第3話:解決屋の仕事
学校はいつも通り、何事もなく終わった。
あたしはチャイムと同時に教室を飛び出すと、隣り町の依頼者の家に向かった。
今日のお宅は最近建てたばかりらしい。オレンジの屋根で、いかにも少女趣味って感じだ。
ぜったい新婚さんだ。
呼び鈴を鳴らすと、中からブリブリのエプロンをつけた女の人が出てきた。メイクが…濃い。
「あらあ〜!あなたが幽霊の退治屋さんなの?まだ学生さんじゃない!」
「はい」そうですが何か。
「そうなの〜なんだか意外だわあ…まっ、とりあえずあがってちょうだい」
家の中はレースとピンクの世界だった。壁にもカーテンにも、今はいているスリッパにも、レースレースレース。
目がレースで侵されてしまいそう。住んでて平気なんだろうか。
女の人が依頼の内容を説明しているのを、あたしは砂糖水のような紅茶をすすりながら聞いた。
なんでも、時々家の中で廊下を走り回る音がするという。他にも、閉めたはずの戸が開いていたり、物が倒れたりするらしい。
「ぜったい、あたしが前飼ってた猫のケティちゃんだと思うのよ!ダーリンと新しく引っ越してから死んじゃったんだけど…慣れないおうちで疲れちゃったのかしら」
はいはい、ケティちゃんね。
もっと深刻なのかと思ったら猫探しだなんて。何だかアホらしくなってくる。でも仕事は仕事だ。
「わかりました。とりあえず、家を調べてみます」
あたしはそのあと、家の中を歩いてみた。部屋を一つずつ、くまなくチェックしていくけれど、特に変わったところはないみたいだ。
すると、テレビの上に立てかけてある3つの写真が目に入った。
一番左の写真には、さっきの奥さんと旦那さん。青空ときらきらした海をバックに、幸せそうに寄り添っている。きっと新婚旅行の写真だとあたしは思った。
真ん中は少女と小さい男の子が写った古い写真。少女はたぶん奥さんだ。子供の頃の写真だろう。
そして最後のは、ぶよぶよに太った白いネコが写っている。これがケティちゃん。
こんなに大きけりゃすぐ見つかるんじゃないだろうか。
「ケティちゃん、ほおら出ておいで、ケティちゃん…」とつぶやきながら部屋を行ったりきたりして、出てくるのを待った。
しーんとした家に、あたしのケティちゃんを探す声だけが響く。
猫は一向に姿を見せないまま、30分が経った。
もうっ、どうなってんのよ!
あたしは途方にくれて、ぐしゃぐしゃと髪をかきまぜた。すると、
かたん
と、かすかに奥の部屋で物音がした。 奥さんはキッチンにいるはずだし、何よりその部屋はまだチェックしていない。
あたしの頭にピーンと光が差した。
――ビンゴだ。
あたしは、奥の戸をガラッと勢いよく開けた。
思ったとおり、幽霊はそこにいた。驚いた様子で部屋の隅からこっちを見ている。
ただ、そこにいたのは猫じゃない。
小学生くらいの男の子だった。
あたしは目を見開いた。
「あ…あなたがいつも物音をさせてる幽霊なの?」
『――誰?』
男の子は少し警戒気味に言った。
あたしはちょっとほっとしていた。人間なら話は早い。
「怖がらないで。あなたに何かしようってつもりじゃないから。ただ、この家の人が不安がってるから、できれば住みかを変えてほしいの」
男の子はびっくりした顔をした。
『お姉ちゃん、僕が見えるの…?』
あたしは微笑んだ。
「だって、こうして話してるでしょ?」
男の子は信じられないって顔でじっと動かなかった。
そしてしばらく考え込んだ末、男の子はゆっくりとあたしの前まで出てきた。
『…不安がるって、ここに住んでる女の人も?』
「そうよ」
そう答えると、男の子は悲しい顔になった。あわてているようにも見える。
ぐっと下に視線を落とし、やがてぽつりとつぶやくように言った。
『不安なんて…そんなつもりじゃなかったんだ。僕はただこの家の女の人に―――…姉さんに気付いて欲しかったんだ』
あたしはびっくりして目を見開いた。
「あなた…あの人の弟だったの?」
男の子はこくりとうなずいた。そういえばこの子、さっきの写真の男の子に似てる気がする。
「何で…気づいてほしかったの?」
男の子は押し殺した声で語りだした。
『僕、8歳の時に死んだんだ。交通事故で。姉さんは僕が死んで、すごく泣いてた…。本当に病気になるんじゃないかってくらい、すごく悲しんでて…放っておけなかったんだ。
だからずっとそばにいて見守ってた。でも姉さんはだんだん元気になって、大人になって、みんなにお祝いされながら結婚した。僕だってみんなと同じように姉さんの結婚を本当に喜んでるし、姉さんにおめでとうって伝えたい。
でも…』
男の子は肩をすくめた。
『これじゃあ気付いてもらえないよね』
あたしは何も言えなかった。
『それに…もう僕のことなんか忘れちゃったのかもしれないし』
あたしはいつの間にか涙ぐんでいた。まばたきをして、男の子の頭をそっとなでる。
その手には何の感覚も伝わってこないけれど、不思議と温かかった。
「そんなこと、絶対ないよ」
男の子の目をじっと覗き込んで言う。
「お姉さんには…あたしから伝えておくから。あなたに代わって」
『本当…?』
黒い目にきらきらと光がさした。あたしはしっかりとうなずく。
「ほんとっ」
男の子は嬉しそうににっこり笑った。
『ありがとう』
その笑顔が、あたたかな金色の光に包まれていく。逝く時が来たのだ。
男の子はまばゆい光の中で言った。
『あと…姉さん、あんな人だけど気を悪くしないで。本当はすごく優しい人なんだ――』
その言葉に、あたしは顔を赤らめて首をすくめた。
男の子は最後ににこっと笑うと、一筋の金色の光になり、天井を突き抜け空へと昇っていった。