第8話
あたしは階段を駆け上がり、廊下の突き当たりの教室へ向かった。
「2―8」と書かれた教室からは、がやがやとひときわ大きなしゃべり声がする。
うちのクラスは校内でも指折りのバカがそろってるからだ。
ガラガラとドアを開けると、その声はいっそう大きくなった。
ドアの近くの席では、バリバリに化粧した茶髪の女子軍団が恋バナで盛り上がっている。(義将が『こいつらはヤマンバか?』と恐ろしがった)
何人かの男子は教室のうしろのスペースを陣取って野球をしている。ちなみにボールは丸めた手袋で、バットはマフラーだ。
そこからは時折歓声が上がった。
あたしはヒットが飛んで来ないように祈りながら、そろそろと一番後ろの机にカバンを下ろした。
すると、肩をぽんっと叩かれた。
「万夜、おはよ」
うしろを振り返ると、サラッとした黒髪が目に入った。くせっ毛のあたしには永遠のあこがれだ。
「麻海ー、おはよっ」
麻海はにこっと笑った。女のあたしでもズキュンときてしまうかわいさ。
おとなしくて優しい性格の麻海は、男子にもモテモテだ。
あたしにはない物をみんな持っててうらやましい。
そういえば、麻海の長い黒髪を見てると何かを思い出す。
何だっけなあ…
その時、バーン!とドアが乱暴に開けられた。みんな一瞬静かになり、ドアに視線が注がれる。
すると、息を切らした女の子が興奮したようすで教室に飛び込んで来た。
「ねえっ!今日このクラスに転校生来るんだって!!」
「「えええーっ!まじで!?」」
教室は一瞬にしてハイテンションになった。
女子は『転校生』の情報を聞き出そうと、入って来た女の子の周りに集まっていく。
「ねっ、行ってみない?」
そう言った麻海の目も好奇心できらきらしている。
「う、うん…」
あたしは麻海に引っ張られて輪の中に入っていった。
何かがスッキリしない。何を忘れてるの?
「さっきね、職員室に行ったのよ!そしたら、超美形の男の子が担任と話してて『じゃあ今日からうちのクラスの一員だな』って言うのが聞こえたんだから」
「えっ待って、超美形ってマジ!?」
「マジマジ!背高くて黒い髪で、顔なんてもう…超かっこいい!」
「「キャー!」」
黒い髪、転校生、男の子…
「あーーーっ!そうだった!!」
あたしは思わず叫んだ。
みんなからの怪しげな視線があたしに注がれる。
「万夜…どうしたの?」
「あーいや、何でも…」
はははと苦笑いすると、また話は再開した。
『お前…忘れてたのか』
義将があきれた声で言った。
――だって…おじいちゃんにすっごい怒られてそれどころじゃなかったもん…
だけどこうしちゃいられない。
あたしはこれから来る転校生と友情を築かなきゃいけないんだから。
その時、キーンコーンカーンコーン…とチャイムが鳴り響いた。
あたしの心臓はドクドクと高鳴り始めた。