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愛するより愛される方が幸せって言うけれど…(3)


「事情は分かったけど…店長がそんなことして、お店は大丈夫なの?」

「普通のお客様には愛想も良いですし、毒舌を放つ所が良いって言う奇特なお客様も多くて、お客様の数はむしろ増えて…僕の無愛想が良いって言うお客様もいるんですが、僕にはよく理解できない感性です」


「ごめん。私にもそれは、理解できないわ」


 とりあえず、佐内青年はそのあたりは真面な判断ができるみたいで、良かった。

 佐内青年に魔王の片鱗を見たから、彼が同じように集客していたら、私すぐこの場から逃げる。髪切り途中だけど、逃げるよ!


「…じゃ、この話はこれで終わりにしよう。謎が一つ解決して、ちょっとすっきりしたから。君も気持ち切り替えて、カットの続きしてくれないかな?」


 佐内青年はまだ何か言いたそうだったから、私はケープから両手を出して、彼の両頬を摘まんでひっぱってやった。


「君のしたことに対する謝罪は受け取ったから」

「でも…」

「君は、この先もこんな風にお父さんのしたことを気に病んで、色んな人に謝り続けるつもり?そんな無駄で無意味な謝罪、私は欲しくない。それなら、君が人をあしらう処世術を学んで世渡り上手になって、お父さんに手出しさせないようにして、謝る必要をなくす努力をしてくれた方がずっといい。言ってる意味わかる?」


 私は一時かもしれないけれど、彼は自分の父親とずっと向き合わなければいけない。私のように両親と縁切り状態にならない限り、ずっと。

 それに、変な人が寄ってくるのは、自分で対処できないとどうにもならないし。

 私としては至極真面目な話をしているつもりだったのに、どうしてだか、佐内青年は嬉しそうに小さく笑った。


「…君ね、何でこの場面で笑うのかな?」

「いたたたたたっ!痛いです!お姉さん、イタイ…」


 ちょっと強めに頬を摘まんで手を離せば、佐内青年は慌てて両頬を撫でる。


「真面目な話をしてるのに、笑うからでしょ」

「お姉さんに叱られると、なんだかうれしくて」


 え、何?ドМなの?君はドМなんですかっ!?


「痴漢から助けてくれた時も、僕のいけない所、真剣に心配して叱ってくれたから…お姉さん変わらないなって思って」

「ちょっと待って。その十年前の花伊駅であった痴漢事件の話、君のお父さんから聞いたけど…私が助けたのは女の子なのよ?名前も確か…ユリちゃんだったし…君じゃないと思うんだけど」


 そこが問題なのよ。事実は共有できているのに、助けた子の性別が合致しない。いったいどう言う事?


「僕ですよ。悠里って名乗ったけど、あの時声が巧く出なくて…『ユリ』って、お姉さん聞き間違えて、女の子だって勘違いしたままでしたから」

「…勘違い?」

「ええ。僕、女の子に間違えられていたって、言ったじゃないですか」


 困ったような気まずいような感じで複雑な笑顔を見せた青年の表情に、ふと、おぼろげに小柄で可愛いとしか覚えていなかった、当時の女の子の顔をはっきりと思い出す。

 別れ際、騒動を起こした私を迎えに来た、般若の形相の要に私が追い掛けられるのを見ていた彼女…もとい、彼の複雑な感情が入り混じった笑顔が同じだった。

 あぁ、そうだ。あの女の子の顔、佐内青年にそっくりだった。あの時の女の子の顔を大人っぽくしたら、今の佐内青年だ。

 なんで分からなかったんだろう。顔立ちはほとんど変わってなかったのに。


「そうだ…あの子は君だ…ごめんね、女の子と勘違いして」

「良いんです。ほとんどの人に間違えられていたし、あの時は男が男に痴漢されたなんて恥ずかしくて、性別をあえて訂正しなかったんで」


 そうだね。思春期の男の子にしてみれば、女の子に間違えられることも、あまつさえ女の子として痴漢なんてされるなんて屈辱的だから言いだせないよね。


「すっかり格好良い男の人になってて、全然、あの時の子だとは分からなかったよ」


 身長が伸びて、細身だけど男の人らしい体格になっていて、自分の力で働いて…彼が十年前よりずっとずっと、成長していたってことだよね。

 って思ってたら、まるで親戚のおばちゃんが、甥っ子の成長を見た時の発言みたいになってしまった。やばい、心までおばちゃん化してるよ。

 佐内青年は少し恥ずかしそうに笑っていたけど、表情を曇らせる。

 やっぱり引くよね…この私の発言。


「でも、身長はあまり伸びなかったし、どれだけ鍛えても筋肉があまりつかなくて、お姉さんの彼氏みたいな体型にはなれなくて…」

「…彼氏?」


 私も頭に『?』マークがたくさんついたけど、佐内青年も同じように『?』が浮かんだ表情になった。


「ここのオーナーさん、違うんですか?十年前も、同じ人が迎えに来てましたよね?」


 最初、誰の事か分からなかったけど、それが真幸と要の事だと分かって、思わず吹いてしまった。


「違う違う。真幸も要も彼氏じゃないから。あ、そこのキッチンにいるのが真幸ね。で、十年前に私を捕獲しに来たのが要。二人は一卵性の双子で、私の従兄弟だから」

「…お姉さんは、ガッチリした大柄の男の人が好みじゃないんですか?」


 もしかして私、真幸たちのせいでゴリマッチョ好みの筋肉フェチとか思われてる!?

 むしろ、筋肉信奉者の要のせいでそっちの体型は苦手なのに!

 しかも、佐内青年の可愛い顔で、体がムッキーズなんて即アウトでしょ!


「いや、彼氏にガチムチはないわ。トラウマあるし…君は今のままの方が良いよ?もし君がマッチョになったら、絶対近寄りたくない」

「え、それは嫌です!困ります!筋肉付けるのやめます!これ以上、嫌われたくないです」


 あ。即、諦めた。

 おどおどして必死な顔が可愛い。どんな表情しても美形は崩れないなぁ。


「…別に、君のこと嫌いじゃないよ?…むしろそういう、素直な所が好きだから。それに、君の笑顔見てるとね、なんだか元気になれる気がするんだよね」


 ホッとした表情が、次の瞬間には真っ赤に染まって佐内青年は恥じ入ってしまった。

 あぁ、佐内青年はこういう初心な反応と恥じらいの表情と、笑顔が良いわ。癒されると言うか、優しい気持ちになれる気がする。

 やっぱり、ゆるーく、彼の事が好きなんだね。これ。


「佐内君?そろそろ、カットの続きをしてくれない?…おーい、佐内くーん?」

「あ、ごめんなさい!カットの続きします」


 恥じ入りすぎて放心していたのか、不意に我に返った佐内青年は赤らんだ顔のまま頷いて立ち上がると、カットを再開する。

 首筋で揃えられた髪を梳いていく、彼のハサミの音がリズムよく聞こえる。軽快で、さっきとは打って変わって、心地よい雰囲気のままカットが続いた。



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