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離脱

 ガソリンの残量はそれほど多くない。僕たちは再び街の近くまで乗り出して、そこから徒歩で少し離れた場所にある建物の中に入った。

 かつて駅と言われていた場所らしく、階段を上って線路の近くまで出ると、ベンチがいくつもあった。そこは見晴らしもよく、音もよく響く為安全なように感じられた。

道中落ちていた枝や草を拾っていたので、それを燃やして一息ついた。椅子はあるが、皆なんとなく地面に座っていた。

 岩下はまだ泣いていた。ガスマスクの中が汚れるのでやめろと言うと、徐々に涙は引いていくようだったが、まだしゃくりあげていた。

 俺たちは何も語らず、黙ってその日は袋に入っていた干し肉をあぶって食べた。ガスマスクを外す時間を最小限にして食べるのには苦労が必要だった。

 それからそれぞれ椅子に横になった。親がそれぞれの為に用意してくれた手紙を読みながら、泣いていた。よく耳を澄ませば、遠くでうなり声のような声が聞こえてきたが、それも次第に気にならなくなっていった。

 どうなっても良いと感じて、目をつむって身体を休めた。

 気づけば、朝になっていた。


*


 岩下が居ない事に気が付いたのは、西田だった。

 荷物もそのままにいなくなっていた為、最初はトイレかと思ったが、どれだけ待っても戻ってこなかった。

「探しに行こう」、

 村井が言って立ち上がった。太陽はまだ真上に来ていなかった。僕たちは荷物をまとめて、とりあえず原付の方まで向かっていった。

 駅を出て、また少し歩く。原付の近くまで行くと、岩下のバイクだけなくなっており、地面にはいくつかの血痕があった。

 昨日の場面を思い出して、ぞっとする。全員で顔を見合わせて血痕を辿ってみる。

 しばらく行くと、乗り捨てられた原付があった。スタンドも経てず横倒しになっており、血は近くの電柱まで続いていた。

 岩下はそこに居た。

 血だらけでロープを電柱の足場用のボルトにロープをかけて、試行錯誤しているところだった。

 村井が近寄ろうとして、西田が引き留めた。誰も声が出なかった。

 音に気が付いた岩下がこちらを振り向くと、ガスマスクがない事に今更気が付いた。涙で目が腫れていた。

「みんな」

 岩下は自分の傷ついた腕を見せつけるようにして、持ち上げた。

「もうダメなんだ」

 こういう時の岩下は、強い。もうダメだとなった時の行動は、誰よりも早く、誰よりも力強い。だからこそ僕たちは臆病な岩下を誘って街に降りていたのだ。

「あいつら、言葉も何もないんだ。人間みたいな顔して、音とか、光とかに誘われて動くんだけど、バカだよ。少し隠れてたら、どこに行ったのかわからなくなって地団太踏むんだ。協力だってしちゃいない」

 岩下は言いながら、傍に落ちてる石を拾った。

「知能もないから、音に単純に反応するんだよ。だから、原付を使っちゃだめだ」

 なんで。村井が声にならない声で、漏らした。

「ほんとは、村に戻ろうとしたんだ。夜は音が響くし、あいつら、寄ってきたんだ。そしたら、どこにも戻れないじゃん。ほら、誰も巻き添えにしたくないしさ」

 岩下が乾いた笑いを浮かべて、頭をかいた。

 泣き虫で臆病の岩下が平静としている姿に、どうしようもない悲しみがこみ上げた。

「だからさ、仕方ないんだ。みんなは、気をつけてくれよ。あいつらは光を嫌って出てこないだけで、街中にも大量にいるんだ。できたら、自然のある方に進んだ方がいい」

 それから、と岩下は言い、石をこちらに投げてきた。

「もう、どっかにいってくれ」

 それまでの表情から一転して、怒り狂ったような顔をしてこちらを睨み付けている。

 怒りは、正当なものであるように感じられたが、恐怖が勝った。

 やり場のない怒りを岩下は電柱に向けて、何度も何度も拳を打ち付ける。

 行け。どっかに行ってしまえ。その言葉だけを何度も繰り返して、拳を打ち付ける。

 僕らは何も言えず、立ち去った。振り返る事ができなかった。ただしばらくすると音はなくなり、岩下とはこの瞬間から、もう会えない事だけがわかった。

 気持ちはもう何も湧いてこなかった。西田と岩井と話し、進む方角だけを決めるようにした。

 どこか別の村を探そう。そう思って、森に近い道を歩いていく事にした。

 進む先は住宅街があった。

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