第17話:彼の正体
普通じゃないとは思っていた。幽霊にさわれるとか、ありえないほど美少年ってことなら。
だけどまだ何かある気がする。
そう感じたけど、あたしの直感だからあんまり期待しないことにした。
少なくとも「だとしたら?」っていうのは、まだ質問させてくれるってことよね?
ここは慎重に行かないと。こんな貴重な質問のチャンスを逃すわけにはいかないもの。
あたしは頭の中で必死に言葉を手繰り寄せた。
「だとしたら…どこが普通じゃないの?」
彼は至って落ち着いた口調で言った。
「幽霊に触れられる。あと、人間以上の身体能力を持ってる」
「さっきもそれで助けてくれたの?」
「ああ」
つまり、あの一瞬であたしの所まで走って、抱きかかえて、離れた所に移動したってこと。オリンピック選手も真っ青の身体能力だ。
だんだん彼が人間なのかさえ怪しくなってきた。
どんなにがんばっても、人間はそんな体にはなれないはずだ。
「変なこと聞くけど、本当に人間だよね?」
彼は視線をそらした。
「いや…」
かすかだけど聞こえた。
人間じゃ…ない?
「あなたは何者…?」
彼はあたしを見つめた。その闇のように真っ黒い瞳に吸い込まれそうだ。
そして、彼の口が小さく動いた。
「――鬼」
オニ。あたしの頭にその二文字がぽっかり浮かぶ。
おに?この目の前に立ってるのが鬼?
はっきり言って
「俺、スーパーマンなんだ」とか言ってくれたほうがまだしっくりきたと思う。
「研究所で薬を投与されて、こんな体になっちゃったんだ」とか。
頭がくらくらしてきた。物語の世界にでもほうり込まれた気分。
もしかしたらまた寝過ごしてて、夢を見てるのかも。
手の甲をつねってみたけど、やっぱり痛かった。
あたしは目の前の男をしげしげと眺めた。
違う。あたしの知ってる「鬼」はこんなんじゃない。
鬼って、頭に角があって鋭い牙があって、虎のパンツをはいてるんじゃないの?
頭だってこんなサラサラした現代風じゃなくて、もじゃもじゃのアフロで。
この男の子にはあたしが鬼と認識できる要素は一つもない。
だけどさっきの、あんなすばらしい運動神経を身をもって体験したんだから信じるほかない。この人が人間じゃなかったおかげであたしは助かったんだから。
だけど、そんなの別に鬼じゃなくたっていいんじゃ…
「信じないのは勝手だけど」
彼は特に気にした風もなく言った。
うだうだ考え事をしていたあたしを見て、疑ってると思ったみたい。
「う、ううん!信じる」
あたしは半分うそをついた。だってカタブツだと思われたくないもの。うちのおじいちゃんみたいに。
そこで素朴な疑問が浮かんだ。だって冷たくてあんまりしゃべらないやつと思ってたから。
「――ねえ。何でそんなこと、あたしなんかに話してくれるの?秘密なんじゃないの?」
「言わないとしつこく聞いてきそうだったから」
ぐっ、まあ否定はできないけど。
だけどそんなに即答しなくたって。
「何でだろう…君には知っていて欲しかったんだ」なんて言葉を密かに期待していたのに、あたしは少しがっかりした。
「それに、明日には忘れてるだろうし」
「…はっ!?」
あたしってそんなに頭悪そうに見えてるんだろうか。
「人間が鬼のことを知っても、その記憶は消えるようになってる」
ああ、そういうこと…
つまりあたしに秘密をばらしちゃっても明日にはきれいに忘れてるから、安心して話せるってわけ。
少しは心を開いてくれたのかと思ったのに。
「あー…そうなんだ。じゃああたしは明日の記憶喪失に備えてもう帰るから。バイバイ」
あたしはくるりと背を向けて、ものすごいスピードで歩き出した。
これ以上話したって無駄だ。どうせ明日には覚えてないんだから…
「なあ」
あたしは振り返った。口びるをとがらせて、さぞ嫌な顔をしているに違いない。
「この盗み聞きしてるやつ、忘れてる」
そう言った彼の真上から、すうっと義将が姿を現した。
そしてすばやく彼と距離をとった。そばに寄るのも嫌らしい。
「いつからいなくなってたのよ…」
それを聞いた成神聡也の表情が少し緩んだ。
「幽霊で助かったな」
「お前に言われる筋合いねーんだよ」
義将は彼をにらみつけた。
「そうだな」
彼はそう言って、あたしと反対向きに歩いていった。