第19話
起きて、と声を掛けられた気がした。
ったく朝っぱらから…義将に決まってる。それにあいにくまだ起きる気分じゃない。
あたしはさっきより深く布団に潜り込んだ。だけど相手はちょっとばかし強引だった。
『起きてください』
その声と同時に、あたしの上半身は無理やり引っぱり起こされた。かなりランボウに。
「あー?もう、何よ…って寒っ!」
あったかい布団は全部ひっぺがされていた。
ブルブル震えながら見てみると、ベッドの横に女の人がいる。
しかもそれは、この前依頼してきたあの幽霊だった。
『お久し振りです』
女の人は前みたいに頭を下げた。
「はあ、どうも…」
あたしは顎をカチカチいわせながら、団子になっている布団を引っぱり上げた。
。
うーっ、寒い。
この部屋って、狭い上に空調設備までお粗末だから。
そんな部屋で少しでも寒さをしのぐには、二枚重ねのズボンに分厚いカーディガンでぶくぶくになって寝なくちゃいけない。
今のあたしはまさに雪だるま状態。
しかも、頭に手をやると今日もぐしゃぐしゃに寝癖がついている。
人が見たら、化学の実験で爆発でも起こしたか、はたまた嵐の中を走り回ってきたかって思っちゃうくらいすごい。
だから毎日セットするのも一苦労だ。
相手が女性だからまだよかったとはいえ、こんな格好を人に見られるのは女の子としてちょっとまずい。
できればこんな朝早くからじゃなくて昼間に来て欲しかった。髪がセットできてて、ちゃんとした服を着てるときに。
女の人はあたしを見て、何か気遣うような目付きをした。この格好を気にしてると気付いたのかも。
少しの間沈黙が流れた。何かしゃべったほうがいいのかな。
あたしはゴホンと咳払いした。
「…えーと、あなたの依頼のことなんですけど」女の人の表情は変わらず無表情だ。あんまり感情を顔に出さない人みたい。
どっかの秘書みたいにずっと敬語だし、気難しい人なのかも。
なんかやりづらいな。こういう人って苦手だ。
「あなたが会いたがってる彼って、幽霊が見えるみたいなんです。なので、あのー、あなたのところに連れて来るっていうのがどういうことか、よくわからないんですけど、すぐに会わせられると思います。急ぐなら今日にでも」
『実はそのことですが…』
女の人は視線を落とした。なんか、妙な予感。
『あの男に会いたがっているのは私ではなく、私の知り合いなんです』
はい?
「それで?」
『あの男がどのような男か、ごらんになったでしょう』
「はあ、そりゃまあ一応」
嫌というほど。
『あれは用心深い生き物です。人間と関わりを持とうとしません。ことに、知り合いとは面識がありませんので、警戒して会おうとしないでしょう。なので、あの男が言うことを聞くような人間が必要だったんです』
「…で、その役があたしってわけですか」
女の人はうなづいた。
何だか複雑なことになってきたかも。
つまり仲良くなれっていうのは、彼から警戒されないようになれってことだったらしい。
あんな妙な言い方せずに、初めからそう言ってくれればよかったのに。
だけど彼の警戒を解くなんて無謀なこと、何十年かかるか知れない。
あたしはできるだけ悩ましげな顔で言った。
「あのー。言っときますけど、あたしは彼と会って数日しか経ってないんです。心を開くような仲になるにはすごおーく時間がかかると思いますけど…」
『かまいません』
もう、ちょっとは考え直してくれると思ったのに。
『それに、あなたでないといけませんから』
え?
「あの、それってどういう…」『では――』
女の人はあたしを遮って、消えてしまった。
空っぽの部屋に、時計の音だけが響く。
ったく。なんでこう、人が質問したいときに限って消えちゃうわけ?
そして結局、この意味不明な依頼は続行するみたい。