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恋を失敗し続ける女と、恋を追い続ける男(2)



「結婚したから、皆と同じになったから、お前が幸せになれる訳じゃねぇだろ」


 机に肘を載せ、顎をついて私を見据えていた真幸さねゆきは、しばらくの沈黙の後でそうつぶやいた。


「焦って妥協なんてしてみろ、ただでさえ異性運のねぇ俺たちの見る目は曇りに曇って、絶対失敗する。現に俺は失敗した。早く結婚したって、恋愛感情ありきで結婚したって、巧くいかないものは巧くいかない。巧くいっているように見えたって、見えない裏側の苦労は、他人には分からない…そういうもんだよ」


 実質二年半だけの結婚生活だった真幸の結婚生活。

 仲がよさそうだったのに、奥さんは不倫しててその相手と消えて、一年が過ぎて離婚届だけが真幸のもとに届いた。真幸は、黙ってその離婚届に判を押した。


「それにな、結婚ってのは勢いでできるけど、別れるのは地獄だ。時間はかかるわ、汚ねぇ性根を晒して、聞くに堪えねぇ罵倒の応酬で責任転嫁。挙句に金をむしり取るだ、とらせねぇだの駆け引き。一緒に暮らしながら、毎日そんな事してみろ。どんどん相手が憎くなって嫌いになる。あいつが出てった時は、もうあいつの顔を見なくても済むって、正直ほっとした…一度は好きになったあいてをそう思うってのは、結構辛いもんだぞ」


 離婚して七年近くが経って、ようやく口にした真幸の言葉は重く私に響く。

 私が知らないだけで、何事もなく、すんなり別れたわけでもないんだって。

 だけど、真幸はそれを私に言う事はしなかったし、私も聞かなかった。

 話して楽になるなら、真幸のほうから言ってくる。

 私が聞いて解決できるのなら、私は迷わず理由を聞いた。

 どちらにもならないから、あえてお互いにその話題に触れなかったのに。

 酷くまじめにそんなことを言われると、元奥さんの事で揶揄をした自分がいけないことをした気分になる。


「…ごめん、嫌なこと言ったわ」

「あー、お前、俺が引きずってるとか思ってる?ないない。忘れることはねぇけど、俺の中では消化済み。単にお前には焦りとか勢いで結婚して、そんな嫌な経験はしてもらいたくねぇだけ。そうならないために、失恋したって思えばいいじゃねえの。今回は、変な男掴まされる前に振ってやったと思えばさ」


 別に、失恋にたどり着くほど佐内青年が好きというわけではないんだけど…。

 ああやって懐いてくれる男の子も良いなぁって、オバサンが勝手に夢見て夢が醒めたというか…残っていた乙女心が砕けて自己嫌悪したのよ。

 あの時、ストーカー疑惑の佐内青年自体に腹が立ったんじゃない。

 元彼と別れて、男なんてしばらくいいやって思っていた心が、一月も経たないうちに揺れて、また駄目な恋愛になりそうだと自覚して撃沈したことが許せなかった。

 結局、自分には男を見る目と男運がないと何度目かの再確認をして、ショックだったのよ。色々経験して三十路を超えたのに成長のない自分は、もう恋愛に関しては壊滅的な縁のなさだってことも今回ばかりは深く自覚した。

 いっそ、もう恋愛とか結婚に夢を見なければいいのに、焦がれてしまうのは女であることを捨てられないからなのかな。


「…なあなあ、俺、今いいこと言った?」


 感傷モードに入った私に、いい話も台無しな感じでそう聞いてくる真幸。思わずじろりと鋭い視線を向けたけれど、自然と笑いがこぼれる。

 恋に失敗したとき、真幸が何時も話を笑い話にして辛さを忘れさせてくれるから、こうして笑える。

 親友の様な、兄弟の様な、そんな真幸が自分にとって救いの存在で感謝しているけど、今以上に調子に乗るから、本人には絶対に言ってあげない。


「アホだわ、サネ」

「あ、アホって…いや、この際アホでいいけどよ。三十五までに結婚できなけりゃ、俺と結婚する約束なんだから、別にそう焦る必要ないだろ?」

「あんたが離婚したときの慰め話を、わざわざ持ち出すなっ!約束なんてしてないし!」


 離婚した後、少しだけ気落ちしていた真幸に『私が三十五まで独身だったら、婿として拾ってあげるわよ』って、励ました話をこんな傷心場面で持ち出すなんて、意外に人が悪い。絶対に仕返しだわ。


「マジでか!俺、期待して待ってんのに!」


 白々しくそう言って、ニヤニヤ笑った真幸に私はふんとそっぽを向く。


「あっそ。あんたは私の恋愛が失敗すればいいって、ずっと思ってた訳ね」

「んなわけないっての。行き遅れたら、俺の嫁にくらいならしてやるって話だよ」

「あー、はいはい。期待しないで私が三十五になるまで待ってれば?」

「かわいくねぇ…。でもまあ、今回の野郎は気を付けたほうが良いぞ」


 さっさと忘れて次の恋でもしろって、何時もなら言うのに、今回に限って真幸はそういわなかった。


「どうして?」

「本物のストーカーなら、本人が拒絶して突き放すと逆上して攻撃的になるし、簡単に諦める生き物じゃねぇからな。あんまり刺激せずに、身動きとれねえ様に外堀固めて諦めさせねぇと」

「え、そういうものなの!?」


 私のしたことは逆効果なの?今後、危険ってこと?

 というか、どうしてそう言う事を真幸が知っているの?

 頭の中で、不安と疑問がぐるぐるしていたら、真幸がへらへらと笑う。


「なんかあったらすぐ言え。かなめが出張る前に、どうにかしてやるから」


 要って言うのは従兄弟の一人で、真幸の双子の兄貴。一卵性だから、ほぼ真幸と同じガチムチ体型で顔も一緒。二人並ぶと、シュールな阿吽像みたいなのよ。

 もう一人の従兄弟は、私に無意識のカウンター攻撃を仕込んだ格闘マニア。真幸は穏やかな性格なんだけど、要は私寄りの性格で、私より気が短くてアグレッシブなのよ。

 要が関わると、丸く収まるものも拗れて血が流れる。

 真幸は人の恋愛を笑ってアホな事ばっかり言うけど、いざと言う時は頼りになる。真幸は行動力があって有言実行型だから、そこだけはいい男だと思うわ。


「無い事を願うけどね。…困ったらヨロシク」


 二週間たって何もないのだから、恐らく心配はないだろうけど、しばらく用心するに越したことはないし…。

 厄が明けるまで良いことがなくてもいいから、これ以上の悪いことも起きないでと心底、思う。平穏とは縁遠い私では、そんな願いは無駄なあがきだと知りつつも…。

 そして、その願いは簡単に打ち破られた。


「いらっしゃいませ」


 今、店の扉を開いたお客様によって。





コメディ路線のお話なのに、前回今回となんだかシリアスですみません。

次回から、多分、また緩くラブなコメディー調になれると思います。

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