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「やばっ。遅くなった」
蓮は腕時計を見て、顔をしかめる。
夜の十時すぎ。
今年は受験勉強で夜遅くまで塾に行っていたから仕方ないとはいえ最後に三十分近くも友達と話してしまっていた。
「これはさすがに怒られるかな……」
蓮は普段は優しい父親の顔を思い浮かべて、街灯だけの暗い夜道を小走りで進む。
小さな公園が見えてきた。もうすぐで蓮の家だ。
「この公園、抜けようかな」
住宅街にある小さな公園だ。
人気がなく、薄気味悪いので普段は決して通らないが、今は急いでいるのでそうは言っていられない。
おそるおそる、公園を進んでいく。
公園の明かりは中央にある街灯だけ。
そしてちょうどその街灯の下を通ったときだ。
キーキッキッー。
聞きなれない動物のような声が聞こえた。
蓮は立ち止まり、周りを見回すが、動物らしき影も形もない。
「気のせいかな…… 疲れてるんだろう」
蓮はホッとして前を向いた、その瞬間ーー
目の前が真っ暗闇になっていた。
さっきまで明るかったはずなのに……
そう思う間も無く黒い影が覆いかぶさってくる。
「 ぎゃあ!」
今まで生きてきた中で一番情けない声だっただろう。
誰か助けて…… と思いながらも、誰かに聞かれてなかったらいいなとも思った。
そんなことを考えている間に体から力が抜けて、意識が遠のいていく。
最後の力を振り絞って手を伸ばすが、どこにも届かなかった。
…… だ…… れか…… たす……… け…… 。
声にならない言葉を呟き、ついに意識が途切れた。
「あー……」
寝起きの気分はかなりいい。
今日は素晴らしい朝だ。
レイは階段を下りて行く。昴はまだ起きていないのか。
レイは朝ごはんを作り出す。
ごはんを作るのはレイの仕事だ。といっても家事全般を全て一人でやっているが……。
最近の悩みは家事が無駄に上手くなり過ぎたことだろう。
ご飯を食べ終えてもまだ起きて来ない。
そろそろ起こして学校にいくべきだな。
「両親のいない俺を引き取ってくている以上、朝ごはんぐらいは作ってもいいが…… さっさと起きろ!」
いつまで寝ているんだ。
「うーん、おはよう。」
「俺は学校に行くからな。朝ごはんは下に置いてある。後できちんとたべとけよ」
返事を待たず出かけようとする。
「 レイ、今日から僕の姪が両親が海外へ行くため預かることになった。今日の午後にくる、仲良くしてやれよ」
眠そうな声でさらっと重要なことを言ってきた。
詳しくは後で聞けばいいか。
「いってきます」
ドアを開けて学校に向かう。遅くなってしまったが、遅刻はしないだろう。
人通りが少ない場所を抜けて駅前通りに出ると声をかけられた。
「ユウ」
振り向くと、同級生の黒崎 蓮 がいた。 学校内でも比較的仲が良い。
「蓮か…… おはよう」
「 ああ、おはよう。 それより聞いてくれよ!昨日塾の帰りに遅くなったから公園を抜けて帰ったんだよ。そしたら気がついたら意識を失ってさ、何かに襲われたような気がするんだよ」
冗談かと思えるが、本人はいたって本気のようだ。
よく見ると、魂が少し減っている。おそらく悪魔に襲われたのだろう。
悪魔は、強い魔力や霊力を持っている者にしか見えない。魔力や霊力を持っているのは約千人に一人しかいない。その中でも、悪魔が見えるのは半分くらいだろう。魔力や霊力は鍛えなければ多くならず、持っていることに気ずいていない者が多い。
「どうせ寝てしまって夢でも見たんだろう」
悪魔に襲われても死ぬことは少ない。 悪魔は契約ならば魂を全て喰われることもあるが、普通に襲われたのではせいぜい三割しか食われないからだ。その場合意識を失ってしまうがそれだけだ。
コンビニが見えてきた。ユウたちが通っている早明学園までもうすぐだ。
「受験勉強をしていて宿題やってないんだよ。写させてくれないか?」
中高一貫校に通っているのに高校受験をする奴がいるとは始めに聞いたときは驚いた。
「関係ないだろ。自分でしろよ」
本人のためにもここは突き放すべきだ。
今日は職員会議で下校が早いが…… 朝の昴の言っていたことが気になるな。
寄り道せずに帰るか…… 。