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青年は純情に成り難く、暴走に陥り易し(後篇)



「そうじゃなくて…カットの話なんだけど」


 よもや、君を仕留めようとしていましたなんて、とても言えない。

 だから、本題を振ってみたんだけど、より一層、佐内さない青年が私に顔を寄せてきた。


「来てくれる気になりました!?」

「ち、近い!君、顔近いから」


 きらきらと目を輝かせて興奮する青年を押し戻す。

 疲れる。彼の勢い、三十路の私には体力的にきつすぎる…。

 でも、此処ではっきりさせないと彼の為にも良くない。

 そう挫けそうになる心を諌めながら、私は気を取り直して彼を見る。


「あのね、この際だからはっきり言うわね?」

「はい」


 期待感満載でまた詰め寄られて、再び、相手を押し戻す。


「君に無料でカットしてもらうつもりはないし、無料にされる理由も私にはないの」

「…どうしてですか?」


 瞬間的に表情を消した佐内青年の視線が、普段の柔和なものから一瞬だけ、冷酷さを含んだ物に変わる。それは、獲物を前にした狩人の眼にも似て、ビリッと電流が走る様な緊張感が身体を駆け抜ける。

 喧嘩や暗い人生とは無縁そうな印象の彼が、どうして危険を感じるような眼を?

 異変を感じた途端に、それが泣きそうなものに変わる。

 …見間違い?

 それを肯定するように、気落ちした声が言葉を紡ぐ。


「僕の事…嫌いですか?」

「…そう言う事じゃなくて。アイスクリームの購入権を譲った程度なら、この肉まんでも貰い過ぎなくらいだから、これでアイスクリームの事はチャラにしてくれない?」

「嫌です」

「…佐内くん」

「…して……」

「何?」

「どうして俺の事、悠里ゆうりって呼んでくれないんですか?れい先輩は礼って、呼び捨てなのに」


 え、今その話題!?

 というか、交流年数が違うのだから、そんなの当たり前の事だと思うけど。


「僕の事も悠里って、呼び捨てで読んで下さい!」

「それで、カット無料の件をチャラにしてくれるならね」

「嫌です!それとこれは別です!」

「あのね…別に、髪を切りにいかないって言ってる訳じゃないの。タダにされるのは嫌なのよ」

「お姉さんからは、お金は受け取れません!」

「それは私が嫌なのよ」

「それでも、譲れません!」


 この子、顔に似合わず意外に強情だわ。

 何でそこまでこだわるのかしら。集客目的にしては、ちょっと変なのよね。

 私は初めにお金がないって伝えているし、そんなにカットへ行ける訳でもないから、上得意なお客にするには向いていないのに。

 しかも、私は一応それなりに気を使って、オブラートに包みつつ辞退しているのに、いい加減折れなさいよね。

 こういう押し問答は自分の性格的に無理。イライラして面倒くさくなるから。


「あー、そういう感じなら、髪は切りに行けないわ。施しみたいで嫌だから、この話はなかったってことで」


 手に持っていた肉まんを相手に突き返し、話す気も失せたのでさっさと家路に向かって歩き始める。が、佐内青年にコートの袖越しに腕を掴まれる。


「待ってください!僕、そんなつもりじゃないです!ただ、お礼がしたいだけなんです!」

「だから、過分すぎるって言ってんの!どうしてわからないかな、君は」


 苛立ちを示すように、腕を大きく動かして相手の手を振り払う。

 佐内青年は、びくりと半歩、身を退かせて私をじっと見ている。何が何だか分からないといった様子で。


「な、なんで怒っているんですか?」

「お礼だか何だか知らないけど、押しつけがましいのは迷惑なの。いい加減やめて。それとも何?何か企んでるわけ?」

「ち、違います!お姉さんは俺にとって、大事な人なのに、そんな企むなんて…」

「はぁ?何言ってるわけ?」


 たかが一週間くらい前に会ったばかりの、大して親しくもない相手に…頭大丈夫かしら、この子。ちょっとここまで来ると異常よね?心、病んでるの?


「お姉さんが好きなんです、ずっと前から!」


 トドメの様な衝撃的な言葉を、佐内青年は力いっぱい言い放ってくれた。

 ずっと前って何?前から私を知っているってこと?本物のストーカー?

 そう思うと、どんどん、これまでの彼の可笑しな行動もしっくりくる。

 店長がストーカーになるんじゃないかって、心配した意味が、なんとなく解ってきた。

 頭の螺子がどうにかなってなかったら、佐内青年みたいな子が私に声をかけてくるなんてありえないもの。


「彼女持ちがこんな十歳も年上のババアに何言ってんの。あんまりふざけて人をからかうと、痛い目見るよ」


 私に浮かんだのは、たぶん失笑。

 ホント、最近、何なの。

 次から次へと舞い込んでくるのは、ろくでもない事ばっかり。

 こんなことを真面目に対応しようとするなんて、どれだけ馬鹿なの私。


「え?彼女!?あ、あの、僕、ふざけてなんか…」


 言葉をみなまで言わせず、私は佐内青年のトレンチコートの襟をつかんで、相手を引き寄せる。


「黙れ。私がブチギレる前に失せろ。二度と、そのつら見せんな。ムカつくから」


 威嚇するように相手に警告をし、相手を突き放して今度こそ家路に向かって歩き出す。

 全身に怒りを宿したまま、大股で。後ろから、佐内青年の声が聞こえたけど無視。

 悔しかった。ちょっとでも翻弄されて揺れた自分が。

 私は一度も振り返らなかった。

 佐内青年は、追ってこなかった。

 それから、彼は私の前に現れなくなった。




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