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大いなる秘密を胸に

作者: 鳥宮船

 団地妻となって早3年。

モヤモヤした気持ちや秘匿しておきたい事柄、悪口、偏見……そういったものは日記と呼ばれるものに書くべきだ。

 それが昔ながらの鍵付きの分厚い体裁のものでも電子媒体でも今時は珍しくなったチラシの裏側を利用したメモ帳でも、自分とは別の場所に吐き出すことで気持ちが落ち着いて前進できるものだと知っているが、でもそれができない。


 秘密がもし誰かの目に触れそうになったら、そのとき私は死んでしまう。

 と、聞いたのだ。さっき。

 だから、こうして告げられたことを頭の中で反芻することしかできない。


 ただの夢だと思いたい。

 が、起きたときの感覚はかつてないもので、全身の毛が逆立っていて「これは事実だ」となぜか私を信じさせた。


 夢の中のその人、いや、人なのかどうかも実際はよくわからない、ただ自分に話しかけてきた声が言うには“人の子はその生涯のうちに必ず一つ「大いなる秘密」を知ることになる”という。

 生後すぐに亡くなるような赤子であっても、へその緒が切られて一人となった途端にその大いなる秘密は託されるという。

 迷惑ね~それ、という言葉は飲み込んだ。


 いわゆる神託というやつですか、と聞いてみると


「そうとも言えるけどどうだろう。ピラミッドの作り方を託される者もいれば、仮想通貨の崩壊日を知らされる者もいるし、人気ゲームソフトの発売日やプテラノドンの色を知らされる者もいる。あくまで“誰かにとって大いなる秘密”であって、神様がいるんだったら神様にとって重要な事柄とも言えないんじゃないかな」


 とほんわか回答を得てしまった。

 声色からして、この人も大いなる秘密の伝達はするけど神ではない……か、あるいは神の自覚はない存在なのだとわかった。


 その秘密ってランダムなんですよね、と聞いてみると、


「うん。歴史学者に未来のファッション事情が伝えられたり、宇宙科学者に未解決事件の犯人が伝えられたりするんだもの、酷だよね」


 さらに、


「それに伝える時もバラバラなんだ。幼児にイマジナリーフレンド風に伝えることもあるし、死の間際に朦朧とした意識の中で伝えることもある。借金苦で自殺を図った人に、1週間先の有馬記念の競馬結果を伝えたりするときはこちらも空しくなるよ」


 と言う。

 でもその声はまるで心を動かされていないように私には響いた。


 私のように30も半ばになれば人生の理不尽さにも気付いているし、運ってつくづくね、と思うだけだ。もしかしたら世の中の富豪と呼ばれる人の中には良いタイミングで良い秘密を託されて、それを使ってのし上がった人もいるのかもしれない。

 

 それに、どんなに頑張っていても自分とは何のためにこの世にいるのかわからなくなる時は来る。そんな時に世界で一人だけが知っている大いなる秘密があるという自負は、もしかしたら多くの人を救っているのかもしれない。


 私は素直に「あなたは多くの人を助けているのね」と伝えた。 

 すると、姿の見えないその人は虚をつかれたように一瞬黙った。


「本当にごくたまに、君みたいなのがいるから人って面白いよね」


 私に大いなる秘密を伝えると、その人は他言無用のルールを丁寧に説明して私を夢の世界からそっと追い出した。


 目を覚ますと、顔の下には図書館で息子のために借りた絵本があることに気がついた。

 そうだった、幼稚園のお迎えに行く前にちょっと読みかけてつい……中に皺がついていないか確認するために本を開けたそのとき、キャッと悲鳴をあげてしまう。


 開いたページの中からささっと鈍い銀色をした虫が這い出したのだ。

 とても小さくて平べったい、紙魚(しみ)と言われるどこにでもいるあの虫だ。

 隙間もないであろう紙の間にいたのだから相当にしぶとく頑丈だろうという予想に反して、そっと触ろうとしたり少し水に触れただけで死んでしまうくらい脆い謎多きあいつである。

 学生時代に古書店に勤めていた私は、いつもだったらティッシュでさっと潰してしまうのだが……できなかった。

 あんなことを聞いてしまっていたら。


「頑張って大きくなるのよ。龍になったら背中に乗せてよね」


 紙魚は私の言葉がわかったのか一瞬立ち止まってから、ピューッとどこかへ姿を消した。


 一介の主婦が龍の子供がどこにいるのか知っているなんて、すごいわよね。

 誰にも言えない大いなる秘密だけど。



 

 

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