青年は純情に成り難く、暴走に陥り易し(前篇)
Round2 青年は純情に成り難く、暴走に陥り易し。
ちょっと変わった青年、佐内悠里に出会って一週間が経った。
私の髪は、まだ何も変わっていない。
ええ、私の腰近くまで無駄に伸びた髪は相変わらず茶色と黒のハーフ&ハーフのままですが何か?
彼がくれたチラシに載っていた美容院は、意外に家から近い。
時々、雑誌になんかにも載っている有名でお洒落なお店で、以前の私なら行っていたかもしれない。お金もわりと自由だったから、新しい美容院を開拓するみたいな気分で行けたと思う。今はじり貧生活だから…ね。
先立つものがないんです。先立つものが!
いくらなんでも、青年の言葉を真に受けて無料で髪を切ろうなんて思っていない。
社会人生活の長い三十路を過ぎた女が、十近くも年が離れているであろうイタイケナ青年に甘えちゃいけないでしょ?
しかも、無料にしますなんて変な気を遣わせるなんて、大人としてどうなのよ。
たかがアイスクリームの購入権を譲っただけで、奢った訳でもないのに。そこまでのお礼を受ける理由がない。
だけど、良い機会だからカットぐらいはそろそろしたいと思うのよ。毛先がかなり傷んでいるし、少し軽くしたいとは、ずっと思ってきた訳なのよ。
だから、せめてカット代くらいは稼いでから行かないとね。
って、ことで。御堂円、今日もバイトで稼ぎます!
…そう思っていたんだけどね…ちょっと、いろんな意味で挫け気味です。
◆
「…円ちゃん」
レジ打ちをしている私の横で、店長の香山さんが物凄く居たたまれない感じの声で私を呼ぶ。私はあえて無視をした。
そう、店長の声も、私の目の前でプリプリと怒りながら、レジの合計を待っている相手、佐内悠里の言葉も。
「合計四点で、834円になります」
「おねえさん、今日こそお返事ください!」
千円札をカウンターに叩きつける様にして、その青年は身を乗り出して来る。
「お客様~、何度も申し上げますが、カウンターが壊れますので優しくお手を触れてくださいね」
「あ、ごめんなさい…」
注意をすれば咄嗟に謝ってしまう所は可愛いのだけれど、こう、一週間、毎日の様に深夜間近のコンビニ現れるのは如何なものか、佐内青年よ。
そんな時間があるのなら、電話のドSな彼女といちゃいちゃして来ればいいのに。
あ、もしかして、彼女に頼まれた買い物のついでで、毎日通っているとか?
「では、千円お預かりいたします」
そんな無駄な心配は口には出さず、私はさっさと清算に入る。追い返す為に。
「…円さん、冷たい」
をいをい。どさくさ紛れに名前呼びで来たよ、この青年。
「お客様、私、馴れ馴れしいのは嫌いです」
「!!!ご、ごめんなさい」
冷やかに言葉を返せば、どんどん意気消沈していく。そんな相手を尻目に、私は淡々と職務をこなす。
生憎だが、君のペースにはまってあげられるほど、お姉さんは純情じゃないのだよ?
私の心には、コブラツイストがかけられているからね?痛い捻り具合なのよ。
「166円のお返しになります。レシートは如何なさいますか?」
「あ、要ります」
反射的にそう返した相手の手に、お釣りとレシートを乗せる。
軽く指が彼の手に触れる。
瞬間、青年の顔に朱が差して、慌ててお金を乗せた手を引っ込めて、視線さえ泳がせる。
なんだこの、乙女な反応は!と、噴き出して笑いたかったんだけど、仕事中だからお客様を笑う訳にはいかないで、心の中にとどめる。
コンビニ袋の中に青年が購入してくれた商品をしまい、袋を持ちやすいように相手に差し出せば、青年がさながら捨てられた仔犬の様に私を見つめて来る。
うわぁ…可愛い物好きの女子なら、一撃で落ちるわ。これ。
だけどね?こないだはうっかりやられたけど、早々、打ちのめされないわよ?
「お待たせいたしました」
「…あ、あのお姉さん、その…」
淡々と、営業スマイルでお帰り下さいを暗黙表示した私に、佐内青年はますます困ったように眉を歪める。
「お疲れ様でぇーす。って、何、お前、また来てるのか悠里」
今日の深夜シフト担当である店長の息子、香山礼が、空気を読まずに軽い調子で現れる。佐内青年を見て、呆れたように呟く。
「僕、お客として来ているのに失礼ですよ、礼先輩」
途端に佐内青年はむっとしたように答え、礼が私の手から袋を奪い取って佐内青年に付きつける。
「お前のやってる事は、営業妨害かストーカー一歩手前だっつーの。おら、お前が受け取らねぇと、御堂のねえさんがあがれないだろうが。受け取って帰れ」
「相変わらず、接客に向かない人ですね」
確かに粗野な口調で年上の私の事も呼び捨ての、お世辞にも接客業向きではない礼に、佐内青年はそう言いながら荷物を受け取る。
礼と佐内青年は中高時代の先輩後輩関係らしい。礼の方が一つ年上で、共にエレベーター式の男子校出身で、同じサッカー部だったのだとか。
つい二日前に、さっきと同じ状況になっていた私を、変な客に絡まれていると思った礼が助けに来てくれて、二人は意外な再会を果たした。
礼が確か二十四歳だったから、佐内青年は二十三歳。…どれだけ数えても、私と九つ違いだわ。
痛い。このジェネレーションギャップは結構大きいのよ。
礼と話をすると、話題の年代差が浮き彫りになって、何時もオバサンとか揶揄してくるから嫌なのよね。仕返しに尻を蹴り飛ばしてやるけど。
「じゃあ、礼、あがる時間だから、後よろしく」
「おう。ついでに、ストーカー連れて帰れよ」
「僕はストーカーじゃないです!」
「…しょうがないな。ポチ、着替えて来るからそこでステイ」
「お、お姉さん!?僕、犬でもポチでもないですよ!?でも待ちますっ!」
必死で否定する割には、満面の笑みで待機態勢に入ったけど、この青年。
十分わんこだよね?
仕事中だから、これまでやんわりと「しばらくは行きません」って言っているにも関わらず、毎日やって来て「いつ来てくれますか?」って…。
そりゃ店長が、「お給料前借する?」って、こっそり言って心配してくれる程度には、佐内青年は痛い行動をしている訳よ。
放っておいたら、私が美容室に行くまで毎日この調子で来そう。コンビニの売り上げとしては嬉しい限りだけど、店長がストーカーにならないか本気で心配し始めている。
深夜のコンビニに、彼女の為にアイスクリームを買いに来る男が、そんな訳ないだろうって思うんだけどね。ストレスのせいで店長の薄毛が亢進したら拙いし、この機会にしっかり佐内青年には言っておこう。
お金稼いで会いに行くまで、職場待機!…って。
手早く着替えを済ませた私は、ロッカーを閉じて真剣にそう決意した。