9話「厄病神」
もうすぐ昼になる頃だった。レオンは明け方には来なくハイルはずっと家で待っていたが、ついに耐えきれなくなってしまって
「このままだと体の術が消える…奴らが気付くのは時間の問題か」
レオンに施された呪術も何となく効果が消えつつあるのが分かる。そうなると敵も勘付いてこの村を襲いにくるに違いだろう。レオンもすぐ戻ると言っていたのに戻ってこないので不安が募った。
何か問題があったのだろうか。あの強さでもしレオンがブルーフォレストで負けていたらこれからどうするのか。
「なにしてんだよレオン……」
居ても立っても居られなくなったハイルは一人で王都に向かう事にした。レオンには危険だから村で安全にして迎えに行くまで待ってろと言われたが、当人が来ない上に呪術が消えたハイルが村にいるのは本末転倒だと考えた。できるだけ軽くした荷物を肩に担いで家を後にする。この村に辿り着くまでに実は得体の知れない敵によって村付近に方向感覚麻痺の呪文があったのだ。だから早いバーダーで近い道を使ってもいつもハイルの使う安全な遠回りの道と着く時間がそんな変わらなかったのだ。ここまで計画された襲撃となるといよいよ増して焦り出すハイル。覚悟を決めて王都へ徒歩で向かうことにした。とても軽率な手段だが、ここで王都行きの車を拾ってもそれに乗っている人達が危険に晒されるかもしれなかった。
「よし…行くか…」
できるだけ目立たないように村を抜ける道を通り、王都を目指すためジェノーバ平原へと向かった。
村を出発してから四時間が経った。時刻は昼をとっくに過ぎてもう少しで夕方になる頃。平原の危険地帯の一つアラス渓谷に差し掛かった。平原には多数の危険地帯が存在する。それは州兵でもあまり立ち寄らない場所だ。立地がそもそも危ないうえに野獣の住処ともなっている。そしてその野獣を餌として夜には魔獣が湧いてきて魔の癪気が多少存在している。王都へ辿り着く道は他にもあるがここが一番近い。アラス渓谷は危険地帯の中でも比較的安全な方である。普段王都へ向かう車がよく通るので道は少し舗装されていて野獣も車を襲おうとすると退治されてしまう事を知っているのであまり出て来ない。しかしそれは車での話である。徒歩でとなると野獣達もいい機会だと思って襲ってくるだろう。そしてその場合恐らく無事にはやり過ごせない。なぜなら先にも述べた通り立地が悪いのだ。渓谷はほぼ一方通行見たいなもので道を外れると川や谷に落ちてしまう。だからここは相手を追い詰めるのに絶好のポイントでもある、逆にここの道を確保してしまえばほぼ安全なのでここは比較的安全な危険地帯なのである。
それに最短でもある。四時間移動しっぱなしで水以外なにも口にしていないハイルにはどうしてもここを通らないと体がもたない。これまで一箇所危険地帯を抜けて来たがそこでは険しい道以外なにも起こらなかったが大分体力が削られていた。
「はぁはぁ、頼むから何も起きないでくれよ」
そう祈り渓谷に入った。しかし事はそう簡単に進まない。少し行ったところに野獣が道を塞いでいた。犬型のハウンダーと呼ばれる凶暴な獣だ。みんな体長二メートルくらいあってまるでハイルが来るのを待っているかの様にそこへいた。
「クソ…やっぱり目ぇつけられてんのか」
恐らくレオンの呪術も切れてしまったのだろう、よりによって危険地帯でそんな時がきてしまった。ハイルは悩んだここで引き返すべきか、そうしたら王都へ着くのは明日になってしまう。でもここで待たれてるということは別のルートでも待っているだろう。ここを強行突破して一気に王都へ逃げる選択もあるが危険過ぎる。でもやるしかない。
「相手は5体、少なくとも全部相手にすることは避けた方が良さそうだ。少しでも分散させて一気に駆け抜ける。戦う体力もねぇし、ここで撒くしかないな」
渓谷を抜けてもまだ少し王都へは距離があるが平原には戻れる。そこで撒けば無事に安全な王都へ辿り着くことができる。息を整え、考えた計画をもう一度しっかり確認して地面にある石を二つを両手で拾った。そして大きく息を吸ったのと同時に左手を振りかぶり
「こっちだぁー!クソ野郎共ォ!」
そう叫びながら石を投げた。ハイルは少し道の幅が狭い所に移動するとそれに気づいたハウンダー達は一気に走ってきた。
「よしよし、そのままこっちにこい…オラァ!」
今度は右手に持っていた石を投げて見事先頭のハウンダーの頭に直撃させた。だが残りは全力疾走でこっちへくる。とそこへ
「バカだなお前ら。くらえ!電撃魔法だ!!」
正確には魔法ではなくレオンから受け取った非常時用の魔鉱石を発動させた。ハイルは魔法が全く使えないのでレオンが相手の足止めになる為と渡したが早速使うことなった。そしてその電撃で五体のハウンダーが唸りを上げて怯み、うち一体が川へ落ちた。その間にハイルは少しでも数を減らす為同じように怯んでいるハウンダー一体を蹴った。
「落ちろ!」
しかし蹴られた方向から察したのか落ちる瞬間に爪を立てて地面にしがみつこうとした前足がハイルの右のすねに当たった。ハイルはその痛みに声を上げてもう分散は十分だと思いその場から走って逃げたが、足に怪我を負ってしまった為全力で走れない。右足から血を流しながら平原へと足を運ぶ。
しかし電撃の痺れから回復したハウンダー三体は怒り、ハイルへと向かってくる。右足がジリジリ痛み両膝も地面に足がつく度に痛む。呼吸も荒くなりだんだんと背後から聞こえるハウンダーの唸り声が近づいてきて、ハイルはもう終わりだとおもった。ハイルは痛みで足がもつれ転んでしまった。振り返ると三体のハウンダーのうち一匹が飛びかかってきた。もうだめだと目を塞ぎ、両腕で受けようとした。しかしそこには何もなく代わりにハウンダーの鳴き声が聞こえた。ふと目を開けると一体が横へ吹っ飛び、他の二体はハイルではなく別のものへと目を向けていた。ハイルもその方向へ目を向けるとそこには杖を構えた老人が立っていた。すると二体のハウンダーは老人の方へと襲いかかった。
「ふんッ」
老人は杖でハウンダー一体を叩き下ろし、下ろした杖を振り上げて二体目のハウンダーを叩き飛ばした。二体はその場を動けずに痛みに悶えていた。ハイルはその光景に驚いたままだった。するとその老人が近寄ってきた。ハイルはもしかしたらこの老人が自分を狙っている奴かもしれないと思い後ろへと下がった。
「命を救った相手にお礼もなくその態度か、よっぽど追い込まれていたようだな」
全身黒いローブでフードを被って白い髭を生やした老人が杖をついて笑いながら言った。
「あんた何者なんだ?」
ハイルはまず何者かと尋ねた。
「はぁ、しつけのなっていない小童だな。俺は只の老いぼれだ。目の前で人が食われそうになってる所を見過ごすほど腐っちゃいない老いぼれだよ。まったく。」
そうだるそうに答えるとハイルに手を差しのべた。ハイルは一先ず助けてくれたということなのでその手を握り立った。
「わ、悪い。ちょっと複雑な状況でよ。助かったよ」
ハイルは素直に礼を述べるとその場から立ち去ろうとした。まだ渓谷を抜けていないので危険かもしれないからだ、すると老人はため息をついて声をかけてきた。
「おいお前、王都へ行くつもりなんだろ?その調子じゃあ大分やられてるな。まだ距離あるから乗って行ったらどうだ?」
たしかにハイルの体力は限界に近かった。ここでの戦闘の前はトロールとも戦ったし、さっきは足に怪我を負ってしまったからである。だが知らない奴に着いて行くなとはみんな知ってることだ、ここで乗るべきかどうか迷っていた、
「あんたも王都に行くのか?
「ああそうだ。俺の名前は……ベックだ。分かったら早く乗れ、また厄介事はごめんだ」
ベックという背が高く、ガタイがしっかりしている老人だった、それに戦闘に関しても経験があるようだったので騎士団の制服を着ていたら騎士と間違えるかもしれない。
「ハイルだ。厄介事に巻き込まれたくないなら俺と一緒にいるべきじゃないぜ。俺もよくわからないけど色んなもん呼び寄せるからな」
「だからって半分くたばりそうな奴を置いていけるか。ほら、つかまれ」
そう言ってバーダーに乗って手を出してきた。今度は素直を手を掴みバーダーに乗ったハイルだった。そしてそのまま王都へと無事についた。