第22話
一瞬耳を疑った。
あまりにサラッと
「消えてもらう」なんて言われたからだ。
「あ…あはは、またそんなこと言っちゃって」
「本気だから」
「え?」
「これは人間が知っていいことじゃない。生かしておくわけにはいかない」
そう言うと、彼はおもむろに袖をまくり上げた。
彼の手首には、なんの装飾もないツルリとした腕輪がはめられていた。見たこともないような黒い金属でできているそれは、日の光で赤黒く光っている。彼が少し動かすと、カチッという音とともにはずれ落ちた。
しかし、腕輪は地面に跳ね返ってくるくる回ったりしなかった。ドスッとコンクリートに深くめり込んだのだ。
それだけでも心臓が飛び出しそうだったのに、次の一瞬で完全に停止した。
それは腕輪を外した彼の手を見たからだった。
人間の手ではなくなっていた。
指先にはヒグマも真っ青の鋭い爪がある。
皮膚はさっきの腕輪のように赤黒く、鋼鉄のように堅そうだ。ナイフを突き立てたってびくともしないだろう。
まるでモンスターの手。
「その爪で殺す気…?」
「痛みは感じない。魂を浄化するだけだ」
「そしたらどうなるの?」
「体は何日か呼吸するが、やがて死ぬだろうな。肉体は魂なしでは生きられないから」
淡々とした言い方が余計にあたしをぞわぞわさせた。
「こんなことは例外だが、仕方ない」
彼はそう言って、軽く一歩踏み出した。
後ずさりしようとしたけど、膝がガクガクして動けない。
「ま、待ってよ!他に方法考えない?」
「何で?これが一番手っ取り早く処理できる」
これがこれから人殺しするって時に言うセリフだろうか?体だけじゃなく頭もどうかしちゃってるのかも。
「だからって、殺せばいいってもんじゃないでしょ?あたしは死ぬわけにはいかないの」
「なぜ」
「家族や親友がいるからよ」
成神聡也の顔に不思議な表情が浮かんだ。
驚いているとも訝しげにも見える顔だ。
「家族…」
「そう。もしあなたが死んだら、家族や友だちが悲しむでしょ?」
「…わからない」
「?」
「俺にはいないから」
しばらく沈黙が流れた。なんだかしんみりした空気に何も言えなかったから。
すると彼がすっと背を向け、かがんで腕輪を拾い上げた。
腕につけて向き直ったときには、人間の手に戻っていた。
「…?」
「今日のところはやめておく」
そう言って、彼はあたしの横をスタスタ通り過ぎた。
「他の人間に秘密が漏れる心配もないしな」
「それ、ホントだったんだ…」
つぶやくと肩越しににらまれたので、あたしは口をつぐんだ。
「言っとくが、保留にしただけだからな」
彼はそう言って、屋上から出て行った。