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出発

 周りの建物や地面を見てみると、日当たりの悪い建物だけ異様に植物がついていない事がわかった。

 その事に気づいた瞬間、寒気がした。

 村井と岩下に声をかけて、周囲にも同じような建物があるか確認をすると、日当たりの悪そうな場所にある建物には、やはり植物がついていないようだった。

「おい……まさか」

 村井は言って、周囲をきょろきょろと見渡した。

 岩下はガスマスク越しにもわかるほど今にも泣きそうな音を喉から漏らしていた。

「ヤバイ。ここはヤバイ」

 僕が自分の震えを抑えるように言うと、西田も話に加わってきた。

「あいつら、やべぇよ。建物の中に入っていったぞ」

 どうするべきか、考えを巡らせる間もなく、叫び声が聞こえた。人の叫び声と、猿のような声だった。

 全員が身を屈めて、近くにある車の陰に身をひそめる。

 村井が岩下に後ろを見てろと掠れる声で慌てて命令をすると、僕たちは叫び声のする方に目をこらした。

 一匹の猿と、傷だらけで血まみれになっている女が争っていた。女は手に石を持って猿を殴り、猿は爪で必死に女を引っ掻き逃れようとしていた。背後から男が忍びよって尖った石で頭を砕いた。

 しばらくすると猿は動かなくなり、女も血だらけの身体をその身に横たえた。女は血で良く見えないが顔つきは二十代程にも見えるが、身体は異様に年を取っているようにも見えた。

 何人かの男が出てきて女と猿を運ぶ。心なしか全員の顔がウキウキしているようにも見える。

 村井からは怒気のようなものが、西田からは吐き気を抑えるような浅く早い吐息が聞こえた。

 岩下は周りを警戒した為見ていないはずだが、鼻水をすするような音が聞こえた。

「んだよこれ」

 西田は言いながら岩下の尻を手のひらで叩く。その力はいつもより弱く感じた。

「あれ、どう思う」

 村井が僕に聞いてくる。

「人だよね。でも、人じゃない。あれは、人じゃない」

 まるで痛みを感じていないような動き、そして他人の痛みを感じていないような表情、あれが人間だとは到底思いたくなかった。

「だけど、人だ。姿は」

 村井の言いたい事も、よくわかった。僕たちは自分の村で暮らしている人達以外の姿を初めて見たのだ。村と村の間を行き来する人は、大人たちしか会う事ができない。だから、あれは僕たちが初めて見る外部の人間だ。

 だが、どうしてもそれを受け入れたくなかった。

「もしかしたら、菌が動かしてるのかも……」

 周囲を警戒してみていなかったはずの岩下が、ぼそりと呟いた。

「どういう事だよ、岩下」

 西田が混乱したような声音で言う。

「菌に感染すると、怒りや憎しみに駆られて行動するようになる。徐々に人間的な要素がなくなっていく。菌がもし、そうなるように仕向けていて、人の体に触れる機会を増やそうとしているなら……」

 岩下は途中まで言って、かぶりを振った。

「わからないけど、聞いたことがあるんだ。寄生する生物の中には、行動を乗っ取って自分が生存しやすい場所まで宿主を移動させたり、自分専用の巣を作らせるやつらが居るって」

 ぞっとしない話だった。全員が岩下の話に集中しているのに気づいて、僕は周囲を見渡す。

 あの叫び声を聞きつけた何人かの人が怒り狂ったような声をあげながらいくつかの建物から出てきた。全員にしっと口に手を当てて呼びかけ、姿勢を低くする。

 若い男女が血だまりの周りに集まり、地団太等を踏みながら、互いに手を押し付けあう。すると水が引いていくように急に寡黙になってばらばらに散っていった。

 しばらく誰もが声を出せず、その場に立ち尽くしていた。気づけば、太陽は沈みかかっており、夕焼けに近づいていた。

 誰からでもなく、周囲を警戒しながら来た道を戻るのだった。


*


 原付の辺りに戻った頃には、既にだいぶ時間が経っていた。

 会話なく、黙ってまたがり、悪路を越えていく。村の前についた時、門が閉ざされている事に気がついた。

 門のところに居る大人、僕たちはかっちゃんと呼んでいる、に声をかけると、誰も目を合わせてくれなかった。

「お前ら、街にいったか」

 聞いた事のないような、低い声だった。

 岩下がその場にへたり込んだ。

「街に行った人間は中にいれられない。今までお前らを見逃していたのは、あくまで周りの森で遊んでいると思ってたからだ」

 かっちゃんの足元には袋が大量に積まれていた。ばれたのだ。今まで隠していたすべてが。

「森の中に居る限りは安全だ。もし意識がなくなっても、自然を嫌って街へと勝手に降りていく」

 もし。かっちゃんはそう言って、腰に下げていた袋をこちらに投げてよこした。

「もし、お前らが自分の意識を残して死にたいと思うなら、その中にあるロープで首を吊れ。生きたいと思うなら、そのナイフで獣でも狩って生きろ。もうお前らは……この村の人間じゃない」

 袋の中には、ナイフが二本と、ロープが四本。それから、干し肉や乾燥させた米や豆類が入っていた。

「これはお前らの親からの餞別だ。もらったら、さっさとこっから立ち去れ」

 もう一つの袋を投げてよこす。袋の中には、手紙と綺麗に畳まれた真新しい服が入れられていた。それから、何本もの水筒とおにぎりが入っていた。どちらも貴重なものだった。

 岩下はガスマスクを放り出し、門に縋り付いて謝り始めた。それは村井も西田も同じで、みんなが大声を挙げて泣き叫んだ。

 だが、かっちゃんも、誰も、こちらを振り返る事なく、時間だけが過ぎるのだった。

 僕は黙って村に向かってお辞儀をして、原付にまたがった。西田がそれに続き、村井が岩下を起こしてやって、同じようにした。

 岩下は最後まで泣きじゃくりながらも、原付にまたがり、僕たちは村を後にした。

 村の方からも大声で泣く声が聞こえたのは、きっと聞き間違いじゃないだろう。

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