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廃ホテルとダンジョンと

 ラーメン屋でうまいことロリコン疑惑の件を回避した俺は、須口と運転を変わり一路木更津へと向かった。今日初めての運転である。慣れない車に戸惑いつつも、先程より若干落ちてきた夕日をサンバイザーで遮りながら運転する。他人の車というのは些か緊張する。いくら保険に入っているとは言え、ぶつけるわけにはいかない。慎重になりつつも割りとペースは速めに飛ばしていった。

 途中渋滞予報が出ていたので大分かかると思っていた道だったが、案外すんなりと渋滞を抜け、4時半過ぎには木更津に到着した。予定よりも30分ほど早い到着である。ナビに映し出される目的地の近くのパーキングに車を停め、俺たちは木更津に降り立った。

「これから行く先は廃ホテルだ。一応、廃墟探索の準備をしていってくれ。」

須口の言葉に、日常では聞き慣れない廃墟を探索するという言葉に、多少胸を踊らせ、そしてかなりの不安を抱えつつ準備をした。廃墟探索とはいわば不法侵入である。警察のご厄介にならなければいいが。

 支度を終え、廃ホテルの方面へ歩を進めていくと、木更津の港町が見えてきた。夕日が落ちるか落ちないかの寸前の真っ赤に染まる海がとても印象的に見える。輝かしくもどこか怖いもののように見えるのは、これから行く先の事を考えているからだろうか。

 港町から僅かだが路地をいくつか入った先にお目当ての建物はあった。蔦がからまり、薄汚れた壁面にボロボロになったホテルの看板。割れた窓ガラスも見える。これぞまさしく廃墟と言ったところか。

「いいじゃないか、国木田君。よく雰囲気が出ているね。ちなみにここは、一度入ると出てこれないと言われている場所なんだ。さあ、侵入口を探そう。」

何故入ったら出てこれない所にわざわざ入らなくてはいけないのだろう。だが、今回の旅はそれを体験するのが目的であるし、まあ、ここまで準備をして来ているのだ、今更喚いたところで仕方がないと思い俺は須口に従い入り口を探し始めた。

 裏口は錆びてはいるが頑丈な柵と南京錠で施錠してあり入れそうにはない。窓も一階部分は木で打ち付けてあり、侵入者をきちんと拒んでいた。これは侵入口が見つからずに不発に終わるか、と思ったその時だ。

「ここから入れそうだ。さあ、行くぞ、国木田君。」

まさかの正面玄関が開いていた。一応ロープで覆ってあるが、いともたやすくすり抜けられ、半開きになった自動ドアから中に入れそうである。まるで誘い込むかのようにぽっかりと開いた口から、俺たちは食虫植物に吸い込まれる羽虫のように中に入っていったのだった。

 ホテルのなかは真っ暗闇に包まれていた。もちろん、一階部分は窓も打ち付けてあったし、電気も通っていないから当たり前の事なのだが。カバンから小型のフラッシュライトを取り出し、辺りを照らしてみる。

「割りと小さいロビーですね。」

「新聞が落ちてるわよ。今から25年前くらいの記事みたい。」

「埃っぽくて嫌じゃの。」

慎重に探索を始めようとした俺達とは対象的に、女性陣は皆、好きなようにロビーをうろつき始めた。ガラス片とか釘とかあって危ないだろうと思ったが、よく考えてみたら肉体は無いのである。怪我のしようもないか。

 実際、ロビーは割りと小さくまとまっており、カウンターも対応できる人数は一人であろうと言う程小さいものだった。ホテルを廃業した時に何も整理せずここを去ったのであろう、パンフレットや、帳簿、ペンと言ったものから、鍵らしきものまで多々に渡るものが残されていた。落ちているものを踏まぬよう、壊さぬよう気をつけながら色々と探索していく。須口は床の強度を確かめているようだった。

「だいぶしっかりとした廃墟だね。この様子なら二階にあがっても平気だろう。地図によれば二階は客室らしい。行ってみようか。」

ロビーの脇にある細い階段が二階へと通じている。一段一段強度を確かめながら登っていくと、二階はやはり荒れ果ててはいたが、絨毯敷きの廊下に左右に客室への扉が並んでいた。

「時間も時間だ。一つ一つ部屋を調べている余裕はないな。大雑把にぐるりと回ったら帰ろうか。」

時刻は午後5時手前を指している。まだこの先も車で移動するなら早く切り上げたほうがよいだろう。

「慈、桐、気をつけて。」

俺は階段を後から登ってきた二人にそう注意を促す。気遣ってもらった二人は満足そうに微笑んでいた。

 黒羽は先行する須口の後ろを歩き、キョロキョロと辺りを見回していた。

「先程見た地図では、二階の廊下は口の字につながっているらしい。せっかくだし、ここは二手に別れて逆方向に進んでみないか。」

あんまりよろしくない提案である。こういう所で別れるのは危ないんじゃないだろうか。

「それじゃ、僕は先に行くよ。黒羽、行こうか。」

少し浮ついたような声を出してスイスイと先に進んでいく須口の後ろ姿を見て感づいた。ああ、黒羽と二人きりになりたかったんだ、と。まあ、そういうことなら仕方がない、俺は慈と桐を連れ、須口とは反対方向に歩き出した。

 廊下は特に何もないので、とりあえず客室のなかを覗いて回ってみる。どの部屋も皆畳敷きの和室で、座布団や布団が散乱していたり、畳が剥がれた部屋もあった。だが、まあ、これと言って面白いようなものはない。そのまま幾つかの部屋を素通りして歩いてきたら、階段の所に戻ってきた。

「ありゃ、須口と会わなかったな。どこかですれ違いしたかな。」

見て回らなかった部屋に須口がいたのだろう、踵を返し、もと来た道を戻る。

「おーい、須口。」

名前を呼びながらウロウロと部屋のドアを開けていくが、なかなか須口と巡り合わない。そのまま、また階段の所に着いてしまった。こりゃいよいよいかんな。完全にはぐれた形となってしまっている。

「あれ、圭ちゃん、おかしくないですか。」

慈が何か気づいたように階段の方を指差した。暗くてよくわからなかったが、先程登ってきたはずの一階から通じている階段は、何故かソファやら自動販売機で途中から塞がれていた。

「おかしいわね、登ってきたときは無かったはずよ。」

そりゃ登ってこれたのだからあるわけがないだろう。ということは、ここはさっきの階段とは反対の場所で、逆側にも階段があった、とかそういう類の事なのだろうか。

「まあ、多分もう半周すれば最初の階段に戻れるだろう。須口を探しつつまた戻ってみようか。」

そう二人に告げ、そして自分にも言い聞かせるように言葉を発し、また歩きだした。須口の名前を呼びながら3人で歩くが、またしばらくすると須口に会わずに階段へとぶつかる。

「ここ、さっきの階段よ。ほら、塞がってるもの。」

おかしい、ぐるりと一本道を来たはずだが、階段は別のものだと思っていた塞がれた方の階段だった。あの大きめの階段を一つ見落とすほど三人共耄碌していないはずである。これは何か変なことが起こっている、そんな気がした。

「それじゃあ、ちょっと二人はここで待っててくれ。もう一周してやはりここに戻ってきてしまうのか確かめてみよう。」

俺はそう伝え、歩きはじめようとしたが、二人に袖を掴まれて立ち止まった。

「け、圭ちゃんは怖くないんですか。こんなことが起きてて。私がついていってあげましょうか。」

「い、いいえ、私がついてくわ。なんてったって私は圭一の守り刀なんですからね。守るのは私の役目よ。」

ははあ、なるほど。二人共怖いのか。声が震えているのがよくわかる。幽霊や精霊でも怖いっていうのはあるものなのだな。

「わかった、やっぱり3人で回ろう。もう一周してダメなら、また考えよう。」

俺は二人の手を握り、両手に花の状態でまた二階の散策を始めたのだった。


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