ヨコシマな愛
その後割りとすぐに須口は目を覚ました。起きるなり、黒羽を見て顔を赤くする。初々しいやつだ。
「主人よ、そんなに照れるでない。ワシまで恥ずかしくなるじゃろうが。」
そんな須口を見て黒羽も照れていた。訂正、初々しいカップルだ。
「まあだが、ワシらの愛の誓いは、主従関係のものじゃ。ワシは主人を愛しておるが、それは主人としてじゃ。のう、主人よ。」
「えっ」
須口は一瞬唖然としたが、すぐに咳払いをし、顔を整える。
「もちろん、その通りだとも。僕達の主従の愛は深いからね。」
そうかそうか。残念だったな、須口。
「ねえ、圭一。私達も主従の愛を深めましょう。」
「こ、こら、圭ちゃんと愛を深めるのは私です。主従ではなく本物の。」
そう言って擦り寄ってくる二人。ああ、いつもの光景だ。やっとあの廃墟から脱出できたのだと実感する。
「さあ行こう、あんまりもたもたはしていられない。今日中には南房総に着きたいからね。」
こうして不思議な体験をした俺たちは、木更津の廃墟、いや、神の住む場所を去ったのだった。
車に乗ろうとすると、須口に、待て、と言われた。何かとおもったが、席を変わってくれとの事らしい。運転の交代かと思えば、どうも違うみたいだ。
「君は後ろに行ってくれ。」
ああ、黒羽と並んで座りたいのね。まあ須口は、生まれてこの方恋人など作ったことのない男だ。それが今では主従とは言え愛を誓う相手ができたのだ。浮かれているのだろう。
「いいよ、俺は後ろに乗る。」
須口の気持ちを大事にしてやりたいし、俺は素直に後部座席の真ん中に座った。すぐさま両隣を挟まれる。
「須口さんも、良いこといいますね、」
「そうね、ナイスアイデアだわ。反対側に変なやつがいなければもっといいんだけど。」
「それはこっちの台詞です。反対側にやかましいのがいなければ私だってどんなに良いことか。」
バチバチと火花を散らすように睨み合う二人。本当に後ろに来てよかったのだろうか。
「さあ、行くぞ。」
須口の声とともに車が走りだす。俺達は南房総に向けて出発した。
「次はどこに行くんだ。」
車が発進してから10分ほど経った頃、俺は聞いた。
「今日はもうスポットにはいかない。宿泊場所まで直行だ。」
まあ流石にもう日も落ちて真っ暗になっているし、ちょうどよいだろう。宿泊場所はどんな所だろう、海が見えるような場所がいいな。俺はそう思いつつ腹が減ったので途中コンビニで買ったパンを取り出した。
「圭ちゃん、それなんですか。」
「これは塩パンだよ。うまいぞ、食べてみるか。」
慈は食べられるのかとふと疑問に思ったが、頷いて口を開けたので食べさせてやる。
「あ、これダメです。」
かじった瞬間慈がまずい、という顔をした。そしてうっすら消えかかり、慌てて意識を取り戻すかのように首をふるふると振り、消えかかった体がもとに戻る。
「危ない、塩で清められる所でした。」
危機一髪、といった風に言う。だが、確か昼間は。
「昼間は塩を撒かれても平気だったじゃないか。口から摂取するとダメなのか。」
「それはだね、国木田君。塩は浄化するもの、つまり不浄なものが清められる。昼間の慈さんは清らかな状態だったのではないだろうか。」
つまり、今の慈は不浄な存在になっていると。
「どちらかと言えば、不浄というより邪な気持ちのようじゃな。」
黒羽が笑いながら言う。なるほどな。
「私の愛は不浄でも邪でもありません!」
俺たちの車は、傍から見れば二人しか乗っていないはずなのに、とても騒がしく、楽しそうであった。
夜の7時を回った頃、須口は車を停めた。窓から外を見てみると、そこは観光地の無料駐車場といった具合の場所であった。
「須口、ここは何なんだ。」
今日はもうスポットには行かないと言っていたはずだ。するとつまり。
「ここが今日の寝床さ。車中泊と洒落込もうじゃないか。」
俺は溜息をつく。
「こんなに疲れたのに、車中泊なのか。」
まったく、勘弁してほしかった。