第9話 私について 前
なぜわたしは、きらわれるのか。
「この娘は、災いの元凶です」
「馬鹿馬鹿しい」
なぜこのひとは、わたしをかばうのか。
「何を根拠に、言っているんだ」
「うちの子どもは、真っ先に流行り病で死んじまったんだ!こいつがやったんだ!」
「御覧なさい。この髪の色、老人の様に真っ白だ。おまけに、もう五つにもなるのに・・・」
「・・・仮にその話が正しいとして、その娘をどうする」
「殺しちまうに決まってらぁ!」
「この村を守るためだ!しかたねえ!」
わたしは、いきていてはいけないのか。
「つくづく、度し難いな」
「なんだと、てめぇ!」
「他所者の分際で!」
「あのヤブ医者だって、コイツを置いて逃げちまったってのに!」
「なあ、君」
なんだ。
「君は、どうしたい」
しにたくない。
「当然だね」
こんなむら、きらいだ。
「だろうね」
でていきたい。
「うん」
つれていって。
「承った」
「何をぶつぶつ言ってやがる」
「頭おかしいんじゃねえか」
「話は付いた。私がこの娘をお預かりする」
「ああ!?」
「正気ですか?この娘のせいで、すでに十人以上が死んでいるのですよ?」
「神父様。ちょうどいいじゃねえですか。俺達だって、好き好んで子どもを殺したくはねえんだ」
「そうさ。連れてってくれるってんなら、ありがてえ。厄介払いだ」
くずどもめ。
「そう言ってやるな。腹が減って気が立っているだけだ」
わたしだって、はらぺこだ。
「健康的で、良いことじゃないか」
「さっきからてめぇは何を・・・?」
「およしなさい。この方が、その娘の後見をして下さるというのならば、我々としてはそれを拒む理由はありません」
「ちっ」
「決まりだな」
「とっとと行っちまえ!」
「言われなくとも」
ありがとう。
「どういたしまして。名前は何と言うのだい?」
リィル。
「そうか。これからよろしく。私は・・・」
目を開けると、いつもの夜明け前だった。腕の中には、私の体温で温まったしろすけが、まだ眠りこけていた。
私は、そんな可愛いしろすけを起こさないように、ゆっくり静かに寝台から這い出した。
その最中に自分が涙を流していることに気がついて、慌ててそれを両腕で拭った。
そして、思い出した。
あの狭っくるしい小屋からの引越しが完了し、私は念願の一人部屋を手に入れていた。
寝台と、箪笥と、ちょっと大き目の姿見と、机。
そして、しろすけ。
私の宝物が詰まった、私のお城だ。
だから、下着姿で寝ようが、寝台の上で菓子を食べようが、説教をされることはないのだ。
そうだ。
もう、泣き顔を見られる心配などないのだ。
「おはよう」
おはようございます。
私が服を着て二階の自室から一階の居間へと降りると、いつも通りに師匠はすでに起きていた。
なぜか今日の師匠は、日課の鍛錬のために、私の木剣(重りつき)を準備してくれていた。
いつもは寝起きのせいでやる気を出せない私に、しつこいくらいに催促をして準備をさせるというのに。
ひょっとして、見たのだろうか。
「何を」
私の寝顔。
「馬鹿馬鹿しい」
絶対見た。
「何を根拠に言っているんだ」
なにか、いつもと違って小言が少ないから。
「度し難いな」
師匠が手渡してきた木剣を受け取ると、私はそれでもって師匠の頭を一撃した。
「今日の依頼は急ぎなんだが、君は来なくてもいい。」
日課の後の朝食の最中に、師匠は、私が殴りつけた頭を撫でながら、淡々と言った。
やった!
と、素直には喜べなかった。
今朝方の嫌な夢と、師匠の奇妙な態度のせいだった。
なにせ日課の鍛錬の時の木剣には、重りが二個しかついていなかった。
目の前の朝食ときたら、私の好物の葡萄麺麭と炒り卵と果物の絞り汁なのだ。
明らかに、今日の師匠は何かがおかしい。
「どうした。不満なのかい」
師匠は、何故か私の顔を見ないようにして言った。
私はそんな師匠を半目で睨み付けた。
そう見えるのなら、師匠が私に隠し事をしているからだろう。
「別に、隠し事など、していない」
師匠の歯切れの悪い口ぶりに、私は確信した。
私は付き匙を握り締めたまま、右手でだんっと食卓を叩いた。
やっぱり、今朝は私の部屋に忍び込んだんだ。
「忍び込んでなどいない」
師匠がこちらを向いて、慌てたように言った。
私は羞恥に顔を赤らめた。
私の泣き顔を見たんだ。
「ああ、やっぱりそうだったか・・・」
そう言うと師匠は、露骨に顔をそらした。
やっぱり?
あれ?本当に見ていなかったのだろうか。
「さっきからそう言っているだろう」
では、いったい何を隠しているのだろうか。
「ああ、うん。今日の依頼はだね」
師匠はいつもの彫像のような顔で、しかしあくまでも私の視線から逃れるように目をそらしながら、言った。
「君の故郷からなんだ」
普段は「菓子の食いすぎだ太るぞ」とか「髪が伸びすぎだ戦闘の邪魔になるぞ」とか、他人の気持ちをちぃとも考えずに発言をするくせに、こういういらない気遣いをする。
師匠の嫌なところだ。
「だから、今回の依頼は、私だけでいく」
師匠は念押しするようにして、私に言った。
私は憤慨した。
いつもいつも、私が嫌がっても引きずって連れて行くではないか。
そんな下らない理由のときだけ、私を依頼から遠ざけようと言うのか。
「上手くいこうがいくまいが、絶対に嫌な気分になる」
そんなこと、今までに何度だってあった。
私は鼻息も荒く、胸を張った。
全体、師匠の持ってくる依頼など、いい気分になるものなんて殆どないではないか。
どぶさらいしかり、失せもの探ししかり、小鬼退治しかり。
「本気で付いてくるのか」
私は、力強くうなずいた。
当然である。
何故なら私は、師匠の弟子なのだから。
「分かった。もう言うまい」
師匠は首筋を撫でながら言った。
困ったときや諦めたときにでる、師匠の癖だった。
「では、すぐに準備をしたまえ、弟子よ」
仰せのままに、師匠。
私達二人は、大急ぎで朝食を平らげた。
せっかくの好物なのに、ちょっともったいない気がしたが、そんなことはどうでも良いのだ。