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愛しの師匠 ~私の師匠に対する不満と文句と思いと想いについて~ 作者:正太郎&シン・ゴジラ
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第1話 師匠について


 暗く、じめじめした空気で淀み、生臭い臭いが漂う洞窟の中。

 腹部に鈍い衝撃と続いて焼けるような痛みを覚えて、私は手を地面についた。
 その痛みの元を皮鎧の上からまさぐると、つい今しがた打ち倒した小鬼の持っていた小さな槍が、そこにあった。

 とっさに私は左腕に噛み付くと、残った右手で腹に刺さった忌々しい棒っきれを引き抜いた。

 その瞬間襲い掛かってくる更なる痛みに、ともすれば年相応に大声で泣き喚きそうになるところを、必死に腕を噛んで耐えた。

 ここは未だに小鬼達の巣窟であり、そんな場所で侵入者である自分の所在を告げるような愚を犯すわけにはいかなかった。

 何よりも後ろにいる師匠に。
 嫌いなあの人に、これ以上の醜態を見せるというのは痛み以上に耐えがたかったのだ。

 「深手だね」

 頭上から声がかかった。
 私のこんな惨状を見ても、いつも通りの抑揚の無い声なのが腹立たしい。

 「続けるかい?」

 そう問いかけてきたのは、鎧も、剣も、雑嚢の類すら持っていない。
 詰まり、このような修羅場には似つかわしくない普通の青年だった。
 ただ一つ目に付くのは、燃えるような赤い髪だけだ。

 だが、このどこかの村にでもいそうな青年こそが、忌々しいことに私の師匠だ。

 私は穴が開き、どろどろと血が溢れ出てくる腹を押さえながら、こくりと頷いた。

 「分かった」

 そう言うと師匠は、私の傷に手を軽く当て、何かをぶつぶつと呟いた。
 途端に痛みが、最初から無かったように晴れていった。
 手でもう一度まさぐると、そこにはもう穴は無かった。

 私は吹き出ていた汗を拭い、師匠に礼を言って立ち上がった。

 「いや、今日はここまでにしよう」

 私が放り出してしまった剣を両手で持ち、しげしげと眺めながら師匠は言った。

 だが、私の傷はすでに師匠に直してもらっている。
 体力なら、まだ余裕はある。
 十分に続行できるはず。

 「剣がもう駄目だ」

 つい、と剣の柄を私の方に向けながら師匠は言った。

 ここまでで小鬼を三体しか切っていない。
 まだまだ剣は使えるはず。

 「無駄に振り回して、切り過ぎたんだよ」

 師匠から受け取った剣をよく見ると、確かに刃が欠け、血と脂で汚れていた。
 最早鈍器としてしか使用はできない。まだまだ膂力の無い私には、小鬼を相手にするには扱いかねるだろう。
 そういえば、小鬼を一撃で仕留められずに何度も切り付けていた。

 ならば、小鬼達の武器を使えばよいはず。

 「正しいが、間違っている」

 と、師匠は意味の分からないことを言った。

 どうしてこう、いつも私の考えを頭ごなしに否定するのか。
 師匠のこういうところが、私は嫌いだ。

 「納得できないかい?」

 もちろん納得などできない。
 敵の武器を奪って戦うのは、立派な兵法のはずだ。

 「なら、実践して見せよう」

 そう言って師匠は、洞穴の奥に目をやった。
 釣られて私がそちらに視線を向けると、小鬼が1匹、槍を構えてこちらに向かって駆けて来ていた。

 師匠は即座に、私の血で塗れた槍を掴んだ。

 小鬼が奇声を上げて跳び上がり、槍を師匠に向かって突き出した。
 それと同時に、師匠も槍を小鬼に向かって突き出した。

 どすどすっという鈍い音とともに、小鬼が空中で静止する。

 いや、師匠の持つ槍が、小鬼の胸を貫いていた。

 だらんと弛緩する小鬼を持ち上げたまま、師匠は立ち上がった。

 やはり敵の武器を再利用するというのは、有効なのだ!

 「いや、よく見なさい」

 師匠が小鬼を貫いた姿勢のまま、くるりと右半身を私の方に向けた。
 師匠の右肩には、小鬼の突き出した槍が刺さっていた。

 「今回は小鬼の武器を使ったが、小鬼の武器は小さい。だから、間合いを離せない」

 そう言いながら、師匠は掴んでいた槍を放した。
 小鬼は地面にどさりと落ちるが、もはやぴくりとも動かなかった。

 「おまけに、小鬼の武器は作りが雑なんだ。だから」

 師匠が自らの右肩に刺さった槍を左手で掴み、なんの躊躇もなくそのままぐいっと引っ張った。
 引き抜く際の激痛を想像して私は顔をしかめたが、師匠は平然と引き抜いた柄を一瞥した後に、それを私の方に向けた。

 槍頭がなかった。
 つまり、まだそれは師匠の右肩に埋まっているということか。

 「ほら、すぐに壊れる」

 そう言って師匠は柄を放り投げると、空いた左手を右肩に、つまり槍頭が埋まっているであろう傷口に突っ込んだ。そしてあろうことか、ぐりぐりぐちゃぐちゃと中を引っ掻き回した。

 その様子を凝視してしまった私は、眩暈と吐き気を覚えてしまった。
 さっきまでの小鬼との戦闘と負傷、それらによる緊張から一時開放されたため、弛緩してしまっていたのかもしれない。

 「まあ、そういう訳でね」

 すさまじい激痛であろうに、それを気に留めた様子もなく、師匠は槍頭を傷口から穿り出した。

 「敵の武器を使う兵法は、時と場合によるものさ。まして君は、まだ片手剣しか使えないんだから」 

 師匠は、自分の血肉がこびりついた槍頭を同じく一瞥して、また放り投げた。
 驚いたことに、右肩の傷はすでに塞がっていた。

 「さあ、戻る準備をしなさい」

 そう言って師匠はその場に跪き、祈りの言葉を呟き始めた。

 師匠は何かの命を奪った際には、必ず祈る。

 例えそれが、家畜であれ、羽虫であれ、人を殺める強盗や小鬼であれ。
 これもまた私が嫌いな師匠の習慣だった。

 私は露骨に舌打ちをして、自分の剣の始末に掛かった。
 師匠の祈りの言葉は聴いていると癇に障るし、じっと待つのも時間の無駄だ。

 私はぼろきれを取り出し、剣についた血と脂を丁寧に落とした。
 とは言え、これは単なる応急処置だ。街に帰ってから改めて念入りに手入れをしなくてはならない。 

 自分の命を預ける武器は大切に扱え、というのが師匠の教えだ。

 私が従う数少ない教えの内の一つなのだ。




 小鬼の巣から大分離れた野営地で、私は夕食の準備に取り掛かっていた。
 ここは街道から近い位置にあり、したがって小鬼やそれに類する脅威にさらされる心配がない。

 「今回は私がやるべきだ」

 師匠が私の持つ底の浅い鍋に手を伸ばしながら言った。
 しかしながら、今日は私が調理の当番なのだ。

 「だが、君は今回の戦闘で疲れているだろう」

 師匠は私を気遣う体でそう言いながら、なおも私の持つ鍋に手を伸ばした。
 魂胆は分かっている。

 「変に勘ぐるな。さあ鍋をこっちによこしなさい」

 しつこく鍋を取り上げようとする師匠に、私はきっぱりと、邪魔をするなと言い放った。
 するとようやく観念したのか、師匠は焚き火を挟んで私の対面に座り込んだ。

 さあ、調理開始だ。

 「ああ、鍋を火に近づけすぎだ。」
 「ちゃんと酒をつかったのか、臭みが消えないだろう。」
 「止めてくれ!香草を入れすぎだ!」
 「表面が焦げている!よく見て、聞いて、嗅いで判断するんだ!」

 これだ。

 人が一生懸命にやっているというのに、師匠は横からぐちぐちと小言を言う。
 今回は対面からだが。

 師匠の大嫌いなところだ。


 出来上がった料理を器に盛り付けると、師匠は彫像の様な顔でそれを受け取ってから、また祈りの言葉を述べた。
 私はそんな無意味なことはせずに、自分の料理にかぶりついた。

 口の中に広がる香ばしい脂と肉の感触がたまらない。
 限界まで収縮していた胃袋が歓声を上げて、早く早くと催促の大合唱をする。

 今日もなかなかの出来だ。
 私は咀嚼しながら、ちらりと師匠を見た。

 師匠といえば相変わらず彫像のような顔のまま、ただ作業のように肉を口に運び、噛み、飲み下すという行為を繰り返していた。

 こんなにおいしいのに。

 「うん、おいしいよ」

 うそばっかり。





 「ししょうって、りょうりにはいじょうにこだわりますね」
 「そんなことはないよ」
 「あじがへんなら、おしおをどうぞ」
 「これ以上はやめてくれ!このままで結構だから!」
 「ほら、やっぱり」
 「・・・」
 
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