行きはよいよい帰りは怖い
二人と手を繋ぎならもう二周ほど廊下を回ってみたが、結局のところ、須口も見つからないしもと来た階段も見つからなかった。すべてのドアも調べ、下へ降りる非常階段も探したが見当たらない。完全に下へ降りられなくなっていた。
「桐、さっき車のドア、抜けたろう。あんな感じで外に出られないのか。」
俺はふと思いつき、桐に聞いてみる。桐はやってみる、といい壁に向かって歩いていったが、ゴン、と大きな音をたて、壁にぶつかった。
「いたた。私は一応精霊だから普通の霊よりは力は強いはずなんだけど、ここはもっと強い力で封印されてるみたい、出られないわ。」
精霊より強い力、それはもしかしたら、神が起こした神隠しなのかもしれない。
「圭ちゃん、ひょっとしたら須口さん達も同じような事にあって、下へ降りられなくなって上へ行ったのかもしれないですよ。3階の方へ行ってみませんか。」
確かに、ここで神隠し云々を考えていても埒が明かない。慈の言うとおり、上へ行ってみるしかないようだ。
3階、4階と続けて見てみたが、どちらも客室階であり、特に何もなかった。須口もいなければ、下へ降りる階段もない。5階まで来ると、大浴場入り口と書いてある看板が見えた。どうやら客室は2から4階までらしい。
「こういう時水場っていうのはあまりよろしくないんだが、行ってみるしかないか。」
水場では霊障が起こりやすいと聞く。それに廃墟の風呂なんて気持ちが悪い。
「鍵、あいてるみたいですよ。」
半開きになった大浴場の引き戸を指差しながら慈が言う。この階は大浴場しかないみたいだ、引き戸を開き、中を覗き込む。
脱衣所は割りと整然としていて、駕籠が散乱しているようなことはなかった。きちりとロッカーに並んでいる。鏡も割れたような形跡はなく、フラッシュライトの光を反射していた。しかし、
「すでにカビ臭い。脱衣所でこれなら浴場はどれだけ臭いんだ。」
このカビ臭だけはどうにもならなかった。ものすごく臭う。浴場に行きたくないという気持ちが最大値まで高まった。
「あら、何かしら、これ。結婚式のパンフレットみたいだけど。」
桐が足元に落ちていた紙に目をやった。どれどれ、なるほど、ここは結婚式ができるホテルだったみたいだな。どうやら神前式のようだ。1階にあるホールで結婚ができるらしい。
「いいわね、結婚式。私達もここで挙げてっちゃおうか。」
何を言っているのだこの守り刀は。こんな廃墟でしかも出られないような状態で挙式など挙げられるものか。挙げてたまるか。
「抜け駆けはダメですよ、私だって圭ちゃんと。いえ!こんな状況でいう事じゃないでしょう。」
俺の腕に擦り寄ろうとする桐を慈が止めようとする。そんな風にワイワイと騒いでいると、後ろの方でガコンという大きな音がした。
「なんだ、今のは。須口か。」
もしくは、須口じゃないとすれば、厄介事か。
「もしかして、見に行くの。」
「廃墟で鳴り響いた大きな音に自ら近づいていくんですか。」
君たちはそんなに怖いのか。まあ、俺も怖くないといえば嘘になるが、でも須口かもしれないという可能性があるかぎり、見に行くしかないだろう。
音がした方、つまり浴場とは反対側の、階段がある方に行ってみる、慈と桐を引き連れて。窓がない暗がりのロビーに、明るい光が見えた。須口のライトだろうか、そんな期待をしながら脱衣所とロビーを仕切る先ほどの引き戸を抜けた。
「エレベーターだ。」
エレベーターがドアを開いていた。蛍光灯の明るい光を内部から発しながら。電力は生きていないはずだから、これはもう心霊現象として見ていいだろう。だが、
「乗ってみたい人。」
俺は二人に問うた。もちろん二人とも首をちぎれんばかりに横に振ったが。
「でも、あれで1階に降りられるかも知れないよ。試してみないかな。」
そう、どんどん上へと上がってきたが、1階に降りる手がかりが目の前にあるのだ。試さない手はない。
「圭ちゃんってこういう時の度胸がすごいんですね。よくあんなのに乗ろうと思いますね。でもしょうがないです。私はついていきますよ。」
「け、圭一を守るのが私の役目だからね。ついていくわ。」
そうと決まればドアが閉まる前にさっさと乗ろう。俺たちはエレベーターまで素早く移動し、乗り込んだ。蛍光灯の真っ白い光がやけに気味悪く見える。
「とりあえず1階を押して。」
ボタンを押すとエレベーターはドアを閉め、下へと動き出した。さて、これからどうなるのだろう。こんな状況下でありながら、少しワクワクしているような自分がいて驚いた。確かに冒険活劇等は好きだったが、自らがこんな自体に陥りながらもワクワクできる神経があるとは。
そんなことを考えているとエレベーターは止まった。階層表示は1階を指している。運が良ければこのまま出られるだろう。エレベーターは確か1階ロビーの階段のすぐ隣にあったはずだから、もう扉が開けば外が見えるはずである。だが
「どうやらすんなりとは帰してくれないみたいだな。」
俺達の目の前にはロウソクの様な明かりが点々と灯ったまっすぐな廊下が、見えないくらい奥まで続いていた。