ大勢と共有するべきだ」
その“素晴らしい経験”というのは、なんとも鼻につく表現であった。
宴会が素晴らしいかどうかなんて、人それぞれなのだ。
少なくとも私は、酒臭い息を吐く師匠を介抱するのが“素晴らしい経験”になるとは微塵も思えない。
しかし。
「・・・ふむ」
少し考えてみると、私の脳裏に閃くものがあった。
成程、妙案ではないか。
仮にここで私が駄々をこき続けても、恐らく宴会の会場が他の場所に移るだけで、師匠が飲んだくれるという未来はいささかも揺るがないはずだ。
ならばいっそ、自分の眼の届く範囲にこの駄目親父を収めておく方がいい。
そして暴走しそうになったら、即座に止めに入るのだ。
だが、私一人ではそれは難しい。
なにせ今秋の酔いどれ記念日では、あわや手籠めにされるところだったのだ。
ならば、頼りになる助っ人を召喚するべきではないか。
「どうだろうね?」
師匠は無表情ながら、いかにも恐る恐るといった様子で尋ねてきた。
余程宴会を楽しみにしているのだろう。
果たしてそれは、ご近所さんと“素晴らしい経験を共有するため”なのか。あるいは酒をたらふく飲んで、おいしい料理を腹いっぱい食べたいだけなのか。
私はたっぷりと三十秒ほどかけて、考えるそぶりを見せた。
もう、心は決まっていたのだが。
「ん!わかった!」
ごくりと唾を飲み込んだ師匠に、私は告げた。
避けられない事態ならば、制御可能にしておくべきなのだ。
「おお!そうか!いやぁ、よかった!」
途端に機嫌のよくなった師匠は、無表情のまま私の両肩をパンパンと叩いた。
余程嬉しかったのだろう。力が籠っていて少し痛い。
そんなに酒が飲みたいのか、この生臭坊主め!
「よし!君の許可も得られたことだし、さっそく始めよう!」
かくして師匠は大手を振って、宴会もとい自宅飲み会の準備に取り掛かった。
私が舌打ちをしているのにも気づかない程に、浮かれているようだ。
「いやあ、人付き合いというのは大変だなあ」
などと言いつつも足取りは軽く、師匠は台所に向かったのだった。
ふふん。
精々浮かれているがいい。
酒に飲まれた瞬間に、お縄をたっぷりと振舞ってやろう。
私は決意も固く、不敵に笑った。
しろすけが部屋の隅で私を見つめながら、ぶるぶると震えていた。
きっと寒いのだろう。
『くりすくん!たすけて!』
「えぇっ!?一体、どうしたんですか!?」
『師匠がこれからよっぱらうの!だからたすけにきて!』
「・・・はい?」
『たのしいえんかいだよ!おいしいものがいっぱいあるよ!』
「・・・?」
年明けには、必ず冒険パートを書きます。




