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Surly Cupid(前篇)

 悠里の継母、松子視点です。

 今回、地の文が多めで読み辛いかも…です。




 あたし佐内松子さないしょうこには、十二歳年上の旦那様と、十三歳年下の血の繋がらない息子がいる。

 ジローちゃんに高校生の時に一目惚れをして、猛アタックした。かなりの肥満体形で地味顔だった私は、彼に愛されたい一心で、文字通り血を吐く様な努力をして今のスリムな体と『美魔女』と呼ばれる、アンチエイジングの美容法を手に入れた。

 そのおかげで、あたしは『マツコ』名義で美容研究家として、それなりに名前が売れて今では生業に出来るまでになった。

 あたしの旦那様、佐内二朗さないじろうは背も高くてちょっとワイルドなイケメンで、美容室で初めて会った時、物語から抜け出た王子様みたいだった。

 物腰が柔らかくて、デブで地味なあたしでもちゃんと女の子扱いしてくれた。例えそれが仕事の一環だったとしても、親兄弟にしか男の人から優しくなんてされた事に無かったあたしが恋するには十分な理由だった。でもすぐに、あたしが思い描いた王子さまなんかじゃないって、分かった。ジローちゃんは、物凄く女性に冷たい怖い人だった。

 ジローちゃんの心の中には、交通事故で亡くした奥さんがずっと居て、他の女の人なんて、全然眼中に入っていなかった。亡くなった奥さん一筋で、他の女の人なんて興味もないから、あたしのことだって何度も冷たく突き放した。

 愛されないって分かっていても、ジローちゃんを嫌いなれなくて、冷たくされてもそれでも好きでどうしようもなくて。お試しでも良いから、一年だけ結婚してって、ものすごく食い下がって半ば強引に結婚してもらった。

 ジローちゃんは、ずっと離れて暮らしてた息子と一緒に暮らしたくて、でもそのきっかけがなくて。再婚を理由にして息子を実家から引き取りたかったからOKしてくれた。

 今思うと、あたしもジローちゃんも自分勝手だって思う。悠里の気持ちも、相手の気持ちもまるで無視で。自分の為だけに、新しい家族になった。

 仮初の一年だけの。

 ただ、出会った頃の悠里は、見た目だけは美少女みたいで可愛いのに、他人にも自分にも無頓着で、挨拶一つ満足にできないとても残念な子供だった。そうなったのは、これまで面倒を見てくれていたジローちゃんの両親が、親が傍に居なくて淋しいだろうからって、悠里をドロドロに甘やかしてしまったから。

 だから、せめて挨拶だけは出来るようにって、打っても響かない悠里にしつこく教えたの。あたしが煩すぎて、悠里はボソッとあたしに悪態付いて、一方的にあたしが喧嘩腰になって終わるのを何回も繰り返してた。

 だって、ジローちゃんはやっと一緒に暮らせるようになった悠里を猫かわいがりして、物事の善し悪しさえ教えない。親としてはダメダメだった。親の干渉を嫌がる十四歳という微妙な年頃の悠里は、容赦なく自分に絡んでくるジローちゃんを拒否する。

 あたしがそんな悠里を窘めれば、ジローちゃんがあたしを怒る。

 悠里はあたしの言葉を多少は聞いてくれるから、なんだかジローちゃんから変な嫉妬を受けて、余計に冷たくされちゃった。

 そんな繰り返しで、どんどん三人の関係はこじれていった。

 それでもあたしと悠里は、何となく喧嘩友達みたいな関係にはなれた。けど、ジローちゃんとは夫婦になれないまま。悠里とジローちゃんの親子関係も歩み寄りがないまま、半年が過ぎた頃、悠里にちょっとした変化が芽生えたの。

 きっかけは、悠里が電車で痴漢された時に、自分を助けてくれた女の人に一目惚れした事件かな。

 それまで全然表情が変わらなかったんだけど、恋した悠里はその女の人の事を話す時だけ、ちょっぴり優しい顔に変わる様になった。

 それが嬉しかった。悠里もちゃんと男の子なんだって。普通の子と同じだって。


「松子…どうしたら松子みたいに、好きな人と結婚して一緒に居られる?」


 そうやって悠里が聞いてくれた時、あたし、泣いちゃったんだ。

 好きな人と結婚して幸せになりたかったのに、相手の気持ちを無視して結婚なんてしたって全然幸せじゃない。全然家族になんてなれてない。ただの他人なんだもん。

 悠里が『若すぎるお母さん』でかわいそうねって、あたしがいない所で学校の先生や近所の人に言われてたのを知ってる。

 傍目から見たら、あたしは口も悪いし、美容研究家としての仕事も多くて、家に居る時間だって少なくて、全然、家の事なんてしてない様に見える。見栄えばかり気にした母親失格の女だって思われてるのも 分かってる。事実、完璧な母親じゃない。良いお母さんとは程遠い。

 悠里だって、あたしの事を『お母さん』って、一度も呼んでくれたことはない。

 認められていないことは、自分が良く分かってるから。

 誰にも言えなかったけど、自分が強引にしたこの結婚で、悠里が聞かなくても良い中傷を聞いて、一番傷付いてるってわかっているから、悠里の言葉が痛かった。

 だから、白状したの。結婚は一年だけの約束だって。あたしが無理にジローちゃんにお願いしたって。 だから、あと半年したらさよならするって。

 悠里に、嘘なんて付けなかった。

 全然、母親らしくない駄目な継母でゴメンって謝った。


「…あの駄目親父、どうしようもない」


 呆れて怒って、あたしに文句を言うのかと思ったら、悠里はそんな剣呑な事を呟いた。


「僕、別に松子の事、嫌いじゃない。父さんと結婚してくれた奇特な人間だって、尊敬すらしてる。だから、謝らないで良いよ。謝るのは父さんだから」


 なんだかよくわからないけど、悠里はあたしを慰めてくれた。不機嫌なジローちゃんが見せる、歯の根がかみ合わなくなるような恐い空気を纏って。

 珍しく不機嫌になっていた悠里は、その後、更にジローちゃんに対して冷たくなった。でも、あたしには自分の事を、少しだけ話してくれるようになった。学校の事とか、他愛のない会話だけど、あたしからの一方的な会話だけだったこれまでの悠里からすると、かなりの進歩だと思うの。

 ジローちゃんとの結婚生活の期限があと二カ月をきった頃、悠里はジローちゃんと進路で揉めた。

 悠里がジローちゃんと同じ美容師の道に進みたいから、高校に行かずに専門学校に入りたいって言った事に、ジローちゃんが大反対した。

 これまで、悠里のする事に何一つ反対しなかったジローちゃんが、感情むき出しで怒ったの。それも、 美容師になる事を、一方的に反対した。自分勝手な理由で。

 初めて、自分がこうしたいって意思を見せた悠里が、どう考えてその道を選ぼうとしたのかさえ耳を傾けずに。

 これまで、ジローちゃんに何言われても我慢できたんだけど、悠里へのその態度には流石に腹が立って、あたしジローちゃんの顔を拳骨で殴ってた。


「生まれて初めて、自分でやりたい事を口にした息子の言葉を何で否定するのよっ!なりたい理由も聞かないで!悠里のお母さんが死んだことは、悠里の夢を諦めさせる理由にならないでしょ!悠里は悠里であって、ジローちゃんじゃない!そんなこじつけ言うジローちゃん、サイテー!!そんなジローちゃんなんて大っ嫌い!離婚よ、離婚!悠里はあたしが引き取って育てる!悠里にはやりたいことをさせるわ!」


 って、初めてジローちゃんに逆らって、本気で離婚覚悟して家出しちゃった。


「松子と離婚するなら、僕、松子に付いて行くから」


 悠里は悠里で、ジローちゃんへの反発からか、そうジローちゃんに宣言してあたしの家出に付いてきた。

 あたしとの離婚なんて、ジローちゃんには痛くないだろうけど、悠里を奪われるのは我慢できないだろうし。どうせ後少しの結婚生活だったんだから、せめて悠里の為に、悠里がやりたい事が出来る様にジローちゃんに認めさせてサヨナラしようって決めたの。


「今更松子が父さんに愛想尽かせても、手遅れだと思うけどね。すぐに居場所つきとめて乗り込んでくるから、覚悟した方が良いよ?」


 家出してすぐに入ったファミレスで、悠里が無表情に呟いたその最後の言葉に、なんだか背筋がぞくってして、嫌な予感がすごくした。

 悠里だけを捕まえて、あたしをガン無視で置き去りにして帰っちゃうんだろうな…。

 で、その嫌な予感は、あたしの想像を超えたものだった。

 身動きできない様な激しい怒りを全身で表現して、それでいてあたしが殴った頬を、ちょっぴり赤く腫れさせた焦り気味のジローちゃんが来た。

 ジローちゃんたら実はワイルドな野獣系!…って、場違いな事考えたあたしを見つけたジローちゃんは、あたしを恐ろしい眼光で睨みつけた。

 殺されるって、本気で思って鳥肌立つし、無意識に震えてた。


「悠里、今日は礼の家に泊まれ」


 ジローちゃんのその声は、普段の優しい言葉遣いとは程遠い粗野で恐い声だった。

 しかも、悠里にそれだけ言って、あたしの腕を掴んで悠里の事をファミレスに置き去りにした。

 連れ去られたのはあたしの方で、そのままあたしは家に連れ戻されて、ジローちゃんに理不尽に怒られながら愛の告白をされて、逃げる間もなく名実ともに妻にされました。

 ジローちゃんが、あたしが結婚してって迫る前から、既にあたしの事を好きだったって告白したのを聞いて、あたし「嘘っ!」ジローちゃんのほっぺつねっちゃったのよね。信じられなくて。

 だって、あたし容赦なく邪険にされてばっかりだったもの。

 ツンデレとかいう甘い物じゃなかったもの。『ツン』しかなかった。嫌われてると本気で思ってたくらいだし…なのに、なぜ好きだって解らないんだって、文句を言われてもフツーは無理よね?


「好きでもない女性と結婚できるほど、わたしは心が広くないんですよ。貴女と悠里が話す度に、悠里に嫉妬するくらいには、貴女が好きですよ」


 息子に嫉妬って!悠里の事、溺愛してるのに!?って、更に疑わずにはいられなかった。

 そしたら、言葉で解らないようなら身体で…って、逃げ場なく包囲されて教え込まれる羽目に…。

 後で分かったんだけど、ジローちゃんは元から極度の捻くれ者で、自分の気持ちを素直に表現できない人だった。愛情が深すぎて自分の感情が上手く制御できなくなって空回りするか、感情を隠して相手につい冷たくしちゃう困った人。

 あたしとは十二歳も年の差があるし、亡くなった奥さんの事故が自分のせいだって思いつめてた事もあって、あたしにどう接して良いか分からなくて、ずっとそっけない振りしてたんだって。

 結婚してからも、これまでつれなくしてもあたしが平気だったのに、悠里のことで離婚だってあたしが飛び出して初めて、ジローちゃんはこれじゃ駄目だって気付いたんだって。

 しかも、あたしが悠里に心変わりしたと思ったらしくって…そんな訳ないのにねー。

 ホント、分かりにくいったらないし、呆れちゃったわよ。

 普通なら愛想尽かしてたと思うの。でも、それでも嫌いになれずに好きなままなんだから、あたしのジローちゃんへの愛情は末期症状よね。

 悠里はあたしたちと暮らすようになってすぐ、ジローちゃんの気持ちに気付いてたらしい。だから、家出したあたしに味方してくれたんだって、こっそり教えてくれた。


「僕をダシに使って結婚する様なヘタレ親父、ちょっと苦しめばいいと思って」


 しれっとそんな毒舌で本音を吐いた悠里の将来が、あたしはちょっと心配になった。

 そんな悠里も、高校を出てから専門学校で美容師の勉強をするってことで落ち着いて、ちゃんと高校受験して高校生活を満喫してから専門学校に通って美容師になった。

 ジローちゃんは人目のある表向きな場所では全然変わらないんだけど、あたしと二人っきりの時はびっくりするぐらいデレ甘な人になった。

 悠里とジローちゃんの関係は相変わらずだけど、三人一緒に食卓を囲んでご飯が出来るくらいにはなって、ちょっとだけあたし達三人は家族らしくなれた。




 6/8文章におかしい個所が何か所もありましたので、発見した個所を一部訂正しています。内容に変化はありません。

 

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