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縁はアイスと髪と深夜のコンビニにある(後篇)



「お姉さん、ちょっと待ってください!」

「んん?」


 氷菓子を咥えながら立ち止り、背後を振り返れば、さっきの青年が買い物袋をぶら下げて小走りで駆け寄って来る。

 あれ、早く彼女の所に返らなくても良いのかしら、とか、余計な事を考えていると青年は立ち止って私を少し驚いた顔でじっと見つめる。


「…あ、もしかして見てるだけで寒い?ゴメンね~。この冷たさがたまらないのよ」

「だめですよ、女の人が体冷やしたら」


 そう言って青年はダウンジャケットのポケットから何かを取り出して、おでんの袋を持った私の手に何かを握らせる。

 自分の手を開いてみれば、一つは温かい懐炉、もう一つは折りたたまれた紙。

 何かの広告らしい紙を開いてみれば、美容院のチラシ。


「アイス譲ってくれてありがとうございました。そのチラシ、マッサージ付きトリートメントがお試しで無料になるチケットが付いているんで、良かったら使ってください」

「え、良いの?ありがとう」


 もしかして、律義にアイスのお礼をしてくれているの?

 なんて出来た青年だと思ったけれど、ふと思いとどまる。


「…もしかして青年、このビラに書いてある美容院の店員さん?」

「あ、はい。一応…」


 さりげなく自分のお店の宣伝を兼ねていたとは、この青年、意外に世渡りが上手かも。 

 しかし、このトリートメント券、良く見るとカットとかしないと使えないって書いてあるわ。

 じり貧のあたしにはとても、美容院でカットする金銭的余裕がないなぁ。青年には悪いけど、この券は私の役には立ちそうもないや。


「僕、佐内悠里さないゆうりっていいます。実は、お姉さんにお礼を兼ねたお願いがあるんです」

「…え?何それ、新手の商法的な勧誘?」


 お礼なのにお願いって、意味が分からないよね?

 頸を捻った自分の眉根に皺が寄るのが分かる。

 青年の方は慌てて千切れんばかりに首を横に振る。


「ちちちちち、違います!そ、その、トリートメントする時、僕を指名して髪をカットさせてほしいんです!」

「…私の髪、そんなにもさって気になる?」

「毛先がかなり傷んでいるので、さっきぱっと見て気になって…お姉さんの髪質自体は悪くないから、少し手を加えたらすごく綺麗なのに勿体ないなって…それに、お姉さんの黒髪の質感、凄い僕好みなんです!」


 うわぁ。あの短時間で人の髪まできっちりチェック入れるだなんて、職業病だわ。

 しかも、その髪の話をするときの恍惚とした表情!

 なんか色っぽいけど、変態チックだよ!

 君は髪ふぇちですか、青年!それで美容師なんて、天職だね!

 ガリナシくんを齧りながら、外見は平静を装いつつ、心で突っ込みいっぱい入れて、ちょっと青年に引いている自分がいる。

 それもこれも、脚フェチだった元彼の所為だ。

 フェティシズムが悪いとは言わない。私だって手フェチだもの。細くてゴツゴツっと骨ばった手がツボなんだけど、見て愛でる程度で満足できるの。

 だけど、異常な執着性を持ったフェティシズムで、人に強要をもたらすのは嫌い。

 元彼は三十を超えたわたしにミニスカ、ニーハイを強要し、その黄金律を熱弁する無茶ぶり男だったから、ミニスカ、ニーハイを基本装備の今時女子高校生に走ったのよ。

 ただそれだけの浮気なら良かったんだけど、相手の女の子を孕ませちゃって、女子高校生があたしに別れてと直談判に来た。

 で、私は付き合っているとは名ばかりに疎遠になっていた元彼をその場に呼びだして、『避妊ぐらいしっかりしろっ!』て、奴を蹴り飛ばして別れたんだけど。

 だめだ、思い出したらだんだん苛々してきた。


「だから、僕、自分でお姉さんの髪をケアしたくて…その…駄目ですか?」


 お伺いを立てる様に、私を覗き込んでくる青年のキュートな顔に、思わず胸の鼓動が跳ね上がる。

 元彼の事が頭から一瞬、吹き飛んだわ。

 そんな恥らう様にびくびくしながら聞かれたら、狼なオネエ様に巧く騙されて美味しくいただかれちゃうわよ?


「駄目と言うか…情けない話、今、定職についてないから美容院行く余裕がないのよ。だから、行けないって言った方が正解かな。ごめんね」

「それなら今回は無料でやりますよ。オペラ譲ってもらったお礼に」

「は!?たかがアイス一個でカット代無料って、採算が合わないじゃない」


 逆にそれは怪し過ぎて無いわ。せめて半額にしますとか言われたら、OKって言ったかもしれないけど。

 世の中、タダより高くつくものは無いのよ。


「大丈夫です。店の方には今回、お姉さんにお試しカットしてもらって、良ければ僕のカットモデルになってくれるって言う話にしておくので」


 無邪気な笑顔で親指突き立ててグッっとかされても…。

 しかも何、そのつらつらと出て来る方便は。

 勧誘慣れしていて、ちょっとおねーさんは君の将来が心配だよ!


「…答えになってないよ、青年」

「僕、お姉さんの事、これ以上ないくらい満足させてみせますから…だから、絶対に来て俺を選んでください!お願いします!」


 頬を真っ赤に染めて、そう言い捨てて私の帰り道とは反対方向へ走って言った青年の後姿を、私は呆気にとられてみていた。

 放心してしまって、危うく手からガリナシくんを落っことす所だった!

 青年!なんですか、その中学生の愛の告白みたいなのはっ!

 耳まで真っ赤になりながら、真っ直ぐに私を見つめてきた彼の恥じらいの表情が忘れられない。

 なんだかもう、一撃で心を鷲掴みにされたわ。

 年下の子にまさかこんな乙女な気持ちにさせられるなんて。

 純情少年に惑わされて、うっかり私まで顔が熱くなってきた。まるで、恋愛に免疫の無い乙女の様な自分が恥ずかしくて、余計に顔の熱が酷くなった。

 恋にまでは到達しないけど、忘れていた懐かしい甘酸っぱい心地が私の鼓動を跳ねあげる。





 傷心するほどの未練すらなかった前の恋を容易に吹き飛ばした、私の心を躍らせていた冬の夜。

 この出会いが私の日常を変えていく事を、この時の私はまだ知らない。





 Sweet hugシリーズとはまた違った感じの年下男子×年上女子のストーリです。

 コミカルテイストですが、楽しんでいただければ幸いです。

 

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