SBUの戦闘
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
気分転換に短編小説に挑戦しました。
菊崎至3等海尉は江田島基地の正門をくぐった。
海上自衛隊の特殊部隊である特別警備隊(SBU)の基地である江田島基地は普通の基地とはやはり異なる。
基地の雰囲気が違うのだ。
そんな、彼がこの基地を訪れたのは、彼もSBUの隊員になったからだ。
厳しい選抜試験と2年間の訓練に耐え、晴れてSBUの隊員になれた。
菊崎は同じく厳しい訓練に耐えた同僚たちと共に、隊本部がある建物に入った。
「来たな新入り」
建物の玄関にはいかつい顔をした男が待っていた。
菊崎たちは姿勢を正して、挙手の敬礼をした。
男が答礼すると、いかつい声で告げた。
「俺はSBUの副隊長だ。隊長がお待ちだ。ついてこい」
副隊長に案内され、隊長室の前まで、移動した。
「ここが、隊長室だ。あまり緊張するな。別にとって食おう、なんて思ってない」
副隊長はいかつい顔には似合わない笑みを浮かべて言った。
彼は立入検査帽を脱ぎ、隊長室のドアをコンコンとノックする。
「入れ」
入室を許可されると、副隊長はドアを開けた。
菊崎たちも、制帽を脱ぎ、副隊長の後を追った。
SBUの新隊員たちは、緊張した表情で、隊長の前に整列した。
「諸君等はよく、あの厳しい訓練に耐えた。しかし、あれで終わりではない。特警の隊員になった以上。常に心技体を高める事に努力したまえ。以上だ」
簡単な挨拶だったが、その意味は単純ではない。隊員たちにとって、これからが、本当の厳しい日々の始まりなのだ。
菊崎たちは10度の敬礼をして、隊長室を出た。
その後、隊舎に案内された。
部屋で菊崎は、制服を脱ぎ、SBUの服装に着替えた。
着替え終えると、そのまま、部屋を出て、隊舎前の外に出た。
「お前が、新入りの菊崎か?」
隊舎前に出ると、髭を生やした男が声をかけた。
「菊崎3尉と申します」
「俺はお前が所属する第1小隊隊長の若岡武夫1尉だ」
若岡は簡単に自己紹介をすました。
「副隊長に話した。まず、お前の能力を試させてもらう。ついてこい」
「はい」
若岡の後をついていくと、射撃訓練用として使用されている格納庫についた。
格納庫前には、SBUの服装姿の隊員たちがいた。
「小隊長。彼がそうですか?」
「そうだ」
若岡は振り返った。
「武器庫から銃はとってきてある。まずは、お前の射撃能力がどこまであるか、見る」
そう言って、若岡は1人の隊員から89式5.56ミリ小銃(折曲式銃床)とP226を受け取り、菊崎に渡した。
菊崎は89式5.56ミリ小銃とP226を受け取り、すばやく点検した。
「準備はいいか?」
「はい!」
上官の問いに、菊崎は即答した。
「新入りのお手並み拝見」
隊員の1人が言った。
格納庫に入り、射撃位置につくと、すぐに射撃訓練が始まった。
的が突然現れ、命中すれば倒れる的だ。
菊崎は89式5.56ミリ小銃を3点射制限射撃にし、的を撃っていく。
「遠くの的には、小銃。近くの的には拳銃を使え。銃の切り替えを素早くできるようにしろ」
「はい」
菊崎は言われた通りに、小銃と拳銃の切り替えを行いながら射撃を行った。
弾倉が空になると、射撃訓練は終わった。
「よし、もういいぞ」
若岡の言葉に菊崎は銃口をおろした。
「中々の腕だな。だが、今回はあくまでもお前の技能を見るためのものだ。これからは、もっときついぞ」
「はい!」
若岡は彼の肩を軽く叩いた。
菊崎がSBUの隊員として、認められたのである。しかし、彼の行く手の先に何があるか、誰も予想できない。
SBUの隊員になってから1月が経過しようとしていた。
今日の彼は休暇で、江田島を離れ、広島駅にいた。
彼女との待ち合わせだ。
彼も男であり、付き合ってる彼女が1人ぐらいいる。
「至さーん」
駅から自分を呼ぶ女性の声がした。
振り返ると、白いワンピース姿の彼女が手を振りながら、こちらに向かっていた。
「千尋」
菊崎は手を振り、彼女の名を呼んだ。
「待った?」
「いいや、待ってないよ」
彼女、波風千尋は神奈川の国立大学の学生だ。
「私、広島に来るのは初めて」
「そうなの?」
「そうよ。だから、ちゃんと、エスコートしてね」
千尋がにっこりする。
「ああ。任せてくれ。幹部候補生時代はよく観光した」
2人は手を繋いで、広島市を観光した。
彼女との出会いは、彼が横須賀基地に勤務していた時だ。
合コンに参加し、千尋と出会った。
海上自衛隊の幹部という事もあり、彼の風当たりはあまりよくなかった。
一時期は女性の人気も高かったのだが、近年の自衛隊は海外派遣が多く、特に海自は海賊対処等で危険な任務につく事が多くなった。
当然、殉職者も増えた。
しかし、千尋はそうでもなかった。
菊崎に積極的に話しかけてきた。
2人の息が統合し、付き合い始めた。
「さっきから、何を考えているの?」
千尋が菊崎の顔を覗き込む。
「君の事を考えていた」
「え?そ、そう」
千尋は頬を赤く染めた。
「久しぶりの2人だけの時間だ。彼女の事を考えるのが、恋人の務めだ」
当たり前の事だが、SBUの訓練期間中の2年間は、まったく彼女とデートはしていない。電話だけだ。
それを考えると、よく彼女は自分を選んでくれた、と思う。
「そうよ。私を2年間も、ほったらかしていたんだから、ちゃんと楽しませてね」
千尋は笑顔で、言った。
海上自衛隊呉基地。
第4護衛隊群第8護衛隊所属ミサイル護衛艦[ゆきかぜ]。
[ゆきかぜ]の艦長室で、菊崎淳2等海佐は書類整理をしていた。
コンコン、と艦長室のドアからノック音が響いた。
「入れ」
入室を許可すると、副長兼砲雷長の御手洗真言3等海佐が入って来た。
「失礼します」
御手洗は10度の敬礼をする。
「離艦者ですが、今のところいません」
「そうか・・・離艦の受け付けは今日で最後だったな」
菊崎の問いに、御手洗はうなずいた。
「はい。みんな、覚悟を決めたようです」
「これは、喜ぶべきか、それとも・・・」
彼は、そこまで言って、止めた。たとえ、信頼している部下といえども、そこから先は口にしてはならない。
[ゆきかぜ]の乗組員全員は自衛官だ。自衛隊の制服を着た時、命の危険があることぐらい覚悟はしていたはずだ。
そして彼の職務は、艦と乗組員全員を無事に日本へ帰還させることだ。
「なんでもない。忘れてくれ」
「はい」
彼女は何も言わなかった。
「艦長。ご家族の方には連絡しましたか?」
御手洗の言葉に、菊崎は苦笑した。
「いや、出港準備が忙しくて、まだ、していない」
「艦長のお子さんは、まだ小さいですから、父親の電話を待っていると思いますよ。仕事がひと段落したら、電話してください」
彼女の言葉に菊崎は笑みを浮かべた。
「そうだな。この書類が終わったら、そうさせてもらうよ」
「それでは、私は失礼させていただきます」
御手洗は一礼してから、艦長室を退室した。
部屋で、訓練の疲れをとっていると、スマホから着信音が鳴った。
スマホを操作すると、発信者は兄の菊崎淳だった。
「もしもし」
「至。元気にしているか?」
「ああ。元気だよ。兄さん」
淳が微笑んだ。
「今は何をしている?」
「今は江田島に勤務している」
「江田島か、そうか」
至がSBUに所属しているのは当然、極秘である。それは家族にも話してはならない。
兄も自衛官である。どうやら、なんとなく、察しがついているようだ。
「それで、どうした?電話なんかして?」
「なに、腹心の部下から、家族に電話しろ、と言われてな。家族に電話したら、お前にも電話しようと思っただけだ」
「兄さんの艦は来週から、マラッカ海峡で警備の任につくそうだね」
「ああ。そうだ。SBUを乗せてな」
実はそのSBUに自分がいるなんて、言えない至は少し辛い感じになった。
兄弟なのに話せない。それが特殊部隊隊員だ。
「じゃあ、俺は出港準備もあるし、仕事に戻る事にしよう」
「ああ。じゃあ、また」
「無茶するなよ」
電話が切られた。
呉基地に1台のトラックが入った。
車内には、SBUの第1小隊が乗り込んでいた。
彼らは全員、顔がわからないよう顔面覆を被っていた。
トラックが停車し、SBUの第1小隊が下車し、自分の装備を持って[ゆきかぜ]に乗艦する。
(これが、兄貴の艦)
至は、全長155メートル、基準排水量5500トンの[ゆきかぜ]を見上げながら、心中でつぶやいた。
時間が過ぎ、[ゆきかぜ]は呉基地を出港し、マラッカ海峡に向かった。
「両舷前進原速赤黒なし」
濃い紺色の作業服を着た艦長の菊崎は前方の海上を眺めながら、指示を出した。
航海長が復唱し、操舵員が操作する。
[ゆきかぜ]は何事もなく、マラッカ海峡につくと、警備任務についた。
「本艦はこれより、マラッカ海峡にて、警備任務につく。対空、対水上、対潜警戒を厳にせよ」
艦内のアナウンスが流れる。
SBUの隊員たちは待機室でアナウンスを聞いていた。
「コーヒーです」
「ありがとう」
3等海曹が菊崎にコーヒーが入った紙コップを渡した。
「ついに、着きましたね」
「ああ」
菊崎はコーヒーをすする。
「自分たちの出番、あると思います?」
3曹の言葉に菊崎は「どうだろうな」と答えた。
「俺たちが出動する事態はそれだけの状況だ。考えたくもない」
「そうですね」
3曹がうなずく。
多国籍艦隊旗艦から、[ゆきかぜ]に通信が入ったのは日付が変わろうとしていた深夜だった。
「副長。緊急通信です。タンカーが海賊に襲撃され、占拠されたそうです」
「場所は?」
「本艦から30キロの海域です」
「なぜ、今になってわかった?」
御手洗は一番の疑問を問うた。
「はい。どうやら、船員の一部が海賊だったようで通報が遅れたそうです」
「そうか。わかった」
御手洗はそうつぶやいた後、艦内電話で、艦長を起こした。
「艦長。お休みのところ、申し訳ありません。タンカーが1隻、海賊に占拠されたとの事です」
そう言うと、菊崎は、すぐに行く、と言って、電話を切った。
菊崎はすばやく、幹部用の濃い紺色の作業服に着替えて、CIC(戦闘指揮所)に入った。
「状況は?」
「占拠されたタンカーは12ノットの速度で、航行中」
「多国籍艦隊旗艦により、海賊への武力行使を許可するとの事です」
レーダー員と通信士が報告する。
近年、海賊被害が右肩上がりの状況を受け、海賊対処の国際法が改正された。このため、国際海域であれば、他国の船であっても武力の行使が認められた。
外国の領海内であっても、その国が了承すれば武力の行使は認められる。
「総員戦闘配置」
艦長の指示で、戦闘配置を知らせるブザー音が鳴り響く。
「水上戦闘用意。これは演習ではない。繰り返す、これは演習ではない」
御手洗が艦内放送する。
「SH-60K、2機を発艦させろ。もちろん、特警隊を搭乗させてな」
「はっ!」
武器庫の扉が開かれ、SBUの隊員たちは自分の装備である89式5.56ミリ小銃(折曲式銃床)とP226を取る。
装備を整えたSBUの隊員たちはヘリ格納庫に整列した。
「作戦は、さっき説明した通りだ。海賊に占拠されたタンカーを奪還する。人質がいるかどうかはわからないが、慎重に行動しろ」
「「「はい!」」」
「総員搭乗!」
若岡が叫ぶと、SBUの隊員たちがSH-60Kに搭乗する。
「全員搭乗したか?」
SH-60Kの機長である貴井悟志1等海尉がキャビンに振り返って、問うた。
「全員搭乗しました」
航空士(2等海曹)が報告した。
貴井はエンジンを始動させ、ローターを回転させる。
「[ゆきかぜ]。こちら、シーナイト1(ワン)、発艦準備完了した。発艦許可願う」
「シーナイト1。発艦を許可する。幸運を」
発艦許可を受けると、ローターの出力を上げ、レバーを上げた。
SH-60Kが宙に浮いた。
ある程度の高度をとると、[ゆきかぜ]を離れていく。
「タンカー視認!」
副操縦士の報告に貴井は暗視装置で、目標のタンカーを確認した。
「タンカーを確認した。降下準備」
彼はキャビンに振り返り、言った。
キャビン内にいる9名のSBU隊員は89式5.56ミリ小銃(折曲式銃床)の弾倉を装填する。
「船首でホバリングする。シーナイト2、援護を頼む」
「ラジャ。気をつけろよ」
シーナイト2から、通信が入る。
貴井はヘリを操縦し、タンカーの船首でホバリングする。
だが、その時、タンカーから銃撃を受けた。
金属音が弾き返される音が響く。
シーナイト2(SH-60K)が74式車載機関銃で、海賊たちを黙らせる。
「よし、今だ。降下、降下!」
貴井の合図で、SBUの隊員たちがファストロープ降下する。
「機長!RPGを持った海賊がいます!」
「シーナイト2!RPGを持った海賊を片付けろ!」
「ラジャ!」
シーナイト2がRPGを持った海賊に機関銃の銃口を向け、射撃する。
最後のSBU隊員を降ろした同時に、船橋ウィングで何かが飛翔した。
それが、何かわかった時、貴井は叫んだ。
「RPGだ!!」
操縦桿を倒し、レバーを上げる。
だが、間に合う訳もなく、ロケット弾がSH-60Kに被弾し、激しい衝撃を受ける。
「くそぉぉぉ!」
「ヘリが落とされたぞ!」
SH-60Kが爆発し、大きく回転しながら、落ちていく。
そのまま、海上に激突し、ヘリが爆発した。
「怯むな!前進!」
菊崎はそう叫ぶと、AKを持った海賊たちを確実に仕留めていく。
上空で援護しているSH-60Kも機銃掃射で、海賊たちを片付けていく。
現代のタンカーであるから海賊たちの数も20人ぐらいだろう。
SBUの隊員たちは正確な照準で、海賊たちに向け、引き金を引く。
海賊は頭や胸元を撃ち抜かれ、即死する。
海賊の抵抗がなくなると、シーナイト2は船尾にホバリングし、残りのSBUの隊員を降下させる。
船内に入り、船橋と機関室に突入した。
船橋に閃光手榴弾を投げ、爆発してから、突入した。
残りの海賊たちを制圧していく。
「船橋クリア」
[ゆきかぜ]のCICでSBUの報告を受けた艦長の菊崎は違和感を覚えていた。
「状況終了」
菊崎の言葉にCICに詰めていた乗員の緊張が解れた。
「これを勝利とは言えませんね」
水雷長が言った。
SH-60Kが1機撃墜され、乗員は全員殉職したそうだ。
とても勝利とは言えない。
その後、[ゆきかぜ]は2ヶ月間の警戒任務を終え、日本に帰投した。
殉職した貴井悟志1等海尉以下3名の隊員は死後2階級特進し、内閣総理大臣と防衛大臣に表彰された。
SBUの戦闘をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。