訓練
館長がきょろきょろしている。
なにかあったのだろうか。
遠くの方のブースで、お客さんが帰っていくのが見えた。
「派遣の占い師さん、鑑定終わって休憩入るけど、話聞いてみる」
と館長は尋ねた。
「頼む」
と本郷所長は言った。
館長は、先ほどお客さんが帰っていったブースに入っていった。
数分ほどして、白いワンピースを着たキレイな女性がやってきた。
肌が透き通るほど美しく、切れ長の目で20代前半くらいに見えた。
「10日ぶりやな。やすよ」
と本郷所長は声をかけた。
「あれ。本郷ちゃんじゃん。どうしたの」
とやすよという女性は言った。
イメージとまるで違うしゃべり方だ。
俺は不思議な気分になった。
やすよは、チラッと俺の方を見る。
あれ……、
さっきの考え、もしかして。
「本郷ちゃん。またヤバイもの拾ってきて、知らないよ」
と、やすよはため息をはいた。
なんなんだ。ヤバいものって……。
俺のことか?
そう思った。
「お前に決まってるじゃん。
つーか、自覚あるんでしょ。●※×って自覚」
とやすよは言った。
(きゅーん)
なんだ……、
耳鳴りがして、
ハッキリと聞き取れなかった。
というか、今、時空がねじれなかったか?
お腹の中がつかまれるように、気持ちが悪い。
「やすよ。ダメだろ。その言葉使っちゃあ」
と本郷所長は笑った。
二人とも、さっきの現象に気が付いていないのか?
「あの……。さっきの言葉。
時空がねじれなかったですか?」
と俺は尋ねた。
やすよと、本郷所長はこっちを見た。
見透かすような目だ。
蛇に睨まれた蛙のように、
身動きが取れない。
「ほら。ヤバイでしょ。捨ててきなよ」
とやすよは頭をかく。
「捨てるって、捨て犬じゃないんだぞ」
と本郷所長はあくびをかいた。
なんなんだ。
この人たちは。
「ちょっと、何言ってるんですか?俺はまだ働くなんて、一言も……」
と俺は言葉につまる。
言葉が出てこない。
まるで拒絶の言葉を出すのを、
本能がこばんでいるかのようだった。
(ごほごほごほ)
咳が出る。
手から血の気がひくのが、
はっきりとわかった。
やすよは、腕を組んで、俺を見た。
明らかに拒絶されている。
「もうだから嫌なんだよ。●※×は、本郷ちゃん始末してよ。
休憩行ってきます」
とやすよは手を振り、去っていった。
「はい。はい」
と本郷所長は少し顔をしかめて言った。
辺りの雰囲気が急に暗くなった。
霊は見えない。
ただ、
どんよりと暗いなにかが、漂っている。
霧のように、清浄ではない。
煙のように、明らかでもない。
ただ……、
存在自体が曖昧で、
その存在すること自体が疑われるようななにか。
そういうのが、妥当なような。
心の中に、
ざらつきを感じる。
俺は過去に、
こういう何かと対峙したような微かな感覚を持った。
「あの、なんか様子が変です。霊じゃないけど」
と俺は辺りを見渡す。
本郷所長は、
目を細め、顎をあげる。
「※※※※※※※※※※」
と本郷所長は、なにか呪文らしきものを呟いた。
占いの館の空間に裂け目のようなモノが見えたような気がした。
(ぱーん。ぱーん。ぱーん)
本郷所長は、柏手を打つ。
空気が一瞬、
張り詰めた糸のように震えた。
(きーん)
耳鳴りがする。
辺りは静寂に包まれた。
あれほど激しい音なのに、誰一人気が付いている様子はなかった。
占いの館は、
何もなかったように、元の姿に戻った。
「あの……、さっきのは何だったんですか?」
と俺は尋ねた。
(ちくちくちくちく)
時計の針の音が、やけに大きく聞こえた。
間の緊張感の圧が強かった。
聞いてはいけないことを聞いてしまった。
そう感じた。
「世の中には、知らない方が良いものもあるって言葉を知ってるか?」
と本郷所長は冷めた目で見た。
その表情は、
ただひたすらに冷酷だった。
俺は本能的に、勝てないと悟った。
「はい」
と俺は答えた。
「まぁ、そういうこっちゃ。俺が知らんでええようにしたるさかい。お前は気にせんでええ。必要になったら、教えたるわ。つうか、勝手に知ってまうわ」
と本郷所長は笑った。
本郷所長の表情のギャップに、
肩の荷がおりたような気がした。
「次行くで」
と本郷所長は言った。
俺は黙ってついていく。
ファッションビルを出て、駅とは違う方向に歩いていく。
この時点で、
もう俺はこの人とは離れられないと察し、
それを受け入れた。
かれこれ、信号を3つほど過ぎただろうか。
本郷所長の歩くスピードは速い。
ついていくのがやっとだ。
よそ見をしていると、
置いて行かれそうで、
必死で追いかける。
信号待ちしている本郷所長にようやく追いつき、
「すみません。ちょっとスピード落としてもらってもいいですか」
と俺は息を切らしながら言った。
「あぁすまん、すまん。
俺、暇があったら、山中を歩き回ってるからな。
ちょっと足がはやいかもしれん」
と本郷所長は笑った。
「ハイキングとか登山、ロッククライミングが趣味なんですか?」
と俺は尋ねた。
「そんなオシャレなもんちゃうよ。山の中の霊場を回る奥駈や」
と本郷所長は答えた。
「奥駈ってなんですか?」
と俺は尋ねた。
「奥駈、知らんか。そうやな。修験道の修行みたいなものや」
と本郷所長は答えた。
「本郷所長は修験道の人なんですか?」
と俺は尋ねた。
「修験道の人って、どうやろうな。修験道っていろんな所の人が来るからな。神主も来るし、僧侶も来る。修験道ってのは、チャンプルー。つまりごちゃまぜなんや」
と本郷所長は答えた。
「なぜ修験道をされるんですか?」
と俺は尋ねた。
「始めは、霊媒体質を整えるのが目的やってんけど、今はスポーツ感覚やな。アクティビティみたいなもんやわ。なんかな。山ってな。都会の霊とかとは、違うのがおんねん。
それがおもろいねん」
と本郷所長は笑った。
俺はふと思い出す。
数時間前まで、この世は地獄のように思っていたことを……。
「俺、この世は地獄みたいだなと思っていました」
と俺は呟いた。
本郷所長は顎をかく。
「俺も昔はそうやった」
と本郷所長は答えた。
この人にも地獄みたいに見えた過去があったのか。
そのことを聞いただけで、
救われたような気がした。




