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魔女を統べる王略して魔王(自称)は婚約破棄を見守りたい

作者: 太郎花子

「フリーダ・フィリッツ。俺は貴様との婚約を破棄する!」




 伝統ある王立アカデミーの卒業記念パーティーのきらびやかな会場の中心で、一人の見目麗しい青年が大声で宣言した。金髪碧眼、長身の美丈夫が吊り上がった目で睨み付けているのは、鮮やかに燃え上がる赤髪を持つ凛々しい美少女だ。

 攻撃的な感情を乗せた青年とは対照的に、フリーダと呼ばれた少女は感情を押し殺したような無表情を顔に貼り付けているが、相手を己よりも劣る存在だと見なして見下し侮辱する目付きをしている点では、二人はどこまでも同類だった。


「……ああ、始まった始まった、やっと始まった! 先ずはやっぱり、ロゼッタ嬢の取り巻きであらせられるクローセル殿下の先制攻撃だよなぁ、うんうん。定番を外さず盛り上げてくれる王道的展開、俺はだぁい好き」


 静まり返り、舞台の中心に立つ美男美女の集団を囲む背景と化した有象無象の群衆の一部でしかないとある少年が、誰にも聞こえないような声で呟いた。特別目立つような風貌ではない地味な印象の彼の、光のない黒々とした闇色の瞳が見つめる先では、一人の小柄な少女を守るように集まった美男子の集団と、茶髪の従僕を背後に控えさせた赤髪の少女が険悪な雰囲気の中で対峙している。


 ーーどうやら、この国の王太子である金髪碧眼の美青年の背に守られて立つロゼッタと言う名前の元平民の少女を、彼の婚約者である赤髪の美少女がいじめていたらしい。少なくとも、美男子の集団はそのように主張している。その姿は信仰する神に逆らう異教徒を排除するべく動く狂信者そのものだと、その他大勢の群衆の中の一人に過ぎない地味な少年は内心で思った。


「クローセル殿下、僭越ながらわたくし達からも幾つか申し上げたい事がございます。ーーシュヒト様」

「……ああ」

「えっ、……シュヒト様? な、なんで、フリーダ様のお側に……!?」


 だが、しかし、何と言う事だろう! それまで黙って糾弾されていた赤髪の侯爵令嬢がロゼッタ嬢の傍に侍っていた宮廷騎士団の団長の子息の名を呼ぶと、精悍な顔立ちの彼は赤髪の彼女の方へと足を向け、今度は侯爵令嬢の近くに忠実な騎士の顔をして侍ったのだ。信じられないと言いたげなロゼッタ嬢の潤んだ目にみつめられても素知らぬ顔をした彼は、清廉潔白な騎士のような表情を崩さない。そして、未来の騎士が赤髪の令嬢からの問いに淡々と答えていくうちに、王太子達とロゼッタ嬢の顔色が悪くなっていくのを、その場の全ての者が見ていた。

 要約すると、「フリーダによるロゼッタへのいじめは、実際には全てロゼッタによる自作自演である」と言う内容の事を言い終えたフリーダ嬢の爛々と輝く紅玉の瞳に宿っているのは、先程までは王太子の碧眼に見えたものと全く同じ感情だ。つまりは己の勝利を確信し、人間的に格下と見なした相手を排除する快楽に無意識ながら酔いしれ抱く、醜い優越感。人間らしく醜く愛らしいその様子に、彼らを見守る少年は最初からゆるゆるだった頬を更に緩ませた。




 ーーフリーダ・フィリッツを糾弾する為に始まった筈の今夜の見世物が、いつの間にかロゼッタ・ローゼルの悪事を裁く催し物へと変わっている事に、既にその場の誰もが気付いていた。途中で隣国の第一王子と言うゲストを添えて公演を終えた彼らへと内心で拍手を送り、凡庸な容姿の少年は勝者と敗者達を等しく愛おしげに見つめる。


 愛を信仰に例えるのならば。少女を教祖とし、教祖を恋い慕う狂信者達が異教徒を排除するようにして宗教戦争が起こった結果、ロゼッタ嬢と言う宗教が、フリーダ嬢と言う名の宗教に敗北した。たかがその程度でしかない茶番が終わって、ロゼッタ達が連れて行かれた後は、赤髪の令嬢を複数の美男子達が取り合いながら去って行った。

 全てが終わった後に残されたのは、今回の騒動とは表向き無関係な者ばかりで、訳の分からない騒動を見せ付けられた動揺を残しつつも本来の目的である卒業記念パーティーが再開される。


 誰もが今宵の見世物についての感想を口にし合う中で、一人の少年が上機嫌そうな顔をして壁際へと移動した。手塩にかけた、とは言い過ぎだが、己が作り上げた(・・・・・・・)教祖(少女)達の結末を見終えた少年は、満足げに周囲の澱んだ空気を吸い込んだ。この場に満ちる混沌とした恋の余波が生み出す感情の渦は、彼にとっては心地よい。


「いやぁ、楽しかったなぁ。特に隣国のベルゼル殿下がフリーダ嬢の肩を抱いた瞬間の、ロゼッタ嬢の嫉妬と殺意に満ちたあの情熱的な目付き! ベッドで殺しちゃった36番目の妻を思い出して俺がロゼッタ嬢に恋しちゃったよ、ふふふ。後でロゼッタ嬢を攫って連れ帰って娶っちゃおうかなー?」

「ーー相変わらずですね、ラビィエル様」


 ぼそぼそと、この国のものではない奇妙な言語でうっとりと呟く少年の隣に、いつの間にかもう一人の少年が立っていた。地味な少年が使用した奇怪な言語と同じ言葉で話し掛ける銀髪の少年は、人間離れした美貌の持ち主ではあるが、異様なまでに存在感が薄い。


「やだなぁ、アイズ。俺の事は暫くの間『魔女を統べる王』、略して『魔王』って呼んで欲しいって何度も言ってるだろ。ああ、当然だけどちゃんと『様』は付けてよね、部下は上司を敬うべきだもん」

「……了解しました、魔王様」


 ウインクをして命令を下す上司に対し、アイズと呼ばれた銀髪の美形は無表情のまま従った。人とは思えぬ美しい顔立ちをしている彼は、今年の卒業記念パーティーの綺麗所が軒並み退場してしまった今となっては周囲の女性の関心を一挙に引き受けそうなものだが、不思議な事に誰一人としてアイズの方に視線を向けていない。ーーまるで、彼の存在を認識出来ないかの如く。


「それにしても、『魔女』とは魔王様がよく見に行っている、ああした類の女共の事ですか」

「うん。『魔女』って言うのは『《魔性の魅了》の力をこの俺が与えてあげた女』を略したものだからね、まあそんな感じかな」

「……長ったらしいですね」

「俺もそう思ったから略してるんだよねぇ。まあ略すのが嫌なら、アイズも俺を『魔王様』じゃなくて『《魔性の魅了》の力をこの俺が与えてあげた女を統べる王様』って呼べばいいと思うけど」

「それで、最近の魔王様はどうして今回のロゼッタ・ローゼルとフリーダ・フィリッツのような『魔女』を作り上げ続けているのですか」


 にこやかに笑う面倒臭い上司の言葉を聞き流し、人形じみた美貌の部下がどうでもよさそうな冷淡さで疑問を口にすると、平凡な容姿の少年は、そのありきたりな顔立ちには似つかわしくない蠱惑的な笑みを浮かべた。ーー細められた黒い瞳は、見た者に底のない空洞を覗き込んだような不安と、先の見えない好奇心を抱かせる。そしてこの上なく愉しそうに歪んだ薄い唇は女のように紅く、他者の意識を奪う。


「己の知らぬ間に相手の精神に干渉し、己へと情欲を抱くようにしてしまう異質な力を持ってしまった挙げ句、無意識のままそれを使い続ける女って、可愛らしくて愛しくて流石の俺も恋してしまいそうになるよね」

「……」

「ーーところで。俺が与えてあげてる《魅了》の力ってさ、要するに『子孫を残せる生き物』へ与える為の力なんだけど、それってつまりは優秀な(つがい)を探し出して、優秀な子孫を残す事が目的なんだよ。うん、例えるなら動物達の求愛行動が物凄く強力な吸引力を持ってしまった感じかな?」


 ワインに似た色合いのジュースを一口飲んだ少年が、パーティー会場内の人間達へと向ける視線は、酔っ払いのそれよりも粘っこく、妖しい色が込められていたが、アイズはそれを見なかった振りをして息を吐いた。


「ーー俺が『魔女』にする以前は、無邪気で子供っぽくって恋愛には余り関心のなかったロゼッタ嬢が、気が付けばクローセル殿下をはじめとする優秀で魅力的な異性ばかりを番候補として選出し、色狂いのようになってしまったように彼らにのみ《魅了》の力を使い出した事には、アイズも気付いていたかな? いやいや、彼女の元の性格を思うと不思議だねぇ、昔はそんな事する娘じゃなかったのに」

「……優秀な子孫を残す為の力である《魔性の魅了》を得てそれを知らぬ間に使用させられ続けた結果、《魅了》の目的に引きずられ、ロゼッタ・ローゼルの性格が変わったとでも言いたいのですか」

「無意識に使わされた能力の本来の使用目的に、使用者が無意識に影響を受けてしまうなんて、調教っぽくて興奮するよね」


 酔っ払いの妄言よりも酷い上司の言葉のせいで眉間に深い皺が出来てしまった美貌の部下の横で、陶酔したように少年が息を吐き出した。「恋愛にうつつを抜かす暇なんて自分にはないと思い込もうとしつつ、変に恋に羨望を抱くが故にロゼッタ嬢達を見下し、その癖受動的に恋情を受け取る事には快楽を感じていたフリーダ嬢から、今さっき《魅了》の力を取り上げてみたんだけどさぁ。急に彼女への熱を失った騎士と隣国の殿下にどんな顔をしているのか想像するだけで惚れちゃいそうだよね。後で見に行かなきゃ」などと熱っぽい口調で囁く少年の支離滅裂で歪んだ性質は、彼よりは下級の存在であるアイズにとって、数千年仕えていても理解しがたいものだ。


「それこそ、本物(・・)の『魔王』よりも性質が悪そうですね、魔王様は」

「ああ、そういえばそこそこ昔、魔族の王と人間のお姫様の間に恋情を植え付けた(・・・・・)事があったなぁ。どうやらそのせいで戦争が起きたらしいけど、恋は人も魔王も狂わせるものなんだね。あれも見ていて楽しかったよ」

「ーー6000年前の人魔大戦争の引き金は、ラビィエル様でしたか」

「恋の力は偉大だね」



 ーー恋愛を司る神(・・・・・・)であり、心あるものに恋愛感情を与え(・・)奪う(・・)役目を持つ上級神ラビィエルの呑気な言い草に、下級の神であるアイズはそれ以上は何も言わなかった。そもそも、この世界においてはあらゆる恋情は恋愛の神ラビィエルによって生まれ、失われるのが当たり前なのだ。


 だから、彼が言う『魔女』とは、正確にはこの奔放な神に特別に監視され、この神が彼女達に惚れさせたら面白いだろう男達に恋情を抱かせて遊ぶ為の玩具と言うべきなのだろう。そして、恋愛の神に目を付けられ破滅の未来を得てしまう少女達の人数は、ラビィエルがこの遊びに飽きるまでは増え続けるに違いない。

 地上の者達に興味のないアイズから見ても、彼女達はなかなかに可哀想だが、数千人の伴侶を持つこの恋愛の神を止めるつもりは欠片もない。


 そもそも、彼は父親である主神と母親と他の女神達の間に爛れた恋心を抱かせて神々の戦を引き起こさせた事すらある頭のおかしな神なのだ。アイズごときに止められるような存在ではない。




「まあとりあえず、欲望渦巻く『魔女』が最近の俺の好みのタイプって事で、良さそうなのを何人か作ってるって感じ?」




 ーー恋愛を司っていると言うのに、その当人は本当は恋愛そのものを憎んでいるのではないかと、長年部下をしてきたアイズは時折考えるが、面倒臭いので言葉にはしない。そうこうしている間に、上司が次の獲物を見付ける為に生誕の神の元へと向かおうとし始めたのを、アイズは嫌々ながら追いかける事にした。



 それにしても。人間の間には「恋に狂う」と言う言葉があるらしいが、恋愛を司る存在自体が狂っているのだから、そんな風になるのは当たり前の事だ。下級の神は、そう考える。

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