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綺麗な愛ではいられない(後篇)

会話文が『』となっている所は、真幸が過去を回想している間の“過去の会話”となります。





     ◆




 まどかを背負って帰る夜道で、俺はこの数年、毎回の様に思う。

 後何回、こんな不毛な真似が続くのかと。

 昔は単に、妹みたいな円を慰めて良い恋しろと送り出すだけで、こんな感じに気が重くなるようなことはなかった。

 結婚する前は惚れた女にのめり込んでいて、まだ愛だの恋だのという曖昧な代物に幻想と希望を抱いていた。

 だから半分浮かれながら、円の恋愛を応援して背中を押せた。

 だが、惚れぬいた女と結婚したにも関わらず、結婚生活は数年ともたずに破綻して、俺の感情は大きく変わった。

 表には出さなかったが、恋愛などするものではないと心底、幻滅した。

 追い討ちをかける様に、浮気をして別の男を選び自らの意思で出て行った上、慰謝料を強請ねだってくる女を憎むばかりの日々だった。

 正直、浮気発覚から離婚が確定するまでの一年以上、俺自身の生活も大きく変わった。

 当時は有名ホテルのコックをしていたが、心の乱れが生活の乱れになり、味にそのまま反映されて料理が惨憺たるものになって仕事をやめた。

 大卒で、他のコック志望の奴の様に調理を専門に学んで下地があった訳でもないまま飛び込んだ世界で、下仕事に追われる仕事の後で、毎日寝る間も惜しんで自分の腕を磨いた。その甲斐あって、異例の速さで昇進もしたし、海外へ料理修業の留学をする話もあったが、それも全部ナシになった。

 離婚騒動一つで。

 今思えば、仕事を駄目にしたのは俺自身の精神的な弱さのせいだったが、当時は妻のせいだと、一方的に苛立ちと怒りを募らせていた。そうする事でしか、自分を許せなかったのかもしれない。

 惚れた女一人繋ぎ止められない、身一つでのし上がった仕事を駄目にした…全てにおいて不甲斐ない自分を。

 やっと離婚が成立した日、これ以上、あの女と関わらなくても良いと思って清々した。


『あぁ、だから最近、荒れてたんだ…でも羨ましい』


 離婚が成立したその日、円に報告を兼ねて酒に誘ったその席で、詳しい事情を離さずに離婚の事実を告げた俺に対して、円はあろうことか羨ましいと言いやがった。


『はぁ?羨ましい?お前のその脳みそは、腐ってるのか?味噌なだけに発酵してるのか?』


 円の頭を両手でつかんで思いっきりシェイクしてやれば、円が呻いて俺の手を叩いて振りほどく。


『振るなーっ!吐くっ!』


 乱れた髪を直しながら、円は口元を押さえて眉間に皺を寄せる。


『あぁ、気持ち悪っ…』

『お前がふざけた事ぬかすからだろうが』

『…はぁ?サネが贅沢なんでしょ?』

『何が贅沢だ。離婚話の何処に贅沢があるんだ、この鳥頭。言ってみろ』


 あまりにふざけた事を円が言うので、つい口調がきつくなった。


『自分見失うぐらい好きになる相手と巡り合って結婚できただけ、良いじゃない…私からしたら、贅沢過ぎる幸せだわ』


 恋愛自体が上手くいかない円からすれば、そう感じるものなのか?それとも、円の幸せ沸点が低すぎるのか?


『円…お前、恋愛の幸せ度低過ぎだぞ。大丈夫か?』


 怒りよりも、俺は従妹のその幸薄さのほうが心配になった。

 駄目だろ、そんな初歩的な所で満足するなんて。どれだけ切ない恋愛を繰り返して…そうだ、こいつ、底抜けに駄目な男としか恋愛できない奴だった。


『余計なお世話よっ!だいたい、サネは慾張りで無駄に器用だから、欲しい物は自分の力でどんどん手に入れていくけど、普通は、諦める事の方が多いんだからね』

『欲しい物なら何をしても手に入れる。それくらいのハングリー精神がなくて、幸せが手に入るか』

『いや、サネはハングリー精神じゃなくて、腹黒だから。お腹の中が真っ黒で、涼しい顔して裏でする事、かなめより性質悪いから』


 俺の事をどう考えているのか、如実な円の言葉に、俺は鼻で笑った。

 お前にとって、俺は要よりも面倒くさい男かと。


『お前は、俺をそんな風に見ていた訳だ?そうかそうか。期待に応えて可愛がってやらないとなぁ』

『ひぃっ!黒い!黒いオーラがダダ漏れだからっ!』


 慌てて身を引いて頸を大きく左右に振る円を見ていると、毒気を抜かれて行く。

 考えなしの発言で、俺の嗜虐心煽るような嫌味を平気で口にする円のおかげで、俺もストレスを知らずに吐き出している。

 こいつには隠し事とか、俺の様に腹に一物抱えて斜め尺度で生きるなんて真似は出来ない。生きて行くには不自由なんだろうが、その分、周りに居る俺や要が、バカみたいに素直で憎めない円にあれこれ手を焼きたくなる。

 末っ子気質というか、かなり得な性格をしていると思う。


『手始めに、今日は俺が酔い潰れてやるから、俺の面倒しっかり見ろよ?』

『酔いもしない、底なしのザルでしょーっ!?』

『今日、俺は限界に挑む。お前は、今日、歴史的な瞬間を目にする。光栄に思え』

『あんた、既に酔ってるの!?』


 呆れた様に俺を見ていた円だったが、小さくため息をついた後、目の前にあったジョッキグラスを掴んで持ち上げる。


『ま、いいわ。今日くらい、私の方が付き合うわよ』

『随分、優しいな?』

『優しさの塊の私を捕まえて何言ってんの?優しさついでに、私が三十五まで独身だったら、婿として拾ってあげるわよ。まぁ、十年も私が独身とか有り得ないし、もしそうだったら、サネってば行き遅れを掴まされるね。カワイソー』


 その台詞の何処が優しさの塊だ。と、突っ込んで、俺と円は改めて乾杯して酒を煽った。

 俺は自分の宣言通りに、学生の時以上の無謀な酒の飲み方をして、人生初の酒で意識を飛ばすと言う最大イベントを体験した。

 眼が覚めた時には、円と二人してあり得ない醜態をさらしていた上に、俺はひどい二日酔いのせいで、二度とこんな下らない酒の飲み方はするまいと胸に誓った。

 醜態の話は…まあ、聞いてくれるな。色々あるんだ。

 その醜態のせいで、俺は離縁した女の事なんてきれいさっぱり頭から消し飛んだ。

 そして俺は嫌でも円を女として意識し始め、今じゃ女としか見られない。

 だが、七年経った今も、円とは良好な従兄弟関係と、呑み友関係を継続している。

 円の方は何も変わらない。憎たらしいほどに。

 俺の方は、関係を崩さないように細心の注意を払っているというのに。

 正直、元妻の時の様なのめり込む恋愛をして、またあの時の様になるのは嫌だったのもある。

 あの時は円が居た。だが、円を恋愛の対象にすれば、痛手を癒す存在が居なくなる。

 ならいっそ、恋愛関係にはならない方がいいと、自分の心を抑圧した。

 辛いのは覚悟の上だった。

 それでも、惚れた女の口から男遍歴を生々しく愚痴られるのはかなり忍耐を要する。

 流石に、強靭で毛が生えたような俺の心臓も、不整脈を起こして止まりそうになる。

 円に手を出した男を、何度、潰してやろうかと本気で考え、思いとどまる事を繰り返したか。おかげで、フラストレーションが毎年、右肩上がりで更新される。

 円に近付く男を我慢できるほどの鷹揚さは年々なくなっている。

 良い従兄のふりをするのも、呑み友で有り続ける事も、限界なのかも知れない。


「ここらが潮時か…」


 背中にかかる円の重みや温もりを、この先、感じる事が出来なくなるのかも知れない。

 今の関係を失って、円を得られるとも限らない。

 恋愛感情に幻滅して、それを抱く自分の心を制御する事を覚えても、自分が男である事を抑えることは出来ない。

 女としての円が欲しい。


「…サ…ネ?」


 不意に、俺の背中に張り付くように寝ていた円が寝ぼけた様に俺の名を呼んで、顔を上げた気配がする。


「寝てろ。家まで送ってやるから」

「…んっ」


 まだ眠いのか、円は吐息のような返事を零して、顔を俺の肩口に下ろした。背後から俺の胸の前に伸ばされ、縋る様に結ばれた彼女の腕の力が少しだけ強くなる。


「ありがと…」


 そう言ってまた円は、無防備に寝てしまった。


「警戒しなさすぎだろ」


 思わず苦笑が漏れた。もう少し、男として認識するようにしておいても良かったかもしれない。

 まあ、今からでも遅くはないか。

 押しに弱い円なら、少し押せば嫌でも意識せざるを得ない。

 …なあ円、覚悟しろよ?俺は欲しい物は何をしても手に入れるからな?






 -真幸side END-


 本編で参戦確定だった真幸視点です。

 ゆる恋がR無しでは居られなくなった第二理由は、彼です(笑)

 悠里は恋愛に関しては初心者でまだまだ純情なのですが…真幸は一応、バツ一で40にも手が届く男ですし、その気で行動に出たら純情とは無縁だよね…と、作者は思うわけです(爆)

 そんな男の決意なお話でした。


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