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廃人  作者: 雪村 之
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【六月十四日】

 【六月十四日】


「こんにちは。」

「・・・あぁ。」

 やっと彼女とのコミュニケーションが取れるようになった。院長との挨拶などが終わり、病室に来てみたら彼女は相変わらず絵を描いていた。ガリガリとシャープペンシルの芯と紙の擦れあう音がやけに耳に響いた。

 仕事の内容は至って簡単だった。患者の監視及び患者とのコミュニケーションを図り距離を縮めること。そして廃人となった原因を自身から聞くこと。精神に纏わることなので原因が必ずあるのだ。それはトラウマやコンプレックス。衝撃的な出来事からなるものだが彼女は一体何があって廃人となったのだろうか。

「君は、絵が好きなの?」

 素朴な質問を投げかける。敬語じゃないとマズかっただろうか。しかし、今まで背中を向けていた尚未は振り向き僕の目を捕えると口を開いた。口腔内には人間である証拠の歯と舌があった。

「好きだ。」

「・・・他に好きなことは?」

「小説と漫画。アニメも好きダが普通の物語も好きだ。」

「・・・オタク?」

「世間の一般的な目線で見れば。」

「将来の夢は?」

「絵師になリたい。」

「ふぅん。いつから絵を?」

「物心ついたこロからだった。気づいたら絵に入り浸っテいた。」

「絵依存症だったの?」

 彼女の過去には必ず何かがあるはずなのだ。だから依存症だったのも彼女は明かしてくれるのだ。地道に。地道に患者を治していかないと。

「うん。」

「一日にどれくらい絵描くの?」

「描かない日はない。気分ニよって変わる。」

「小説は?」

「たまニ、だ。」

「どんなはなし書くの?」

「純粋でワない話。」

「代表作は?」

「・・・・犬と人間のはなし。」

 その話は一体どんな話なのだろうか。素直に思った気持ちを止める障害物など無かった。

「読んでみてもいい?」

「・・・・・嫌。」

 やはりだめか。もっと距離を詰めればきっといつか読ませてはくれるだろうか。少し様子をみて、もう一度言ってみようと思った。

「でも、」

「うん。」

「お前が私を一ツの存在として見てくるようになっタら、読ませる。」

 その言葉に少し目を見開いた。きっと彼女は敏感になっているのだ。それが廃人という病気のせいでも、彼女は確かに周りを気にして反応しているのだ。今まで見られてきた目線など、モルモットを見るような目だ。医者にとって患者とは大切なひとでもあるが、只の実験台になる患者もいるのだ。そして彼女は実験台として扱われている患者の一人。彼女は僕が心の奥底で実験台として見ていることに気付いているのだろう。子供が大人より鈍感であり、敏感でもある。しかし、実験台として見ない見方とはどんな目線なのだろうか。考えて方法が分かっても、きっとそれを実行することは難しいことだろう。とりあえず、僕は彼女との距離を縮めることは当分出来無さそうだ。

「ハトバ。」

「うん?」

「私は、ハイジン、だ。」

「うん。」

「ハトバは、イシャ、だ。」

「うん。」

「その、ジジツは、変わらない、ぞ・・・」

 彼女は眠たくなっていたのか起こしていた体を横にして黒い髪をバサバサと床に広げた。

 静かに寝息を立てる彼女の姿を何秒か間近で見てからガラス越しから見ようと、扉を開けた。


 尚未が寝てから数十分。一向に起きない彼女の寝顔をジッと見ていると何故だかこっちも眠たくなってきた。しかし彼女につられて寝てたなんてレンなどに見つかって言われてしまったら年上らしさが出ない。そう思って目を頑張って開いていた。

「・・・・・・・」

 無音の部屋。時計すらないこの病室に彼女は何日も居たのか、とふと考えてみた。何にもない部屋。あるのは好奇心と探究心の混ざった目線。ガラス越しに見える他人の顔。何かをするたびに人の声。そんな環境に彼女はついていけたのだろうか。自分なら、何なのだと怒り狂ってしまうかもしれないのに。どうしてとストレスに苛まれるかもしれないのに。

 そう思うと彼女はきっと精神的に上の人だったのかもしれない、と思った。発症してない頃は大人しいとか大人っぽいとか言われていたのだろう。

「・・・・ん。」

「あ、」

 ゴロリと寝返りを尚未はうつと虚ろな目で体を起こした。口は半開きになっており、真正面で見るとかなり子供っぽく見えるだろう。

「・・・は。」

「は?」

 寝ぼけているのか何かをブツブツ言っている。ハということは人間の名前でも言っているのかと思うが、耳を澄まして聞いてみようとガラスに顔を近づけた。勿論、自分の名前を言っていたらと期待を込めて。

「は、ト、バ・・・」

「・・・・・。」

 まさか、と思ったが僕の名前を言っている。瞳孔が開いたが次の言葉に更に開かれることになる。

「ワ、ねが、てぃ・・・ブ」

 はトバワねがてぃブ。

 はとばわねがてぃぶ。

 はとばはネガティブ。

 埠はネガティブ。

「・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・スピー。」

 この野郎。誰がネガティブだ。

 怒りと同時に呆れが出てきた。もう何でもいい。好きに言ってくれ。

 はぁ、とため息を吐くと肩の力が抜け椅子に全体重をかけた。

 堕落していると病室にレンが現れた。相変わらず屈託のない笑顔で話しかけてくる。

「どうです?彼女との距離は。」

「一回二人だけで遊んだ仲みたいな感じだ。」

「もうちょっと分かりやすく。」

 年下なのだから学生時代を思い出してくれればと思ったがやはり分かりにくかったかと少し後悔した。気を取り直して口を開く。

「赤の他人から知り合いに、って感じ。」

「ほうほう。ちょっとした質問なんかにポツポツと答えてくれる程度の仲ですね?」

「そういうことだ。しかし、かなりナメられている。」

 その言葉にレンは疑問を抱いているらしく頭にクエスチョンマークを浮かべている。質問をしてくるまえに答えておこう、後で爆笑されても面倒だ。

「寝言に近い言葉でハトバはネガティブと言われた。」

「ブッ!何スかそれっ!!」

 やはりな。確かにそうだろう。会って間もないのに悪口を叩かれているのだから。まぁ、初対面で罵られたが。

 とりあえず話題を変えようとDフロアにもう一人の患者がいることを思い出しレンに聞いてみようと声を発する。

「そういえば、Dフロアのもう一人の患者って、どんな子なんだ?」

「あー、あの子も治療法が見つかってない、というか見つからない患者ですよ。」

「どういうことだ?」

「もう一人の子はね、彼女より幼いんです。なのに変な病にかかって、スロープのようにゆっくりと命を貪る病気なんスけど、かなり見るに耐えられなくて。」

「どんな病気なんだ?」

「全臓器衰弱。病名は無いので俺が勝手にツバキって呼んでます。患者の名前が(うつ)()って言うんですけど。明るい子なんです。今度、紹介しますね。」

 少し眉を下げながらレンは言い放った。きっと彼なりに悲しんでいるのだろう。そうやって話しているとガラス越しに尚未が話しかけてきた。

「ハトバ。」

「?」

「鈍感だナ。」

 彼女に会ってから二度目の槍が胸を突き刺した。オブラードに包んで言えないのだろうか。けれどこれも廃人の影響だろう。そう思って胸を右手で抑えた。



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