フルハウス!
須口は誰の目から見ても明らかに落ち込んでいた。まあ、無理もないだろう。自分で企画した心霊旅行は本当に心霊現象に見舞われたが、当の本人は一切と言っていいほど関与できていないのだから。それでかつその豊富な知識だけを俺に説明するだけになっている。落ち込んで当然だ。
「そろそろ行こう、次の目的地までは2時間位かかるぞ。」
あまり元気のない声でつぶやく須口が痛々しかった。どうにかしてやりたいが。
「なあ、二人とも、須口にも君達が見えるようにはできないかな。」
いくらなんでも可哀想である。俺は二人に問いかけたが、返事は否だった。
「それは、須口さん次第ですから。」
とのことらしい。須口にそう言う感覚、能力、分からないが、それが無いせいで見えないのは、須口のせいと言うわけではなく、生まれ持った体格や声、顔がそれぞれ千差万別なのと同じようにたまたま無かったのだろう。そんな須口を誰が責められようか。
いたたまれない気持ちになりつつも助手席に乗り込む。コインパーキングから出発した車は須口の運転で国道に向かって走り出した。
「次の目的地は木更津だ。ここからは結構かかるぞ。まあ、途中疲れたら運転変わってもらうかもな。」
そんなのはお安い御用だ。いくらお前が行きたい旅とはいえ、ずっとお前に頼りっぱなしなのもな。
「さあ、行くわよ。何が来ても圭一を守ってあげるんだからね。」
「次はどんな所なんでしょうね、楽しみです。」
ちゃっかりと左右の後部座席に座った二人は呑気そうにそんなことを言っている。時刻は午後3時を過ぎた頃だった。
途中コンビニで休憩を挟みながら俺たちは木更津に向かう。休憩の都度、運転を変わるかと聞いてみるがまだ大丈夫だと須口は言った。地図で見る限りこれから先は一本で行けそうだ、このままだと交代なしで着いてしまうのではないだろうか。
車は国道の大通りを走る。そろそろ夕方という時刻になりつつあり、落ちはじめた夕日が車の中を赤く染め上げていた。それが眩しくてたまらない。須口も、サンバイザーを夕日の方向に合わせてちょくちょくと動かしていた。
だがそれもちょうどサンバイザーが動かない方向から夕日が目に入ってきてしまうようになった。これは眩しい。さすがの須口も愚痴をこぼした。
「いくらなんでも、これは眩しすぎる。どうにかならないものか。」
確かにこれは厳しい。事故でも起こしたら大変だ。そう俺も共感した時、
「ワシが遮ってやろうか。」
車の中に声がこだました。女性の声だ。後ろを振り返るが、女性陣二人は首を横に振る。彼女達が発したわけではなさそうだ。
「国木田君、今の、君にも聞こえたかい。」
それは俺が言いたい台詞だ。須口、お前にも聞こえていたのか。
「一体全体、誰なんだ。声の主は。ようやく僕にも君に憑いた二人の声が聞こえるようになったのか。」
少し嬉しそうに須口は語る。
「そうではない。ワシはお主のモノじゃ。須口真利よ。お主の守り刀じゃ。」
それには二人とも、いや四人とも驚いた。須口の守り刀が喋っている、というのか。
「ワシは今は出てこれぬ。席が埋まっておるからな。その後ろの、真ん中にある最後の人形を取り払ってくれれば、ワシはお主達の前に姿を見せることができるぞ。」
最後の人形。後部座席の中央、慈と桐に挟まれた席にまだ留めてあるものだ。
「国木田君、試しにそれを取ってみてくれ。」
須口はその声色と表情から、とてもワクワクしているのが見て取れた。無理もない。突如車中に響き渡った声は、自らを須口の守り刀だというのだ。それを前にしてワクワクするなという方が酷だろう。
俺は須口の言うとおり、後部座席に体を伸ばし、人形を取り払った。その時慈から見えない角度で桐に頬にキスをされたのは誰にも内緒だ。そして俺が体を助手席に戻そうとした時、その人物は姿を表した。
赤い着物に身を包み、金箔があしらってある黒い帯を巻いた和服の女性が、透き通るような薄銀色の長髪を西日に煌めかせながら座っていた。
「これは、僕にも見える。」
ルームミラー越しに須口も彼女の存在を視認できたようだ。呆然とルームミラーを見つめている。頼むから運転中だ、前に集中してくれ。
「須口、一旦休憩だ。近くのコンビニか何かに停めてくれ。」
今の状態で運転を続けるのは危なすぎるので、俺はそう促した。ああ、と須口は空返事をすると、近くのラーメン屋の駐車場に入り、車を停めたのであった。
とりあえず俺と須口、そして慈と桐、それに須口の守り刀の精はラーメン屋に入る。ボックス席を陣取り、俺と須口が並び、三人が対面に座った。
「国木田君、僕はね、今言葉では表しきれないほどの驚愕と感動を受けているよ。今ね、僕にも目の前に三人が見えるんだ。」
声を弾ませながら言う須口は本当に楽しそうで、まるでそれは初めて見るものに目を輝かせる少年のようだった。
「初めてお目にかかります、慈です。」
「桐よ。はじめましてになるわね。」
「須口です。あなた方を見ることができて光栄です。」
やっと二人が見えるようになり、初めての挨拶を交わす。これでもう須口は落ち込むことはないだろう。俺と同じ状況下に立てたのだから。
そして挨拶を交わしている間黙っていた、銀髪の女性、須口の守り刀の精に目を向ける。
「それで、あなたのお名前は。」
「黒羽だ。」
俺の問に答えたのは須口だった。
「僕が作った守り刀、黒羽だ。そうだろう。」
黒羽、と呼ばれた女性は頷く。次に気になったのは。
「どうして、そのような格好なのですか、なんというか、まるでおとぎ話に出てくる九尾の狐のような、そんな印象を、受けます。」
「僕の趣味だ。」
そうかお前の趣味だったのか。こういうのが好きなのね。
「ワシ達は主人の願望によって生まれたのじゃ。だから主人の好みを反映しているのは当たり前であろう。」
つまり、俺の趣味は。
「圭ちゃんってロリコンなんですか。」
違う。断じて違うと言いたい。いや、若い子は可愛いと思うがそれは恋愛感情等ではなくそれはその。
「圭一の好みは私ってことよ。残念だったわね、慈。」
鼻高々な桐と、不満そうな目を向けてくる慈。えっと、どうしたものか。
「く、黒羽さん。あなたは何故出てきたのですか。そして須口があなた達を見えるようになったのは何故なんですか。」
とりあえず話題を逸らしておく。そのほうが安全だと思ったからだ。
「ふむ、それはじゃな、守り刀として、主人の願いを叶えとう思うのは当然の事じゃ。だからワシは出てきた。そして、ワシの主人が二人を見えるようになったのはワシの力が関係しておる。昨晩ワシを作った時に、よほど想いが強かったのじゃろう、ワシは普通の守り刀よりも強い力をもっていてな、その力を少しこやつに分け与えたのじゃ。」
なるほど、そう言う理由だったのか。
「圭ちゃん。話を逸らしたつもりかもしれませんが、さっきの答えを聞いてませんよ。」
「圭一、素直に言っていいのよ。私が好きだって、好みなんだって。」
「ワシは須口真利の守り刀じゃ。よろしく頼むぞ、主人よ。」
「ああ、よろしく頼む、黒羽。そして国木田君、ちゃんと答えを出したほうが良いと思うぞ。」
人間の男二人に幽霊の女三人。ちょうど5人乗りの車に乗り切れるだけ揃ってしまった。これではまるで
「ハハハ、まるでフルハウスだ。」