かぞく
「そんなにいやなら殺していいよ
私はママから生まれたんだから。
ママが産んでくれたんだから
産んだけどやっぱり間違ってたと思うなら
消せばいいんだよ
私が消えたって元に戻るだけなんだから。
二人だった頃に戻るだけなんだから」
別に誰も困らない。
「私はママに嫌われてまで
この世にいたいとは思わない。
それは、あまりにもつらすぎるもの」
私は母がすきでした
なぜかわからないけど
気がついたら
もうどうしようもないほどすきで
母にこっちを向いてほしくて
笑ってほしくて
話しかけたり、つきまとったり
いろいろするんだけど
そのすべてが逆効果で
母にいつも「うるさい、だまれ」と
言われてました。
「さあ、殺して。
私全然大丈夫だから。
ママに消されるなら本望だから」
すこし笑って目をとじました
もう、うんざりだから
そっちが始めたことなんだから
最後くらい責任もてよと思った
そのとき
「やけに盛り上がってるね」
がさがさ買い物袋の音がして
「何の話?俺もまぜてよ」
めがねの父がのっそり帰ってきます。
「おかえり…なさい」
母はびっくりして息をとめました
右手の果物ナイフが微妙に光っています
「はい、りんご」
父は袋をあさると
赤いりんごをひとつ
母の左手に乗せてあげました
「忘れてるよ」
「あ…うん」
母はこくんとうなずいて
ナイフとりんごをセットに持って
寝室へ帰っていきます
「あいつ、興奮したときもの食うと落ち着くから」
「いいの?刃物だよ」
「いいよ。あいつ注射針すらダメだもの。
人はおろか、自分すら刺せない」
父は笑ってコートを脱いでいます。
「で、どしたの?」
着替えて椅子に座ると
父はたばこに火をつけました
一息目をゆっくり吸います
「ちょっと…ママと言いあいになって」
「なんの喧嘩?」
「パパのことだよ」
「え、俺?」
父はきょとんとして二、三度瞬きました
「私の方がパパに愛されてるから
ずるいとかなんとか…」
「何それ。娘に嫉妬とか、どんだけ乙女だよ」
父がおかしそうに笑います
「若いねえ」
「笑いごとじゃないよ。
私もういないほうがいいんじゃないの?
ママは私がきらいみたいだもの」
私はすこしふくれて言いました
嫌われるくらいなら
いっそ消えてしまいたいよ
私はママを苦しめたいわけじゃないのに。
これじゃ何のために生まれてきたのか
まったくわからない
「あいつがそう言ったの?お前がきらいだって」
父は遠くを見ながらききました
「そうじゃ、ないけど…
見ればわかるじゃん。態度とか」
私に対する
面倒くさそうな、残念そうな態度。
「あいつ、言ってることと思ってること
あんま合ってないからね。気をつけたほうがいい」
父のたばこは細い煙でした
換気扇に吸われ、細く高く上っていく
「俺あいつの言うこと三割くらいしか信用してないから。
あいつが『大丈夫』と言ったら
それは『大丈夫と思いたい』って願望だと受け取ってる」
「ひど。夫婦のくせに?」
「夫婦だからだよ」
父は笑って灰を落とします。
「ママ、本当は私をほしくなかったでしょう」
それは残念なほどの確信でした
「どうかな…不安は訴えてたけど」
「どうして産んだの」
「俺が頼んだの」
「はあ?それじゃパパの責任じゃん」
「うんまあ」
父は苦笑して
いつものんびりです
「あいつの子供がさ、どうしてもほしかったんだよ。
何かあったら俺が責任とるから。俺が支えるからって」
「うそつき。パパなんて仕事ばっかじゃん」
「だね」
「自分勝手」
「人間だからね」
こうして苦笑してたばこ吸ってれば
許されると思ってるのです
「で、どうすればいいの?」
私はそっけなくききました
これがいつか直る病ならいいのに
私も母もあまりにも
寂しがりすぎる
「うん」
父はたばこを消して
すっとめがねをはずしました
「あいつにさ、すきだよって言ってやってくれる?
あいつのことも、あいつから生まれた自分のことも
すきだよって。
自分に似てるお前から言われたほうが
うれしいだろうと思うんだ」
四十代には見えない
心がとても年寄りです
「どっか行けと言っても、いざお前が本当にどっか行ったら
自分のせいだってすごく責めんだよね。
さっきのだって、今頃きっとすごい自己嫌悪に落ちてるよ」
「じゃ言うなよって思うんだが」
「まあそうなんだけどね。
それができれば苦労してないという」
父は本当にいい加減です
「自分で自分のことが好きになれないんだね。
でもお前が言ってくれたら、変われるかもしれない。
お前という鏡に映してもらった自分なら
好きになれるかもしれない」
「そのために作ったの?」
つい強い目でききました
「いや」
父は微笑して
「あいつのことが好きだったの。
ガキができればさ、好きな奴二人に囲まれて、
俺しあわせじゃん」
にやりと笑う
父は本当にずるい奴です。
「大体さ、お前が死んであいつが務所行ったら
俺ひとりぼっちになるじゃん。
かわいそうだと思わないの?」
「ああ…考えてなかった」
「考えようよそこ。家族だよ?家族」
父は大げさに嘆いて
それからくすりと笑いました
「そういうとこ、本当あいつに似てるな。
そういう無鉄砲というか、無神経」
「仕方ないじゃん。半分血入ってんだから」
「うん。もう半分は俺だね」
「そう思うとマジうんざりする」
「思春期だねえ」
母がガキなぶん、父は本当にジジイで
私なんかが何を言っても
孫の寝言くらいにしか思ってない
「そういうとこも良し」とか言ってるアホ父です
「私家でるから。卒業したら」
私はつんとして言いました
「そか。俺あいつと心中する覚悟だからさ。
お前は気にしなくていいよ。自由にやって」
「言われなくても」
母は父と二人きりのほうがずっとしあわせだろうと
私は思います
「まあ、好きな奴でも見つけて、そいつと心中してやって下さい」
「心中はしないけど。しあわせにしてやります」
ママは間違いだらけだけど
パパを見つけたことだけは正しかったんだと
私は思いました
だから、そのハーフの私も
ちょっとはいていいはず、と思いたい
こうしてやさしい父みたいな男を選ぶなら
私もすこしはふつうの人に
近づけるでしょうか。