救い
「あのな。大半の霊はNPCみたいなものやねん」
深い闇の底に沈んでいた俺の心は、その言葉に救われた。
『本郷』それが彼の名前だった。
この本郷という名が彼の本名かどうかは、定かではない。
ただ、彼も本当に視えている男だった。
※この作品では、霊をみえるという表現を視えると書きます。
午後四時。
児童公園は、もう夕方の色に沈みかけていた。
空はまだ明るいはずなのに、なぜか薄暗い。
周囲の住宅の影が、公園の中へ静かに入り込んでいる。
入口の脇に、古いベンチがあった。
塗装は剥げ、木の板は色を失っている。
その向こうに、ブランコ。
鎖はぐるぐると巻き上げられ、誰も乗れないように括られていた。
いくつかの座面は赤茶け、錆が浮いている。
シーソーは中央で固定され、ぴくりとも動かない。
まるで最初から遊具ではなかったかのように、地面に沈黙している。
ゴミ箱からは、袋や紙くずが溢れ出していた。
風に押されて、落ち葉がその周りに溜まっている。
掃かれた形跡はない。
どこにも子どもの声はない。
生命の気配が薄く、
この場所だけ時間が止まったようだった。
墓場のような公園。
その中にいる人間は、
俺ただ一人だった。
公園のベンチで一人うずくまっている俺に、
彼は何の躊躇もなく、話しかけてくれた。
「お前が視えているのは、ある種の才能みたいなものやから、活用せんともったいないで」
彼はそう言った。
公園には、普通の人間の三倍くらいの数の霊がいた。
ベンチの横、ブランコの下、砂場の上。
誰も気づかないだけで、そこら中にいる。
俺はそれを全部見てしまう。
彼は一体一体、指をさした。
俺はその指先を追った。
この人……全部、見えている。
あぁ、俺と同じだ。
そういう安堵感と、すこしの寂しさに、自分の認識を疑った。
なぜ……、
俺は今寂しがった。
「寂しくなるのはな。当たり前や……。
人はな。
孤独に慣れすぎると、孤独に侵されるんや。
でもな。
本当は、お前も仲間が欲しかったんやろ」
と彼は笑った。
言語中枢をハイジャックされているような恐怖心が襲った。
なぜわかる?
「なぜわかるって?そりゃ、そんなものわかるよ。それが俺らの仕事やからな」
と彼は俺の肩を叩いた。
その瞬間。
あれほど無数にいた霊が、
怖く感じなくなった。
何をした?
俺はそう思った。
「これはな。お前の思考の方向性を少しいじったんや。まぁチャンネルを変えるようなもんや」
彼は持っていた缶コーヒーを3口飲んだ。
「あの……、俺の心を読むのをやめてもらえませんか」
と俺は言った。
「そうか。そうか。すまんかったな。でも説明するより、理解が早かったやろ」
と彼は新しい缶コーヒーを差し出す。
「あぁどうも」
と俺は缶コーヒーを受け取った。
「俺は本郷言うてな。霊能力を持った人間を企業に派遣する人材派遣会社をしてんねん」
と彼は言った。
「はぁ……それで、俺に何の用です?」
と俺は尋ねた。
「簡単にいうとスカウトや。うちで働いてみいへんか」
と彼は言った。
どう考えても怪しい。
しかし、
もし俺の能力が役に立つのなら……。
そう思った。
「そうか……、興味を持ってくれたか。
じゃあ行こう」
と彼は立ち上がる。
「ちょっと待ってください。
まだ何も答えていません。
というか、
また心を読んだでしょう」
と俺は言った。
「君は、自分の能力が役に立つならうれしいと思いつつ、俺が怪しいから、躊躇しているわけだろ」
と彼は尋ねた。
「まぁそうですが……」
と俺は答えた。
「人がな。物事を疑うのは、ただ一つ。その物事に対して情報がないからや。
それで、ここで俺がなにを言ったところで、君は疑う。
じゃあ簡単なのは?
百聞は一見にしかずや」
と彼は言った。
……
俺の名前は、神原八百井。経済学部に通う大学生だ。
父の実家がお寺。
母の実家が神社で、子供のころから、人とは違うものが視えていた。
父も母も実家とは疎遠で、
二人ともソフトウェア業界に勤めており、
なにかのイベントで知り合ったそうだ。
そして、父と母は恋人となり、俺が生まれることになる。
疎遠だった母方の祖母が、俺が生まれた時に、母にこう警告したそうだ。
「この子、あんたより視えるから、気をつけな」
母はそのことを特に気にとめなかったそうだが、
事件は3歳の頃に起こった。
親戚の葬式に、家族三人で行ったところ、
俺が消えた。
親戚総出で探し回ったが、
どこにも見つからず、
諦めかけた時、
親戚のおじさんの棺の中で見つかった。
俺の手にはくっきりとしたアザが残っていたそうだ。
……
それからしばらく実家には、父方の祖父と母方の祖母が、交代で訪れるようになった。
強すぎる霊感を持ったものは、問題に巻き込まれるケースが多いようで、
それを警戒してのことだった。
そして、家には、多数のお札が貼られた。
そのかいがあったのか、
俺は中学2年生まで、無事に過ごすこととなる。
霊を視ることもほとんどなく、このころは幸せだったと思う。
しかし中学2年生の夏、
友人達とおとずれたどこかの島で、ふたたび俺は問題に巻き込まれた。
それほど広くない島で、突然の失踪だった。
家族や友人、友人の家族、警察、消防団も巻き込んで、捜索が行われた。
2日探して、見つかったのは、人気のない神社の社の中。
そこに、ボーっと座って、割れた鏡と会話をしていたそうだ。
その事件が発端となり、
俺の周りには、おかしなことがよく起きた。
父方の祖父と母方の祖母も、
最初は心配してくれたが、
もう打つ手がなくなったのだろう。
年に一度、
お札を宅配で送ってくるだけになった。
俺は見捨てられたという気分になった。
中学2年までは、成績も比較的良かったが、
それ以降は、伸び悩んだ。
授業中も集中できないからだ。
後ろのほうの席だと、前の生徒の身長が高くて、前が見えない。
そんな事がよくあるが、俺の場合だと、霊がうろちょろして、
気になって集中できないという事がよくあった。
地元から電車で少し離れた高校に入って、
イメージチェンジしようと、陽キャラを装ったが、
1週間でクラスメイトに霊が視えることがバレ、
質問攻めを受け、
丁寧に答えていたら、
一人また一人と、周りから人が去っていった。
陽キャラ作りの為に使った1万円は、
ムダになった。
霊感があると知ると、瞬間的には興味本位で人が寄ってくる。
しかし時間が経つにつれ、気持ち悪がられ、離れていく。
そして、必要な時だけ、助けを求めて人が寄ってくる。
俺が助けて欲しい時には、
誰も手を差し伸べなかったのに。
でも、そんな事は言えない。
人に求められると、うれしくて助けてしまう。
そして、
用が済むと、連絡も来なくなる。
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