1話「選ばれし者」
静寂の中誰かの叫び声が聞こえた、何を言っているのか分からない。徐々に体が熱くなるのを感じると同時に自分が瞼を閉じている事に気付く。
何かに寄りかかっているような体勢で全身の激痛がまるで元からあったかのように体を締め付ける。
肺に送り込む大気がとても熱く息苦しく感じ咳き込むのと同時に瞼を開く。
そこに広がるのは鮮やかなオレンジ色の業火と黒い煙、そして夜空に浮かび上がる不気味などす黒い紫の棒状の物体がいくつかあり、その下には数体の影がいる。さらにその足元には頭を垂れる一人の姿があり、こちらに気付いたように長い髪の間から目を向ける。女性だろうか。
そしてあれは優しさだったのだろうか、それとも悲しさだったのだろうか、あるいはその両方か。
そんな瞳から頬へ伝う雫が流れた瞬間夜空に浮かび上がっていた棒状のものが槍のように頭を垂れる姿を貫いた。
数体の影の中一体がその棒を操っていた事だけが分かった。片手をゆっくりと上げ、足元へと振り下ろした。
夜空に浮かび上がっていた残りの棒が背中から腹を貫かれてなお、かろうじて倒れずに、否、初撃の棒が地面に刺さり倒れられずにいる姿へと降り注ぎ、貫き、貫いた。
自分は初めてそこで動作を起こす。失ってはいけないものだと直感的に感じ、届く筈のない手を無残な光景へと伸ばす。次の瞬間その姿は爆裂し、跡形をなく消し飛んだ。消えてしまった誰だかわからない、失ってはいけない誰か。
妙な感情が込み上げて来るのを感じるとは別に何かに胸が締め付けるられる。そして伸ばした左腕に焼かれるような痛みが広がる。
痛みに声を上げた自分に気付いた数体の影はこちらに歩み寄り右手を上げ空に先ほど無残な光景を作り出した棒が現れた。
ただでさえ全身に激痛が走り、それを超える痛みが左腕にあるというのに、さらに体を貫かれるというのは、どんなに辛いのだろうか。
終わりの見える結末と感じることのできない痛みに怯えながら右手が振り下ろされるのを待った。
そこへ再び爆裂が生じた。今度のそれは先のものとは別であった。
土煙の中一番初めに見えたのは壁、いや大きな伸びた背中であった。左手には嘘みたいに輝く剣を手に一人で数体の影へ立ちはだかっている。そして意識が再び静寂へと引き戻される。瞼が閉じていく事に気付く。今度は囁き声が聞こえた、何を言っているのかは分かる。
「お前は選ばれた。」
それが主人公ハイルの幼少期の一番古く、恐ろしく、悲しい思い出だった。