桜の夢【短編小説】
桜は夢を見る。決して叶うことない夢を。
ふわふわと柔らかな風が私の身体を揺らす。
皆が集まって並んでいるのに私はなぜかぽつんと離れた場所に立っていた。
まだ大人になりきれてない私だけど、自身には未来がないことを知っている。
ただでさえ短い時間しか価値を見出してもらえないのにこんな場所にいても誰にも気付かれない。
存在する意味すら私には見出せなかったんだ。
こんな場所に桜?
ぽつりと聞き取れるかも危ういくらい小さな声が耳に届いた。
下を見下ろしてみるとそこには前髪が目にかかるくらい長く少しおとなしそうな男の子が私に手をかけ立っていた。
そして少し離れた場所にある木々を見てこちらに目を戻す。
君も1人なんだね。
彼はそう言うと私に寄りかかるようにすとんと腰を落とした。誰かの重みも温かさもこれが初めて感じた瞬間だった。
それから彼はほぼ毎日私の元に来るようになった。ある日はずっと傍で本を読んでいたり、ある日はこんなことがあってねと話してくれたり。
何だろうね。桜の木に話すなんて変なのかもしれない。誰も聞いてないはずなのに何故か安心するんだよなぁ。
彼はそんなことも言っていたっけ。その言葉に私はまた聞こえもしない言葉をかける。
私がいるよ。ちゃんと聞いてる。傍にいるよ。
やっぱりこの言葉が届くことはないけれど。
ある日彼はいつものように私の元に来た。
そして手を当てたかと思うと俯いてしまう。
彼は震えていた。震えて泣いていた。
どうしたの?何で泣いてるの?どこか痛いの?
彼は何の反応もせずただ1人泣いていた。
届かないのだ、この声は。
届かないのだ、この想いは。
私は貴方を抱きしめる腕も慰める声も持ち合わせていない。
桜は夢を見る。決して叶うことのない夢を。
大切な貴方に寄り添って共に歩んでいけたらと。
大切な貴方のあの柔らかな笑顔をずっと見ていけたらと。
夢は決して叶わない。
でも1つだけ。ほんの少しだけ。
貴方と出会って時が少し巡って。
今の私でも貴方を笑顔に出来たら。
照らせたら。
気付けばこの桜の元へやってきていた。
なぜか安心出来る誰もいないこの場所で1人泣いていることしか出来なかった。
ひとしきり泣いた時少し強めの秋風がふわっと通り抜ける。
目を瞑って風をやり過ごし導かれるように顔を上げた。
桜…何で
少しずつ桜の枝から花が開く。
夢でも見ているんだろうか。狂い咲き。本では読んだことがあるけど、今まさに。それも少しずつではあるが目に見えて花が開きつつあった。
まるでそれは自分のために今咲こうとしているようで。
綺麗…綺麗だ。本当に…。ありがとう。
僕は頬を伝う温かなものはそのままで桜を見上げ続けた。
どこからか良かったと優しい声が聞こえた気がした。
この街には不思議な場所がある。
1本だけ離れた場所にぽつんと立っている桜と、その桜に寄り添うように毎日訪れる男の子。
そして秋。その桜は咲き誇り彼はそれを見てまたふわりと笑うのだ。