第6話
やっと寺の庭にたどりついた。義将は庭の上空をぶんぶん飛び回ってはしゃいでいる。
まさか本気で家までついてくるとは…。その気力とヒマさに、もはやあきれるの域を超えている。はあっとため息をついた。
「言っとくけど!」
あたしはしゃちほこをつついている義将に叫んだ。
「へんな真似したらすぐに成仏してもらうからねっ」
やり方知らないけど。
義将は、はいはいと言うように手をひらひらさせた。絶対こいつ聞いてないな。
ほっといて玄関の戸をガラガラと開けた。何だか暗い…何かが家の明かりをさえぎっている。
まさか・・・・・おそるおそる視線を上げてみる。
それは仁王立ちして行く手を阻むおじいちゃんだった。
「ほお〜…お仕事は楽しかったか?万夜…」
おじいちゃんは笑顔で言ったが、目が笑っていない。
「お…おじいちゃん…」
あたしはなんとか笑ってみせたが、かなり引きつっているに違いない。
「そっ、そりゃあもう…楽し…」
「この馬ッ鹿娘があああああっっ!!!!」
どかーーーーん!!と寺で爆発が起こった。山鳥が一斉にバサバサと森から飛び立った。
おじいちゃんはあたしを玄関に正座させ、ものすごい勢いでわめきだした。
あたしは気が遠くなるような説教を数時間聞かされたあと、目から火花が飛び散るようないたーいげんこつをお見舞いされた。
その夜、あたしは夕食抜きの刑をくらって、死んだようにベッドに寝っころがっていた。ズキズキする頭にそっと手をやると、大きなたんこぶができている。
あんにゃろう・・・・
義将はさっきから部屋の真ん中にどっかと座っている。
『おまえんちの出迎えは変わってるな』
ほんっと、もうサイコーよ。
『さっきじいさんの部屋に行ったけどな、寝言でまだおまえのことしかってたぞ』
義将は笑いを含んだ声で言った。
「へー…」明日には忘れてますように。
ぐううーとお腹が鳴った。ああ、お腹すいた…
その時、コンコンとドアを叩く音がした。
義将ははっとして、すぐに部屋の隅に移動した。
「――万夜?起きてる?」
圭太の声だ。
「あー…うん、起きてる…」
あたしはうめくように返事をした。
ドアを開けて入ってきた圭太の手には、夕食がのったお盆があった。あたしは一気に気分が上がった。
「ほら、これでも食えよ」
圭太はちゃぶ台に湯気の立つシチューを置いた。よだれが出るほどおいしそうだ。
「圭太…あんたってほんっと最高!」
あたしは思わずベッドから降りて圭太に飛びついた。
「うわっよせって、きもい!」
ぱっと手を放したあとも、あったかい気持ちでいっぱいだった。
あたしは、弟のたまに優しいところが大好きだ。
弟はよれたスウェットを直すと、いつものように目を輝かせた。
「…で。今日も聞かせてくれよ、依頼の話!」
あたしはあったかいシチューで口をはふはふさせながら、今日の出来事を語った。
圭太はあたしの仕事話を聞くのが大好きらしい。つまらない話でも熱心に耳を傾けてくれる。
今日出会った姉弟の話が終わると、しみじみとした顔で言った。
「その人、これからも幸せでいてほしいな…弟のためにも」
「いるよ、ぜったいにね」
あたしが自信満々にうなずいてみせると、圭太は「ははっ」と笑った。
「ていうか、おじいちゃんもあんなに怒らなくてもいいのにね?ほんっと頑固なんだから…」
あたしはふんと鼻を鳴らして言った。
圭太はやれやれって顔をした。
「あのなー…そういうお前もあんまり心配かけさせるなよ」
「心配!?これが?」
あたしはたんこぶを指さした。
「恥ずかしがってんだよ、あれは。あの石頭が『よく帰ったな〜』なんて言うわけないだろ。万夜は知らないだろうけど、おじいちゃん、お前が帰ってくるまでそわそわして家中歩き回ってたんだぞ?何度も何度も『今何時だ?』って聞いちゃってさ」
圭太はくすっと笑った。
そんなおじいちゃん、あたしは見たことない。怒鳴っているところは嫌というほど見たけど。
あたしが幽霊の依頼に行くことを、心の中では心配していてくれたんだろうか。
だからいつもあたしに反対するのだろうか。
「…まっ、土産話を作ってきてくれるのはいいけど、ほどほどにな」
圭太はそう言って立ち上がった。あたしは答えられなかった。
「じゃ、俺寝るわ。皿片付けといてくれよ」
「うん…」
パタリとドアが閉まった。義将が部屋の隅からゆっくり出てきた。
『いい家族だな』
あたしは義将に弱く笑った。
「でしょ?」
その夜は、ぐっすりと眠れた。