第9話:転校生
ホームルームの始まりのチャイムが鳴って、みんなバタバタと席に着いた。
鳴り終わると、中年のオジサン先生が教室に入ってきた。今日も立派なバーコードだ。
「起立っ、礼!」
あいさつが終わってみんなが前を向くと、先生はいつものようにキョドキョドし始めた。
このオジサンは注目されるのがえらく苦手な人らしく、暑くもないのにつるぴかの額には汗が輝いている。
それをしわくちゃのハンカチでいそいそと拭きながら、先生は話しだした。
「えー…まああれだな、今日は3年がテストということで…」
その間も、あたしの胸は休むことなくドクドク言っていた。
どんな人なんだろう。依頼のことを別にしても、早く顔が見たい。先生ののろーい会話スピードにやきもきした。
「えー…それでだな、これが最後の連絡だが…今日からこのクラスに新しい生徒が増えることになった」
――来たっ!
「それでは、えー…成神くん、入りなさい」
全員の視線がドアに集中する。すりガラスに人影が揺らめき、ゆっくりと戸が開けられる。
そして…『転校生』がすっと教室に入って来た。
あたしは息を飲んだ。――その完璧な容姿に。
背が高くてすらっとしているのに、無駄なく筋肉がついた体型。
あたしと違って贅肉なんてものはまったくついてなさそうだ。
黒い髪はワックスでいい感じに崩してあって、左耳からは小さなピアスが覗いている。
でも何より目を引いたのは、その顔だった。
真ん中まで歩いて来て正面を向いたとき、そのすべてがあらわになった。
――信じられないほど整っている。
すっと通った鼻筋も、薄い唇も、どこを取っても完璧だ。
だけど、真っ黒な瞳は冷たく、鋭かった。まるで何者も寄せつけまいとしているかのように冷たい瞳。
まるで威嚇しているかのようなその視線に、少なからず恐怖を感じた。何だかすごく怖そうな人だ。
クラスのみんなも同じことを思っているに違いない。
担任はかわいそうに、すっかり彼の冷たいオーラに怯えているらしい。
「じ…じゃあ、一言軽くお願いしてもいい…かな?」
と、しどろもどろに言った。
『彼』は低い声で自己紹介をした。
「成神聡也です。よろしくお願いします」
冷たく感情のない声には、よろしくなんて気持ちはこれっぽっちも含まれていなかった。
とその時、成神聡也の視線があたしを捕らえた。
あたしは射抜かれたように動けなかった。あたしの心臓はこれまでにないほどドキドキいっている。
すると、成神聡也の眼がみるみるうちに険しくなった。その黒い瞳には、憎しみさえ宿っているかのようだ。
あたしは恐怖でブルッと体が震えた。まさに『蛇に睨まれた蛙』状態。
あたしは自分がぽかーんと口をあけていたことに気づき、あわてて口を閉じた。
彼から見たら、さぞマヌケな顔だっただろう。
と、彼の視線がふっとはずれ、あたしは解放された。だけど、まだ胸が苦しい。
何であんな眼で見てくるの?
成神聡也は「すんだぞ」という風に担任のほうを見た。
バーコードが乱れていないかチェックしていた先生は、ぱっと頭から手を離した。
「おお、終わったのか…じゃあ、ええっと…」
先生は教室を見わたしている。何だかいやな予感。
運の悪いことにあたしの隣は、空席だ。
「じゃあ…あの端っこの席で、いいかな?成神くん…」
「はい」
やっぱり来たーーーー!
彼は通路をつかつかと進み、あたしの隣の席に座った。あたしは周りが一瞬にしてぴりぴりした空気に変わるのを感じた。
そこでホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
先生はそそくさと教室を出て行き、あたしは気まずい雰囲気の中に取り残される。
この人と仲良くなれって?ムリだ…