第2話
あたしはブレーキを軽く握りながら、坂道をのろのろ下っていった。
ふうーっ危ないとこだった。
とりあえず助かったものの、今日帰ったらおじいちゃんはあたしをこっぴどく叱るだろう。つるぴかの額に青筋を立ててわめくおじいちゃんを想像した。
あたしは俗に言う、「見える」体質だ。さらに言うと、どっかの霊能者みたいにお経を唱えたり枝を振り回さなくても、それらと話すことができる。
おかげで周りからはいつも注目の的だった。「問題児」として。
何度病院に引っ張って行かれたか、両手じゃ足りないくらいだ。
おじいちゃんは断固として認めてくれない。そもそも幽霊とか非科学的なものを信じない人種だから。けど、あたしはこの仕事をけっこう気に入っている。
その仕事って言うのが、幽霊のお悩み相談所みたいな感じ。
ただし、お金がもらえるわけじゃない。ほとんどボランティアみたいなもんだ。
唯一の報酬は、ときどきちょっぴり感動をわけてもらえるってだけ。
あとはもう、困難と危険の繰り返しだ。
「――おい小娘」
「ぎゃっ!」
突然の声に、あたしはブレーキを緩めてしまった。自転車はすぐにスピードを上げ、坂道を滑り降りていく。
まずい、このままじゃ植え込みに突っ込んでしまう。
しかし自転車は急停止した。「自転車」は。
おしりが浮き上がり自転車から放り出されそうになったのを、自力でドスン!とサドルまで戻ってきた。
「助かっただろ?」
辺りを見回しても誰もいない。それもそのはず、声の主はあたしの真上に浮かんでいたから。
その幽霊は、あぐらをかいてあたしを見下ろしていた。自転車が急停止したのもこいつの仕業だ。
いたずらっ子のようなそばかすがある顔は、にやにや笑っている。あたしがみっともない格好をしたのがおもしろくてたまらないらしい。
「げっ、義将…」
「なんだよ。またチコクか?」
「わかってるならこういうことしないでよ」
「おかげで速く下れただろ」
あたしは無視して自転車を押して歩くことにした。さすがに乗る気にはなれない。
義将はふわふわとついてきた。
普通幽霊っていうのは、生きてる人との関わりを持とうとしない。まして、登校中の多忙な女子高生に声をかけて植え込みに突っ込ませようとするなんて、もってのほかだ。
長いもので、こいつとは3歳のときからの付き合いだ。あたしが幽霊と話せることを知って、それからことあるごとに姿を現して、気軽に話しかけてくる物好きな幽霊。
だいたい、そろそろ人通りも多くなってきたっていうのに幽霊と会話なんかしていたら
間違いなく警察か病院行きだ。
周りの人には、一人でしゃべってるあたししか見えないのだから。
歩く足を止めると、息を吸い込んだ。
「あのね義将。一人でしゃべるのは勝手だけどあたしに話しかけないで。周りから見たら、あたしはぶつぶつひとりごと言いながら歩いてるように見えるんだから!」
あたしはできる限り小さい声で、早口にまくしたてた。
義将はむすっと不機嫌な顔をした。
「ちぇー、つまんねえな」
義将は唇をとがらせて、すうっと消えて行った。やれやれ、おっぱらうのにも一苦労だ。
あたしは自転車にまたがり、学校へ急いだ。