2話「少年の決意」
左頬と右手がじりじり痛む。テーブルの顔を伏せて座っていると「また喧嘩したんじゃな、ハイル」と優しく声をかけてきた老人が反対側に座った。この老人はシャイルだ。伸びた白髪を後ろへ垂らし口髭を生やし、しわで目がたるんでいる猫背の老人だ。物心ついた頃から世話をしてくれてる親の様な人だった。勿論ハイルはシャイルの事を大切に思っているが、肉親ではないととっくに分かっていた。
「あいつらが故郷とじいちゃんの事を馬鹿にしたんだ。悪いのはあいつらだよ」そう応えたハイルは少し前に3人相手に論争の末に殴り合いを終えて泣き目で家に戻ってきたところである。ハイルのいた村は神による天災により炎で全焼されたと言い伝えられ生き残ったハイルの左腕の火傷は忌み嫌われていた。それの面倒を見ていたシャイルもまた今住んでいる村の住人から距離を置かれていた。
「本当の事を言ったんだ!変な奴らが魔法を使ったり、剣聖が助けに来てくれたりしたことを!」
あの日の夜の唯一自分だけが覚えている事実を話した。左腕の火傷もそう言っている。
「なのに信じてくれない…」信じてくれるのはシャイルだけだった。「だからといって人を傷つけるものじゃない。彼らは怯えている。無理に信じさせようとしなくても、わしがちゃんと信じておる」そう言って痛む右手にそっと左手を添えて
「お前にこんな思いをさせてばかりで情けなく、信じることしかできてないわしじゃが、お前の事が大切じゃ。無理はしないでおくれ」とシャイルは言う。分かっているのだ。だからこそシャイルの事を馬鹿にしたことが一番許せなかった。
村で一度大雨や干ばつにより作物が収穫できない事態が起こったとき、ハイルが原因だと村から非難された。大人から通りすがる度に小言を言われ、同い年の奴らからは石を投げられたこともあった。幼いハイルにもこんな事はあまりにも理不尽だと分かった。今でも続いているそんな理不尽の中シャイルはそんな戯言を信じずに守ってくれた。だからハイルは絶対に挫けなかった。「じいちゃんは何でもしてくれて、うれしいよ。でもみんなじいちゃんを悪く言うから……ごめんなさい」伏せたままだった頭をあげシャイルに目を合わせて謝った。シャイルは自分は気にしてないと言うように頷き微笑んだ。そして少し明るい声で
「みんなが怯えなくて済むようにお前が強くなって『剣聖』にでもなったら、みんな信じてくれるじゃろうし。わしも感動じゃな。わははは」と冗談を言って場を和ませてくれる。シャイルはやはり良い人である。しかし、そんな冗談を間に受け目を見開いた純粋なハイルは「剣…聖…、俺が剣聖…?」と言ってにやけ始める。しまったとシャイルは思うがもう遅い。ハイルは急に立ち出し、さっきまで泣き目だった目が嘘のようにキラキラし右拳を握り言った「そうだよじいちゃん!俺、騎士かっこいいとおもってたんだ!剣聖になればみんな信じてくれるし誰もじいちゃんを悪く言わない!じいちゃんもうれしい!」そうして呆れたシャイルは軽くため息をして夕飯の準備のため立って腕を組んで「まったくお前は…全然反省の色が見られん。それにお前のうつわじゃ…」
「俺、剣聖になるぜ」話を遮られた。そもそも話
なんて聞いていなかったのかもしれない。もうハイルの目は明後日の方向を見つめていた。そしてシャイルはこの先自分の発言を深く後悔することとなった。巡り合わせてはいけない運命へと導いてしまった、あるいはもう定まっていたのか。シャイルは困った顔をしていた。
十二年後ーー
そんな事を思い出しながら小型のドラゴン、小型と言っても人間と比べたら大型のドラゴンに引っ張られる車に揺られながら窓から外を眺めるハイルは十七歳になっていた。窓の外に広がるのは王都アクロポリス。そこでハイルは騎士になるためアクロポリス騎士団城に向かっていた。「いよいよだな。じいちゃんには最後まで反対されたけどここまできちまったし、今までちゃんと鍛えてきたつもりだ。やってやるさ」そう意気込み目的地付近についたので片手に荷物をもってもう片手でフードをとった。ハイルの服装はいかにも旅人という見た目ですこし怪しめだった。そして左腕には火傷を隠すように包帯が巻かれていた。そんな左腕を眼前で構え言った「もう誰も俺みたいな思いはさせねえ。強くなるんだ」
そして騎士団城の門へと向かった。後ろの不気味な存在の視線に気づかずに。