第13話
あたしは階段に座り込んでいた。
義将はさっきからやけに襟元を気にしている。何百年かぶりに体を触れられたのだから無理もない。
でもまあ、久しぶりにイタい目にあえて少しは思い知ったかも。これで少しはいたずらを控えてくれることを祈るのみだ。
それより、問題は『彼』だ。
正直言って、あたしは自分と同じような能力を持ってる人に初めて出会った。
テレビでなら山ほど見てきたけど。心霊番組とか、幽霊が見えるって人が山奥の廃屋に潜入するやつ。
はっきり言って廃屋なんかに入ろうっていう人の気が知れない。
大抵、番組の終わりのシーンで廃屋から出てきたアイドルには『憑いて』いる。「怖かったですね〜」と言いながら肩に幽霊を乗っけてるんだから、見ているこっちは気味が悪いことこの上ない。
あたしに言わせれば、霊能力者のくせに幽霊がわんさかいそうな所にづかづか入って行くなんてどうかしてる。
そういうことをするのは、大抵『見えるだけ』な人だ。
でも彼は違う。あたしと同じように話ができるだけでなく、さわれるという能力まで備わってる。
あたしもそういう力があったら、義将がいたずらしてきたときパンチをお見舞いしてやれるのに…
義将はあたしの視線に気づいてにやけた。
『なんだよ〜そんな見んなって!男前なのはわかるけどよ〜』
「違うっ」
とりあえず、今はプラスに考えとこう。彼の前では見えるものを見えないフリしなくてもいいってことだし。慎重にしてなきゃいけないのは義将だけだし。
――さすがにもう苦痛は味わいたくないだろうから。
『ってかお前、フツーに話してたじゃねーか。あの、成なんとかってやつと』
義将は名前を口にするのもいやだという風に言った。
「成神、でしょ」
口に出して言ってみると神秘的な名前。何か力が宿っていそうな感じだ。(神社の名前でありそう。『成神神社』)
――言われてみれば、あたしさっきちゃんと話せてた。昨日からしたらたいした進歩だ。
それどころか、正直に言うとあたしは、彼に興味を持ち始めてる気がする。ひょっとしたらまだ秘密を持ってるかも。そう思うとわくわくしてくる。
思ったよりこの仕事、当たりかもしれない。
「よしっ、とりあえず、成神聡也を徹底的に調査するわよ!」
『え…ほんとに?』
義将はかなり気が乗らなさそうにつぶやいた。
その日あたしは、彼をできるだけつぶさに観察した。ストーキングにならない程度に。そして得た情報は
1、休み時間はたいてい屋上に行ってるみたい。授業をサボるときも同様。
2、これといって親しそうな友人もなし。一匹狼で行動してる。(というより、あのありえない容姿とつめたーい性格でみんなも気安く近づけない)
3、昼ごはんはきっと購買のパン。(なぜかというと、昼休みに手ぶらで教室を出てったから)
とまあこんな感じ。うーん、これといって興味をそそるものはない。部屋のベッドにごろりと転がった。
義将は今日は早々と姿を消している。たぶんくたくたなのだろう。
あたしもさっさと寝よう。立ち上がってカーテンを閉めようとした。
あたしの部屋の窓からの眺めはほんとにサイコーだ。なんてったって、ちょっと下を見下ろせば墓場なんだから。
おまけに今日はざわざわと嫌な夜風が吹いていて、迫力満点だ。ぶるっと身震いしてとっととカーテンを閉めようとしたとき、何かが視界に入ってきた。
あたしははっとして墓場を見下ろした。
一つ、ぼうっと白い光が見える。あれは――幽霊だ。
光はあたふたと落ち着かずに動き回っている。まるで何かから逃げるように。
その時、ドカッと鈍い音がして幽霊の近くの墓石がガラガラと崩れた。
幽霊は慌てて姿を消そうとすうっと薄くなったが、その光は何かにかき切られて、消えた。
何が起こってるの…?あたしは暗闇に目を凝らす。
ぼんやりと何かがいるのが見えてきた。形からしておそらく人だ。
すると、そいつははっと気づいたようにこっちを見た。真っ赤なぎらぎらした目が獣のように光っている。
あたしは怖くなって、カーテンをすばやく閉めた。そしてベッドにもぐりこみ、息を潜めた。
5分くらい経っただろうか、おそるおそるカーテンの隙間から外を覗いてみる。
もうそこには誰もいなかった。