9話 そんなに驚くほどの事だろうか?確かに多少のリスクはあるが、別段命に関わるわけでなし、将来の危険に備えるのは当然の事だと思うのだが・・・
さらに続き。
今回は軽く世界についてです。ついでに主人公の超人さ加減も少し・・・
さて。お楽しみの時間が終われば、待っているのは座学の時間である。
本日のテーマは“世界の歴史と風習”。
小屋の中の書架から一番分かりやすい歴史書を取り出し、洞窟内のテーブルの上に置く。記録用のノートとメモ・整理用のミニ黒板――どちらも小屋の中に残っていた――も用意し、ついでに補水用の果実水の水差しも運んでおく。
まずは一口果実水で口を湿らせてから、さて、準備完了である。
教師役のセヴィの声を聴きつつ、該当する本のページに目を落とし、メモを取っていく。
時折疑問を挟み、メモを整理し、ノートにまとめる。
当たり前の授業風景だが、使われているのは読み書きする文字も、朝から交わしている会話も全てこの世界の共通言語だ。まったく異なる世界からやってきて、たったひと月で初めて知る言語を日常生活に不自由しない程度に操れるようになっている。
とうに言うのも馬鹿馬鹿しくなっているが、やはりとんでもない学習能力だ。――しかし当の雲雀本人から言わせると、言語習得はどちらかというと苦手な分野だと言う。そしてこの事については、セヴィも否定しない。
ではどうしてこんなに修得が早いのかと言えば、この世界の共通文字の構造と、雲雀が自分に課した無茶ぶりによってである。
まず文字だが、これはローマ字構造の表音文字で、形もアルファベットやルーン文字に近かい。よって必要最小限の記憶だけで、文字はすぐに覚えることができた。しかし問題は会話である。文字は覚えても単語の意味が分からなければ使えないし、文の構造も知らずに会話はできない。
そこでそれらの問題を解決する為、雲雀は自身にスパルタを課した。まず可能な限り共通語の単語を覚え、翌日の朝からは会話中にその単語が出てくるときはその共通語だけを使う。自分はもちろん、セヴィにもそれを頼み、繰り返した。
毎日毎日覚える単語が増え、初めは日本語の会話の中に共通語の単語が飛び出す形だったが、しだいに会話の殆どが共通語で占められていく。
もちろん言うのは簡単だがそう簡単にできるものではなく、覚えきれない単語もあるし、容易く言語を切り替えられる訳もない。この件に関しては雲雀もかなり苦労した。
ただセヴィは、さすが“監督”直々に作り出された仮聖霊だけあり、使える単語を間違えることも、切り替えに梃子摺ることもなかった。
半月もすれば会話に使えるのは殆ど共通言語に占められており、ひと月たった今では該当する単語が無い場合を除いて、すべての会話は共通言語となっている。
セヴィはもちろん、雲雀もつっかえつっかえながら会話を続けられるようになり、今のこの状態ができ上がったわけだ。
「ふむ。では、この世界は、特定の色が、神の色と、されているんですね?」
『ああ。特に最高位とされている三柱の色は重要視されている』
曰く、太陽の神“ベレ・ルー”を表す金。
月の女神“ネア・グレ”を表す銀。
そしてこの二柱の母であり、全てを生み出した夜の神“トレ・ラート”の黒。
ちなみ“ベレ・ルー”と“ネア・グレ”は双子で、“ネア・グレ”の方が姉。
また“トレ・ラート”は一人で二柱を含む万物を生み出したとされ、夫にあたる神はいないらしい。
『そして神格についてだが、三柱共に最高位とされているが、その中でも本当の最高神は“トレ・ラート”。次が“ネア・グレ”。“ベレ・ルー”は最後になる』
「女性の、方が、上位に、位置して、いるのですね。多神教に、見られる、特徴の、一つです。特に、黒い女神と、いうのは、正に、地母神信仰の、特徴ですから」
頭の中の雑学メモを引っ張り出し地球の宗教観と比べてみる。
『他にも医学の神“クレ・エイヤ”、農業の神“ブリ・メテール”、牧畜の神“バン・イラー”、鍛冶の神“ヘバ・テクト”、愛と美の神“シュネ・ロス”、戦いの神“アレ・メト”、芸術の神“エウ・クレー”・・・まあ、まだ他にもいるが、これらの神は三柱の最高神より下位の神とされ、司る内容に合わせて個人で信仰されている』
ちなみに、これらの神には対応する色はない。
『先にも言ったが三柱を表す色は重要な意味を持つとされ、特に人族の間ではその色を身にまとって生まれた者――つまり髪や瞳がその三色のいずれかをしている者は、それぞれの神の加護が付くなどという迷信がある』
「迷信、なのですね?」
『ああ。大体“神”とは言ってはいるが、正確には“神”ではなく“最高位聖霊”だ。お前も、それは分かるだろう』
「まあ、それは、確かに。“監督”が、いる以上、“神”が、そんなに、いる訳、ないですからね」
『この世界の命たちからすれば十分に高位存在だからな。“神”と思ってしまっても不思議ではない。実際、“監督”に次ぐくらいの力は持っているからな』
「では、私の、知識に、当て嵌めると、天使、くらいでしょうか?」
『そうだな。お前が俺に付けた名前の天使と、同じくらいだろう』
つまり熾天使クラスという訳だ。
『この世界で言う“神”たちは、地上の命の声を聞いてはいるが、手を貸すことはしない。まあ、その辺は“監督”と同じだ。影響が強すぎるからな。よって変に加護を与えたりもしない』
にも拘らず色についてそんな迷信が生まれたのは、かつて聖霊が下界の民と交わりを持った事があるという事実と、偶然が合わさった結果だという。
たまたま過去に偉業を成した者たちの中に、数人その色を持っていた者がいただけらしい。
本来なら他にも同じくらいかそれ以上の偉業を成し遂げた者も何人もいるのだが、なまじ信仰に結び付いているだけに人々の記憶に残りやすかった。
加えてそれらの色が、遠い過去に下界の民と交わった聖霊の微かな血が、偶然表面化したことで生じるとうい事実も、誤解を払拭しきれなかった原因であるらしい。
結果、金・銀・黒を身に宿すものは才能ある神の加護持ちという迷信が残ってしまった。
『さらに問題なのは、この三色はこの世界の住人とって希少な色でもあることだ。金はそれでもまだ数百人に一人はいるが、銀は数千人に一人。黒に至っては数万人に一人いるかいないかの希少さだ』
「・・・・ということは、もしかしなくても、私が、このまま、人里に、出ていったら」
『間違いなく、大騒ぎだろうな。髪も瞳も見事な漆黒だからな』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
米神を抑え、渋い顔をする雲雀。どうやら、解決しなければならない問題が、また一つ増えてしまったらしい。まさか純粋日本人の基本カラーが、こんな問題を孕んでいるとは思わなかった。
「いずれ、どうにか、しないと、いけませんね・・・・色を、変える、方法を、考えないと」
髪は染料で染めるという手もあるが、瞳の色は変えようがない。さすがにこの世界に、カラーコンタクトを求めるのは不可能だろう。何よりその都度染めたり着けたりするのはかなり面倒だ。
「・・・・まあ、いいでしょう。おいおい、何とかします。続き、お願いします」
苦味虫を噛み潰しつつそう言った雲雀だが、セヴィは苦笑する。
『いや、今日はここまでだ。時間もすでに押しているしな。そもそもその状態ではちゃんと記憶できるかも怪しい』
記憶力は良いので続けることに問題はないのだが、あえてそう言って終了した。
*
『おい、本当にやるのか?』
先ほどの座学の時とは一変、非常に嫌そうな雰囲気を隠しもせずに尋ねる。
「はい。セヴィが、言ったんでしょう?毒や、麻痺などの、対応策は、持っていた方が、良いと」
『だからと言って、痺れの実を食べて耐性をつける奴など、普通はいない』
確かに少量の毒を飲み続け耐性をつけるという方法はあるし、王侯貴族などでは用いられることもある。
しかし、一般人がそんなことをすることはまずない。
「何事も、備えを、するのは、大事でしょう?この実が、一定時間、麻痺させる、だけだと、教えてくれたのは、セヴィじゃないですか」
さすがにいきなり毒の実から始める気にはならなかったので、麻痺の実から始めることにしたのだ。
「就寝前なら、寝ている、間に、麻痺も、取れるし、休息も、取れますから、時間も、無駄にならず、一石二鳥です」
実にイイ笑顔で言ってのける雲雀――セヴィは実体のない頭を抱えたくなった。この相棒は実に慎重で用意周到だ。周到すぎてところどころ突き抜けている。
この調子では、将来毒の耐性獲得に動くのも確定だ。これはもう止めても止まらないだろう。
雲雀は人当たりがよく柔和な雰囲気の持ち主だが、同時に意思が強く頑固な一面もある。
ならばセヴィにできることは、この男の行動を許容範囲内に収まるようサポートすることだけである。
『・・・なら、最初は量を半分にしろ。全部だと朝になっても麻痺が取りきれない可能性がある』
諦めと共に告げられた言葉に、雲雀はにっこり笑って手にした紫のリンゴのような果実を半分に割る。
麻痺で倒れてもいいように準備万端にベッドに腰掛け、割った痺れリンゴを何のためらいもなく平然と食べる姿を見ながら、セヴィはこの先も待っているだろう相棒の無茶振りを思い、遠い目をしていたのだった。
主人公はゲームでステータスをMAXにしてからBoss戦に挑むタイプ。
因みに、髪の色で黒→銀→金と人数が多いのは、トレ・ラートが人と交わり子孫を残したのが1人であるのに対し、ベレ・ルーは結構な人数に手を出していたからですww