第5話:奇妙な依頼者
住宅に囲まれた帰り道は、人通りがほとんどなくなっていた。
真っ暗な道を電柱の街灯だけが道を照らしている。来るとき通った道なのに昼間とはまったく違う雰囲気だった。
ざわざわと冷たい風も吹いてきた。ひゅうーっと耳元で風が鳴る。
なんだか不気味だ。あたしの胸に不安が広がる。
さっさとうちに帰ろう。
あたしはマフラーに顔をうずめて、こぐ足を早めた。
とその時、
びゅうっ!と前から突風が吹き付けた。あまりの強さに、自転車はスピードを失い、あたしはよろけて足をついた。
風はあたしを吹き飛ばしそうな勢いでびゅうびゅう吹いたあと、しばらくして止んだ。
ふうー、もう安心だ。
閉じていた目をぱちぱちとしばたいて、顔を上げると…
なんとそこに、髪の長い女が立っていた!
あたしはびっくりして飛び上がりそうになった。
『こんばんは』
その若い女性はそんなあたしにかまうことなく、すっと頭を下げた。
な、なんだ…口裂け女とかじゃなかったのね…
そうわかってほっとしたが、あたしのどきどきした心臓はまだ治まっていなかった。
ていうか、よく見るとこの人…幽霊だ。
女性は頭を上げてあたしを見つめた。あたしは今改めてその顔を見て気づいた。
すごく、きれいな人。しっとりした日本人らしい顔立ちで、真っ白い肌に長い黒髪が際立っている。しかし、その目はどこか虚ろで、何の感情も読み取れない。
『あなたが幽霊と話せるという、朝日奈万夜さんですね』
「はい、まあ…そうですけど…」
かしこまった態度に、思わずまごついてしまう。
女性は事務的な口調で言った。
『あなたに、依頼をお願いしたいのです』
その言葉にあたしは内心驚いた。今までたくさんの依頼を受けてきたけれど、幽霊の方からお願いされるなんて一度もなかったからだ。
「は…はい、あたしに出来ることなら何でも」
そう言うと、女性の表情がちょっとだけ和らいだ。
「で、どんな依頼ですか?」
女性は少しためらってから言った。
『明日、あなたの学校に男がやってきます。その男と仲良くなり、私のもとへ連れて来て下さい』
…はい?
あまりに短かったので、あたしはすぐには理解できなかった。
ていうか、依頼の意味がよくわからない。特に、その男と仲良くするってとこが。
「あのー…連れて来るのはいいんですけど、何で…」
『詳しいことはまた後ほどご説明致します』
女性はけっこう強引にさえぎった。
『それでは、また…』
女性はそう一言残してすうっと消えていった。
あたしはぽかーんとして立ち尽くしていた。
つまり?明日学校に来る男と仲良くなって?女性のもとに連れて来いと?
女性のもとって言われても、出たり消えたりできるのに分かるはずないじゃないの!
あたしは道の真ん中で一人憤慨した。
それに男ったって特徴もわからない。一つくらい教えてくれても良さそうなもんなのに。
自然に口からつぶやきがもれる。
「わけわかんない…」
『全くだな』
「・・・・え!?」
がばっと振り返る。
「あーーーーっ!!義将!!!!」
『よっ』
今朝追っ払ったはずのそいつは、にかっと笑って片手をあげた。こっちはそんな穏やかな気分ではない。
「な、ななな何やってんのよ!」
『うーん、しいて言えば散歩してたら小娘が美女と話してたので…』
『声かけてみた!』そう言ってあたしの前にVサインを突き出した。
あたしはツっこんであげる元気もない。
「あらそー…よかったわねー。じゃ、あたし帰るから」
あたしは深いため息をつくと、のろのろと自転車にまたがった。
『なんかおもしろい話してたな〜、学校に来る男がどうとか…』
こいつ…ちゃっかり聞いてるし。
『俺、今日からお前についてっちゃおうかな〜』
・・・はっ!?「何で!!」
『だって何かおもしろそうだし』
こっちはちっともおもしろくないんですけどー。
あたしは不愉快な気分でうめいた。
反抗してやりたかったが、もう今日はくたくただ。それにこいつはあたしがどんなにおっぱらっても勝手についてくるだろう。現に今までそうだったんだから。
消えたいときには勝手に消えるんだろうし。
―――なんだ、許したところでこれまでと大して変わらないじゃない。
「勝手にすればっ」
ふんと鼻を鳴らしてそう言うと、義将の顔がぱっと輝いた。
やれやれ、やっかいなやつと関わったものだ。
とりあえず、うちに帰ろう。もうかなり夜が更けていた。